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燃えた街路樹が倒れ、慌てて水を纏った掌で受け止めるが微妙に間に合わなかったのか掌から焦げた臭いがした。
地面に出来た水溜まりに落とすと煙と共にジュッと音を立てる。
強くなった雨が頬を叩き、ローブのフードも意味をなさなくなっていた。
睫毛の隙間から雨粒が零れ瞳を濡らす。
シルフィーは舌打ちをすると目を袖口で拭い、前髪を掻き上げた。
濡れて重たくなり、無用の長物と化したローブを道端に置きまた歩き始める。
そろそろ街の端まで来ただろうか?
もう良いだろうと自身の魔術で作った雨雲は消したが、今度は豪雨とも言える自然の雨が街を濡らしていた。
「…泣いてますね」
いつの間にか隣にいたミリアが空を見上げポツリと呟く。
その言葉を聞き流しながらシルフィーは指先を振り、崩れ落ちている家屋の屋根を持ち上げた。
その中をミリアが怪我人や遺体がないか探して回る。
「神官様、怪我人を運び終わりました!!」
「神官様、ご遺体は毛布をかけて並べてあります」
「神官様、助けて頂きありがとうございました」
「神官様」
「神官様」
「神官様」
ミリアの周囲を人々が礼を告げながら通り過ぎる。
その一人一人にきちんと笑みを浮かべ返すミリアは立派だと言えよう。
最初はシルフィーにも声をかける人もいたが、あまりの反応の薄さに今ではもう誰も声をかけて来ない。
「シルフィーさんって魔術を使うと瞳が翠色に変わるんですね」
「…知らなかったっす」
「私も前髪を掻き上げていらしたので気が付きました」
そう言って家屋から戻って来たミリアはシルフィーの瞳を覗き込む。
シルフィーは目を逸らしながら屋根をそっと地面に下ろした。
「…顔色が悪いですね」
「そっすか?」
「ええ。
…とても」
「雨で寒いのかもっすね」
「…ずっと魔術を使い続けていらっしゃるからでは?
何十人にずっと」
「……」
「魔素が足りないんですね。
…私が助けたいと言ったせいで、本当にすみません」
「違いますよ」
「目がずっと翠色なんです。
さすがに気が付きますよ」
「……」
シルフィーはむうっと唇を尖らせるとぐしゃぐしゃと前髪を元に戻した。
雨で濡れて余計に伸びた髪は瞳を綺麗に覆い隠す。
「…勝手に見ないで下さい」
「ふふっ」
ミリアはくすくすと笑うと道端に置かれた遺体の横にしゃがみ祈り始めた。
「主よ、罪なき魂を平安の地へどうかお導き下さい。
そして願わくばこの魂が来世では幸福な人生を全う出来ます様に」
そう言って一人一人の額に手を当てる。
その姿に遺体に寄り添っていた人々は嗚咽を漏らす。
この国の宗教では亡くなった人は神の元へ帰り、その腕に抱かれ傷を癒し、また生まれ変わるのだと言う。
だがそれは人間が作った神様の話だ。
魔族には魔族の神がいるのだと聞く。
では魔族でも人間でもない自分は、死んだ後どこに行くのだろうか。
どこに向かえば救われるのだろうか。
そもそも救って貰う価値などあるのだろうか。
必要がないとされた血を持つ者に寄り添う神などいるのだろうか。
ーそんな事を、ふと思う。
「シルフィーさんは、この国の神様が何人いらっしゃるかご存知ですか?」
「?
いや、知らないっすね」
「主神とされる方は運命を司る神です。
この方の下に12人の神様がいるとされております。
12支神とされ、それぞれ火、水、土、風、光に闇、生と死、戦と和、愛と憎を司っているんです」
「へー…」
「その方々の絵姿は教会のステンドグラスに施されてるんですが、戦神の髪と瞳は栗色だとされているんです」
「…」
「シルフィーさんと同じ色ですよね」
「…別に戦闘狂のつもりはないんすけど」
「ふふっ。
そして風を司る風神は瞳の色が翠色だったと言われています」
「…ふぅん」
「私にとってシルフィーさんは神様です。
本当にありがとうございました」
「…は?」
あんま宗教的な話得意じゃないんだよなと思いつつ聞き流していたシルフィーは、目を見開いた。
目の前の神官が変な宗教に目覚めたかと思ったのである。
だがミリアは優しげな鈍色の瞳で真っ直ぐにただシルフィーを見ていた。
「風神は風を吹かせ、人々の行く道を示したと言われています。
消えても寄り添い、その姿は見せずとも力を誇示せずともずっと共に寄り添い助けたのだと。
私に助けさせてくれて、私に弔わせてくれて、私の願いに寄り添ってくれて、本当に…ありがとうございました」
ミリアは汚れるのも構わず深々と地面に額を押し付けた。
その声は酷く震えていて、だがとても暖かくて。
一体何を言われているのか分からない。
助けたいと願ったのはミリアだ。
自分は別にどうだって良かった。
遺体を見ても、泣く人々を見ても何も感じなかった。
ミリアが言うからその通りにしたのだ。
彼女が求めたから力を貸しただけだ。
何も礼を言われる様な事などしてない。
なのに何故、彼女は泣きながら礼を言うのだろうか。
戸惑い、瞳を揺らしたシルフィーに遺体にしがみついていた少女が口を開いた。




