23
マシュガロの街を出て東に40km。
深い森の中にその塔は聳え立っていた。
見上げてもその塔の上は雲に隠れていて見る事は出来ない。
横でガウルがでっけーと語彙力の欠片もない事を呟いていたがそれ以外に相応しい言葉も確かにない。
「ぼけっとしてないで自分の荷を降ろせ馬鹿共」
「へーい」
「あれ?
俺も馬鹿扱いされてね?」
「仲間っすね」
「お前と一緒とかまじで嫌…」
「まあ第三者の意見な訳ですから仕方ないっす。
あっこの木箱ガウル様のですよ」
「…どうも」
馬車から木箱を各々二箱ずつ降ろす。
木箱を地面に置きシルフィーはお腹を摩った。
何だかモヤッとするのである。
悪い物は食べてないはずなのだが。
うーん?と首を傾げているとキースがこちらに戻ってきた。
「貴様は東側だ。
木箱を運べ。
…どうした?
変な顔がより変になっているが」
「いやなんか…腹壊した時みたいな感じが…。
塔の中ってトイレあります?」
「汚いな貴様…。
あるが行っても意味はないぞ。
貴様なら見えるのだから魔素を見てみろ」
「魔素っすか?」
言われた通り掌に魔素を集めるが普段と特に変化はない。
違う周りだと言われ瞳に魔力を集中させた。
それは異様な光景であった。
普段は属性事に色を変え光る粒子である魔素がどす黒い光を帯びて塔の周りを取り囲んでいる。
何とも不穏な景色だ。
腕に鳥肌が立つ位には。
「…なんすかこれ」
「…貴様俺の話を聞いてなかったのか?」
「まあはい」
「はいとは何だ、はいとは。
とりあえず木箱を運べ。
説明は後だ」
「うっす」
シルフィーは塔の東側に連れて行かれ木箱を置く。
キースは先に指示だけ出してくるから待っていろと言い正面側に戻って行ってしまった。
何とも忙しない。
シルフィーは木箱に腰掛けぼんやりと森を眺める。
数メートル先が見えない程に木々が生い茂った深い森だ。
一体何故こんな所に巨大な塔を建てる必要があったのか。
そして何よりも耳を澄ませば周囲に漂う魔素が何とも不快な音を出している。
これは悲鳴だろうか。
何とも不快である。
腹のモヤ付きはこのせいだった様だ。
眉間に皺を寄せ気分悪…と考えていたシルフィーの元へキースが戻ってきた。
「封印の儀は30分後に始まる。
それまでにもう一度説明してやるから貴様の綿花の様な脳味噌にきっちり刻んでおけ」
「うっす」
そう言ってキースは語り出した。
今は昔。
人間と魔族は互いを忌み嫌い長きに渡り争いを繰り返していた。
1000日とも2000日とも言われる程に長い戦いである。
そんな戦乱の世の中で魔族に襲われ望まぬ子を孕んだ人間がいた。
生まれた子供は人間にも魔族にもなれぬ故に忌み子と呼ばれ、人間にも魔族にも受け入れられず、土地に住まう事も許されなかった。
住む場所もない忌み子達は大陸を彷徨い荒野と呼ばれる魔族の土地にほど近い、棄てられた土地に住み着く事にした。
魔力を操り無理矢理土地を耕し何とか住める土地へと変えたのだ。
それは少しずつ広がり、他の忌み子達も増え指導者を立て国へと変化していった。
だが忌み子には欠陥があった。
生物に必要な子孫繁栄の本能が極端に薄かったのである。
忌み子達は悩み抜いた末に、魔族の血ではなく人間の血を濃くする事を選んだ。
魔族に襲われた末に起きた悲劇の結果が忌み子である為、それを繰り返さぬ様に理性を選んだとも言えるだろうか。
こうして人間と番う様になり少しずつ魔族の血が薄まって行くと別の問題が起きる様になった。
土地が再び枯れ始め、魔獣が暴れる様になってしまったのである。
荒野を生き返らせ魔獣を追い払っていたのは忌み子達に着いて来た魔素であったのだ。
忌み子達はまた考えた。
魔素をこの地に留める手段を考えねばならない。
だが漸く血が薄まり家庭を作り始めた国民も増えその幸福を知ってしまった以上、また魔族の血を濃くする事は恐らく受け入れられないだろう。
そこで生み出されたのが封印の儀である。
魔族の血に似せた液体を宝玉に流し込み、それに魔素を従わせる。
その魔素を巨大な塔に縛り付ける事で魔獣を払いその地を繁栄させるのだ。
その儀式が今日に伝わっている封印の儀である。
「…はえー」
「なんだそのマヌケな返事は。
まあだがこの儀には重大な欠陥がある。
魔素を縛り付けているのはどう足掻いても偽物でしかない。
そうすると縛られている魔素に澱が溜まるんだそうだ。
それを解放し新しい魔素を縛るのが封印の儀という訳だ分かったか?」
「まあはい多分」
「そしてこの魔素を解放した途端、新しい魔素を集めるまでの間、云わば結界が消える事になる。
しかも周囲の魔素が移動する為異変を感じた魔獣が動く。
それを封印の儀が終わるまで排除するのが我々の役目だ」
「どん位かかるんすか?」
「早ければ3日。
長ければ1週間と言われているな」
「長っ!!」
「何度も言っただろうが馬鹿者!!」
「聞いてなかったっす」
「毎回話始めて2分以内に寝てたからな貴様…」
「えへへ」
「…まあ封印の儀が終わるまで戦い続けろ。
魔術師のお前なら終わりはすぐ分かるはずだ。
それまで寝るんじゃないぞ」
「…うっす」
「本気で貴様が信用出来んのだが大丈夫か?」
「まあ大丈夫っすよ多分」
「…頼んだぞ。
ミリア嬢が度々巡回と言う名の目覚ましに来るから眠気が酷い様なら頼め」
「うっす」
シルフィーの気の抜けた返事にキースは溜め息をついて持ち場に戻って行く。
キースの姿が見えなくなるとシルフィーはふぅと息を吐いた。
「…魔術師殺しにも程があるでしょこの儀式」
正直キースの話の半分も聞こえていなかった。
シルフィーに従っている魔素が塔に縛り付けられている魔素に引き摺られ騒ぎ立てていたからである。
頭が割れそうな程に煩くてたまらない。
この土地の魔素は殆どが塔に縛り付けられており、この澱に呑まれている魔素は解放されたとしてもシルフィーに扱う事は出来ない。
だから今自分に従っている魔素しか扱えないと考えた方が良いだろう。
だが魔素は魔術を使う度に少しずつ消耗し、また新しい魔素を血が集める物なのである。
これは最早補給の来ない耐久戦の様な物である。
こんなにも不利なのに何故魔術師をメンバーに加えるのかと考えると、やはり偽の媒体では魔素を騙し切れないと考えるしかないだろう。
魔術師という本物の血も置く事で魔素を集めやすくするのではなかろうか。
云わば魔素ホイホイだ。
「そりゃ専属契約でもなけりゃやる奇特な魔術師いないわ」
その奇特な魔術師が自分だけどとシルフィーは腰に付けっぱなしにしていたサーベルを抜く。
習っていて良かったと思わざるを得ない。
ふぅっと息を深く吐いたその瞬間。
背後の塔から数百枚の硝子が一気に割れたかの様な甲高い高周波の爆発音が響いた。
始まりの合図だと言われず共分かった。




