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専属魔女は王子と共に  作者: ちゃろっこ
漸く働くらしい
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地面を隙間無く濡らす霧雨が視界を白く濁らせる。

まるで靄の中の様に目が効かない。


踏み出した靴底がずるりと草の上を滑り、慌てて伸ばした掌を地面に着くとその掌さえも地面に広がる血沼で滑った。

咄嗟に受身を取り転がると、身体の真上で魔獣の頭が吹き飛び溢れ出た血飛沫を顔面に浴びた。


「うおっ…?」


「馬鹿っ!!!!

この状況で転ぶ奴があるか!!!!」


「…すいません」


シルフィーの真上で魔獣を斬り殺したキースが別の魔獣の口に長剣を差し込みながら怒鳴る。

シルフィーもよろよろと立ち上がった。


あれから何日経っただろうか。

雨が降り始めたのは確か3日目の夜からだったか。


降り続く雨はシルフィーの魔術で作った炎の壁を消し去り、今や地面にはクレーターがそこら中に空きシルフィーの水魔術でなぎ倒された木々が散らばっていた。


先程転んだのも地面に走った亀裂に足を取られたからである。

少々失敗したかもしれない。


魔素もほぼ使い果たした上に霧雨のせいもあって呼吸さえも上手く出来ない。

頭が時々真っ白になりそうになるが、その度に頭を奮って何とか意識を保つ。


限界なんてとっくに通り越した。

もう無理だと何度怒鳴りたくなった事か。


サーベルを無我夢中で奮う事しか考える事が出来ない。

しかしその動きは最早武術と呼ぶには余りにも粗末な物だっただろう。


足はふらつき、瞳孔がゆらゆらと揺れる。

自分の身体の操り方さえもう分からなくなっていた。


目の前の魔獣の額にサーベルを差し込んだまま視界がぐらりと揺れる。

膝ががくんと折れ、魔獣と共に地面に身体が叩き付けられた。


「おいっ!!!!!!

大丈夫かっ!!!!!!」


キースの怒鳴り声がやけに遠くで聞こえる。

ずっとやまなかった耳鳴りでさえ今はもう霧の向こうで鳴っているかの様にか細い。

キースも倒すので精一杯の為、シルフィーが倒れたとしても助け起こす事は出来ない。


シルフィーは額に差し込んだままのサーベルにしがみつく様に泥まみれの掌で身体を起こした。


「…大丈夫です」


「ーっなら立て馬鹿者!!!!」


死にたいのかと言う緊迫した声に答える事ももう出来ない。


音も、色も、臭いも、痛みも、もう何も感じられないのだ。


脚に力が入らない。

力をどうやって入れたら良いのかさえも分からない。

ふらつきを止める術も、目を開ける事さえも難しくて堪らない。


それでも倒した魔獣に攀じ登るにしてまたフラフラと立ち上がり、もう抜く事が出来ないサーベルの代わりに短剣を抜き走った。

魔獣の懐に滑り込み心臓に短剣を突き立てる。


怒り狂った魔獣が肩に噛み付き牙が深く突き刺さるが、シルフィーはより深くに短剣を押し込んだ。

体中が熱に浮かされた様に熱いのは散々負った裂傷のせいだろうか。


短剣を引き抜こうとするが血で滑る上に握力も無くなっている為全く抜ける気配がない。


引き抜こうと足掻いている間に背後から迫って来た魔獣の瞳に自分の肩に刺さっていた牙を引き抜き思いっ切り投げ付ける。

短剣に刺さった魔獣事身体を捩り突進して来た魔獣の爪を遺骸で受け止めた。


その魔獣の首をキースが跳ね飛ばす。

漸く周囲に魔獣が消えたのかキースがドサリと地面に腰を下ろし、荒い息を整え始めた。


「…すいません…。

短剣お借りしていいっすか?

…抜けなくて」


「あっああ。

ほら受け取れ」


キースが腰に付けていた短剣を抜き、シルフィーの掌に乗せ握らせた。

彼は気が付いていたのだ。

シルフィーがもう殆ど目も見えていない事に。


「…大丈夫か?」


「………大丈夫っすよ」


「…意地っ張りか貴様」


「………意地張る位しかもう出来る事ないっす」


「…まあ確かにな」


いつ終わるんだ…とキースが呟く。

キースの頬は一直線に切り傷が走り、その顎には無精髭が生えている。

目の下には黒々としたクマが出来ていた。

鏡を見ていない為分からないがきっとシルフィーも似た様な物だろう。


「ほんと…いつ…終わるんすかね…」


分からん…とキースが自嘲気味に笑う。

絶望を全て背負った様なその笑みは精悍で場違いな程に美しかった。

まるで落ちる間際の椿の花の様に。


そう遠くない場所で木の枝が割れる乾いた音がした。

キースは立ち上がり、シルフィーの腕を掴んで引っ張り上げる。


まだ終わりじゃないのだと、シルフィーは短剣を構えた。

地獄の終わりはまだ来ないのだと。


その時だった。

頬を一陣の風が撫でた次の瞬間、目も開けられない程の突風がシルフィーを包んだ。


それはまるで強い春の風の様で。


空気がスっと肺に染み渡る。

足の震えが止まり、視界が澄んだ。

ずっとのしかかっていた重りが突然取れたかの様に身体が軽い。


あぁ、終わったのだ。


漸く、やっと、遂に終わったのだ。


ふーと息を吸い込むと身体全体に血が巡っていくかの様に指先まで感覚が戻っていく。

身体を魔素が包むのが分かった。


「おい?

どうした?」


「……終わりましたよ」


「………は?」


「終わったんです。

封印の儀が」


シルフィーがキースを真っ直ぐに見詰め呟くとキースの瞳が見開かれた。

その瞳が一瞬潤むが、キースはすぐに前を向き長剣を構え直す。


「……ふん。

ならさっさと既に入り込んでる魔獣を片付けねばな。

気を緩ませるなよ」


「掃討すれば良いんすね」


「ん?

あぁ」


シルフィーは地面に手を尽き魔力を流す。

魔獣の位置を読み反対側の掌で風の魔素を操った。


「やっと思いっ切り本命を使えます」


「…は?」


シルフィーの指がパチンと鳴る。

その瞬間、森中の至る所で風が刃へと姿を変えた。

その刃が振り下ろされた時、森中に絶命を迎えた獣達の咆哮が響き渡る。


劈く様な咆哮が響き渡る周囲にキースが引きつった笑みを浮かべた。


「…そう言えば貴様の名前は風の精霊だったな」


「えぇまあ」


「本命…主属性が風か。

………精霊なんて可愛い物ではなかろう」


「そっすか?

…それで、終わりで良いっすか?」


シルフィーの問にキースはしゃがみこみ肩を震わせた。

そして今度こそ笑いながら告げたのだ。


終わりだ、と。


降り続いた雨はいつの間にか止んでいた。

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