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地面が赤黒く染まり、その液体が水溜まりを作り出した頃。
シルフィーはサーベルを地面に突き刺し、ドサッと座り込んだ。
周囲は既に夜の深い闇に包まれ、焚き火の灯りだけが薄らと付近を照らしている。
全身を汗と血肉が滴り落ちる。
額を流れ落ちたそれが汗なのか返り血なのか自身の血なのかさえ判断が付かない。
シルフィーに従う魔素が騒いでいない事から漸く最初の群れの殲滅が終わったのだと分かる。
まあ夜だから収まっているだけで朝になればまた第二陣とでも言えば良いのか分からない群れが来る事は間違いないのだが。
立ち上がろうと太ももに手をやるとベトリと手が滑った。
知らない間に切り裂かれていたらしい。
気が付いたら痛み出すのは一体何なのだろうか。
シルフィーはよろよろと立ち上がり木箱へと向かいまた腰を下ろした。
中からエールを取り出しグイッとそのまま飲み干す。
喉が乾いて仕方なかった。
多少でも酔ってこの不快感を忘れたかった。
「………あー…しんど…」
「しっシルフィーさん?」
首を動かすだけで悲鳴を上げる身体を無理矢理動かすと震えながらこちらにやって来るミリアと目が合った。
まあ血塗れ過ぎて目があったとミリアが分かるのかは不明だが。
「…あー…こんばんは」
「こっこんばんはじゃなくてっ!!
何してるんですか!!」
「喉乾いたんすもん」
「もうっ!!
本当にシルフィーさんは馬鹿です!!」
ミリアは半泣きで駆け寄って来ると自身に血が着く事も厭わずシルフィーのローブを脱がせ始める。
下に着ていた白いシャツまでもが血に染まっているのを見て、ミリアの指先が震えていた。
「…汚れますよ」
「黙って下さいっ…!!」
ミリアはそのままシャツやブーツやズボンまでもを脱がせ水に濡らしたタオルでシルフィーの全身を拭き始める。
タオルも水もすぐに真っ赤に染まりミリアは大きめのタオルをシルフィーの肩にかけると走って桶の水を替えに行く。
外で全裸になる様な奇特な趣向は持ち合わせていないが抗うような気力もない。
ミリアはまた新しい水を汲んで戻ってくるとシルフィーの身体を拭き始めた。
それを幾度も繰り返し、粗方拭き終わると切り裂かれていた太ももや脇腹などの治療を始める。
「シルフィーさん…馬鹿です…」
「…はあ」
消毒の終わった脇腹にガーゼを当て包帯を巻き付けながらミリアは呟いた。
一応頑張ったはずなのだが何故叱られるのだろうか。
「…キース様に聞きました…。
一番不安だったのは魔族の血の濃いシルフィーさんとレイモンド様だったはずだと。
でも二人共大丈夫って…」
「…無理ですなんて言ったらミリア様泣くでしょ」
「だから馬鹿なんです…!!!!
怖いのに、不安なのに、脅えてるのに…!!!!!!
気が付かない私が…一番馬鹿です…!!
呑気に寝てるなんて思った私が…一番っ!!!!」
ミリアの鈍色の瞳からボロボロと涙が零れ落ちる。
こう言う時、キースやレイモンドならば上手く慰められるのだろうか。
シルフィーには何も出来やしないが。
ミリアは零れ落ちる涙をグイッと拭うとシルフィーに服を着せていく。
何だか雑な上に乱暴である。
「…あの、もうちょい優しく…」
「怪我をした罰です!!」
「…えー」
あの状況で怪我をするなとは中々に暴論ではないだろうか。
生きてるだけ偉い!と褒めてくれても良いと思うのだが。
「…みんな…みんな大丈夫って言うので…私は決めました…」
「はあ…」
「私が代わりに心配します。
皆が大丈夫と言って心配させようとしないなら、私はそれ以上に皆様を案じます。
怪我をした人には怒ります。
死んだりなんてしたら追いかけてでも怒ります」
「…そりゃ怖いっすね」
「そうです。
怖いんですよ。
…だから。
……だからっ!!」
ミリアの唇がブルブルと震える。
死なないで下さいと小さく呟いたその声はあまりにも悲痛だった。
「…大丈夫っすよ。
怒られない様努力します」
「…シルフィーさんの大丈夫は信用しません」
「……じゃあ努力します?」
「いいえ、約束して下さい。
神官としての私に。
私を通して神に誓って下さい」
「……無神論者なんすけど良いんすか?」
「神の愛は平等ですから」
「…まあじゃあ神様とやらに誓いますよ」
「よろしいです。
破ったら地獄行きですからね」
「誓った後に言うってズルくないすか?」
「怪我をした罰ですから」
「措置が厳しいっすね」
シルフィーが眉間に皺を寄せるとミリアはクスリと笑った。
元気が出た様で何よりである。
「では私は次の方の所へ行きますが、お酒は程々にして下さいね。
身体の負担になりますよ。
そもそも酒を取り上げたい位ですが、これでも譲歩しているんです。
あとちゃんとご飯も食べて、少しでも身体を休めて…。
あとそれと」
「分かった。
分かりましたから」
お前は母親かと言いそうになりながらまだまだ続きそうなお説教を慌てて止める。
ミリアはもうっと頬を膨らませると桶や汚れた衣類を持って立ち上がった。
「ほんとに分かりました?」
「十二分に分かりました」
「…なら行きますね」
「はい。
おやすみなさい」
手をヒラヒラ振るとミリアは呆れた様な顔をしつつ立ち去った。
シルフィーは重たい身体を動かし木箱を開け、硬いパンと干し肉を取り出し齧った。
まだ陽は昇りそうにない。




