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真っ白なカーテンが風に揺れ、窓辺に置かれた花瓶に飾られた花が優しく揺れた。
消毒液の独特な匂いが染み込んだ部屋に、バリバリと音が鳴る。
「だーかーらー、何か紹介とかそんなんあるだろ。
王家御用達の高級宿みたいなそんなの。
最上級の姉ちゃん揃ってますよ的なあれだよ。
そういうのあるって俺知ってんだからな。
本当に王族かあんた」
入院着を身に付け頭に包帯を巻いたガウルが口から煎餅のカスを飛ばしながら文句を言っている。
ガウルの前でベッドに寝っ転がりながら本を捲っていたシルフィーは眉間に皺を寄せた。
「ちょっカス飛ばさないで下さいよ。
このベッドで私寝るんすよ」
「あっ悪い悪い」
「あのねぇ…。
何度も言うけど私はその類の店に行った事がない。
だから顔が効く場所なんてないんだってば」
ガウルの反対側のベッド脇に腰掛け、見舞いの品の葡萄を口に放り込みながらレイモンドが呆れた様に答える。
彼もまた入院着から覗く胸元に包帯が巻かれていた。
「はー使えねえ。
…えっまてよ。
もしかしてその顔であんたもまさか仲間…?」
「…だったら何」
「えっ嘘だろまじかよ!!
そんな百戦錬磨ですみたいな顔でお前まさかのチェリ…ぶへっ!!!!!!」
レイモンドがフルスイングで葡萄をガウルの口に投げ込んだ。
綺麗な投球フォームである。
「げほっがほっ!!!!
てめっ葡萄が喉を高速で流れ落ちて行きやがったじゃねえか!!!!」
「…次はナイフ投げるからね」
「…まあ待て落ち着けって。
いやだってお前…婚約者候補もいたんだろ…?
あっ分かった。
お前まさかED…!!!!!!」
シュンと音を立ててガウルの頬スレスレをナイフが飛ぶ。
真後ろの壁にザクッとまるでダーツの矢の様にナイフが刺さった。
「うわっお前っまじで投げるか普通!?」
「聞き流せない名誉毀損だったからついね。
次は切るから」
「真顔で言うなよ。
冗談に聞こえねえから」
「冗談じゃないからだろうね」
「まっまあ落ち着けって。
剣を手に取るのはやめろ」
レイモンドが清らかだろうが不能だろうが何でも良いが、ベッドを挟んで喧嘩をするのは止めて欲しい。
心底鬱陶しいとシルフィーは溜め息を付きながら本のページをぱらりと捲った。
あれだけ互いに無視しあっていたのに共闘せざる得なかったらしく、封印の儀が済んだ後2人は喧嘩仲間の様になっていた。
仲良くなったのは良いが2人でやれと言いたい。
心の底から。
現在3人は仲良く入院中である。
最初は全員病院に運び込まれたのだがアナベルが最初に退院し、その翌日にはミリアが。
昨日は無理を押してキースが退院した為、残りは3人になってしまったのである。
まあキースは祝勝パーティーに出なくてはならないと言う理由で退院した為、パーティーで傷が開けば再入院だと医師にしこたま叱られてはいたが。
「つーかさ、祝勝パーティーって俺達出なくて良かったのか?」
「兄上が断ってくれたらしいね。
代表者だけで勘弁してくれって。
だからアナベル嬢と兄上だけ参加になったらしいよ」
「何で断ったんだ?
俺やこの馬鹿はともかくお前は王族なんだし功績は増えた方が良いんじゃないのか?」
「パーティーって事はダンスがあるからね。
主催者側はこれを通して王侯貴族に縁通りを目論んでるから、言ってしまえば見合いと変わらないんだよ。
だから兄上も出るなって医師に叱られてたでしょ。
私もさすがに傷がいつ開くか不安を抱えながら顔売りたいとも出会いを探したいとも思えないし」
「なるほどな舞踏会か。
ダンスは確かに無理だわ。
傷開いてスプラッタになっても良いならやるけど」
「えっスプラッタ舞踏会があるんすか?」
「お前変な所だけ聞き取るんじゃねえ。
んな事言ってねえよ馬鹿」
「もし開催されてもフィー踊れないでしょ」
「カタックダンスなら唯一多少いけますが」
「…なんで唯一踊れるのが他国の古典舞踏なの?」
首を傾げるレイモンドから視線をまた本に戻す。
入院して早2週間。
欠伸が出る程に暇である。
恐らく他の2人も暇だからこそ適当にシルフィーの病室に集まっているのだろう。
かと言って集まった所で毒にも薬にもならない会話をする以外ないのだが。
全く持って暇だ。
だからと言って退院させてくれと医師に言ったら殴られそうだが。
死んでても全くおかしくなかったのだから少しは安静にしろと、昨日病院の中庭でジャグリングを練習していて怒られたばかりである。
「しっかしさーやっぱ腑に落ちねえわ」
「何がだい?」
「封印の儀。
納得いかねえ事ばっかだ」
「納得いかなくても呑み込んで働くのが社会人らしいっすよ」
「んな大人になる辛さの話はしてねえよ。
つかお前らは何で納得出来るんだよ。
不思議じゃないのか?」
「だから何がだい?」
「全部だ全部。
例えばそうだな。
魔獣が出るから騎士団は配置してあったとは言え、俺達が取りこぼした奴を倒す為に街のすぐ側にいた事。
まず何で4人であれを倒す前提なんだよ。
塔に騎士団配備すべきだろあんなの」
真面目な顔で語るガウルと目を合わせずにシルフィーはまた本を捲る。
「4人でいけると思ったんじゃないすか?」
「いけるわけねえだろ!!
戦況読み違えるにも程があるわ!!」
「んじゃ塔まで行くのだるかったとか?」
「確かに微妙に街から距離あったもんね」
「お前ら巫山戯てんだろ。
あの距離ダルがる騎士団とかいねえわ」
こいつら話にならねえとガウルが舌打ちするが、シルフィーもレイモンドも各々手元の本に視線を落としたままである。
「じゃあその次。
何故儀式の終わりがお前らにしか分からないんだ?
中で儀式をやってる聖女まで分からないなんてそんな巫山戯た儀式あるかよ。
そんで終わったはずなのに、次は地方を回って魔獣討伐をしろと来た。
それこそ騎士団の仕事だろうが。
何故こんな少ないパーティにやらせる必要がある?」
「経費削減じゃないすか?」
「最近不景気だしね」
「んなわけねぇだろうが!!」
ガウルがサイドテーブルをガンと殴った。
暴れるのはやめて欲しいが憤るのも最もな話である為、怒るに怒れない。
「しかもお前らは疑問を持つ素振りさえ見せねえ。
なあお前ら何か知ってんだろ?!」
「…知らないっすよ。
上に従うしかないなって位しか考えてないっす」
「文句言った所で終わらせなきゃならない事に代わりないしね」
「…はっ。
使えねえなお前ら」
そう吐き捨てるとガウルは恨めしげに2人を睨み、葡萄を口に放り込んだ。
病室内がしんと静まり返る。
本当はガウルの言う通りであった。
シルフィーも、恐らくレイモンドも彼の問に答えを返す事は出来たのだ。
ただ、言う気になれなかっただけで。
あの儀式は擬似的な魔王を生んでいたのだと荒唐無稽な話をする気になれなかったのである。




