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あれから何度も何度も転がされては立ち上がらされ、昼食等食べられる様な体調ではないのに無理矢理食べさせられ、その後はまた転がされ…。
周りの騎士団の団員だと言う男性達の視線にも哀れみが見え出した頃、漸くそれは終わりを迎えた。
お察しの通りシルフィーはボロボロである。
余りの腹立たしさにレイモンドに差し出された手を払い除けサーベルを杖の様にして立ち上がったが彼は困った様に笑うだけで何も言わなかった。
「じゃあ訓練はここまでにして。
さあ次に行こうか」
「はあ?!」
これ以上何をやらせる気かと目を見開くがレイモンドはこっちだよとシルフィーをズルズルと引きずって行く。
連れて行かれたのは花々が咲き誇る庭園に作られた細い川である。
「さっフィー始めるよ」
「…何をですか」
「何って決まってるでしょう。
洗濯だよ」
決まってねえよと言いたいが突っ込んだ所で負けだと言う事もとっくに理解している。
理解してはいるが何故わざわざ王宮の庭園で洗濯をしなくてはならないのか意味が分からない。
が、その返事は「川がここしか無かった」である。
やはり意味が分からない。
シルフィーは一旦家で着替えると汚れた服を川で洗わされる。
薔薇の咲き乱れる庭園の片隅でお洗濯。
庭師がいたら確実にキレると思いながらもレイモンドの指示に従い死んだ目でゴシゴシと汚れを擦る。
シルフィーの雇用主は絶対頭がおかしい。
「中々上手いねフィー。
アルフォンス殿の所でももしかしてやってたかい?」
「…………」
その通りではあるがツンと無視をする。
シルフィーは怒っているのだ。
理由が分からず剣術の訓練をさせられた事に対しても、今こうして川で洗濯させられている事に対しても。
そして何より未だに魔封じの腕輪が付けられている現実に対しても。
遺憾の意を表明したい所なのだ。
「終わったら次は食事を作ろうか。
薪選びのコツなんかは分かるかい?」
「………」
「とりあえず服を干しがてらフィーの家に着くまでに適当に拾おうか」
さっ始めるよーとレイモンドも自分の洗濯物が入った籠を脇に抱え、庭の隅に集められていた枝の中から選別を始めてしまった。
庭師が枝を燃やす前で良かったねと言っているが何が良いのか分からない。
こいつもしかしてキャンプでもするつもりだろうか。
まあ黙って従う辺り自分が情けなくなるがシルフィーも黙って枝を拾い集める。
家に戻り拾った枝を置き洗濯物を干すとレイモンドの指示に従い枝を組み立てた。
こいつ本格的にキャンプを始める気である。
他人の家の庭で。
どんな趣味だ。
「はいじゃあこれ。
火打石と火打ち鎌と誘火綿。
やった事ある?」
あるわけがないだろうと少々口元が引き攣る。
シルフィーは多属性持ちの魔術師だ。
指先1つで火を付けられるのにわざわざ道具を使うわけがない。
その表情で何となく察したのかレイモンドはこうやってと一度実演した後シルフィーに手渡した。
やってみろと言う事だろう。
とりあえずぶつけてみるがレイモンドがやった時の様に火花は散らない。
何故だ。
「ぶつけるんじゃなくて擦るんだよ。
今石の方が削れているでしょう?
そうじゃなくて金具の方を滑らせて火花を起こすんだ」
「…魔封じの腕輪を外して下されば火をお付けしますけど」
「ダメ。
はいもう一回」
一応提案してみたがやはりダメらしい。
一体いつまで付けさせられるのか不安になるが、これみよがしに溜息をついてもレイモンドは微笑んでいるだけである。
諦めて何度も失敗しながら挑戦し続け漸く成功した時には外はもう日が沈んだ後であった。
漸く火が着いた焚き火の上に網を置きポットと鉄鍋を置く。
その頃になってシルフィーの真っ青な顔色を見て座っていて良いよと言われた為ぐったりと地面に座り込む。
良い匂いが漂って来るが腹等全く空かない。
寧ろ吐き気が酷い。
ずっと貧血が続いている様な気分である。
「…なんで平気なんすか」
「ん?」
「魔封じの腕輪付けてるのに。
恐らく貴方も魔素が集まる量から見て魔族の血がかなり濃いはずですよね。
なのに何故平気なんすか?」
「あぁ。
もう私は付け始めて2週間位になるから。
多少はね。
最初はやっぱり吐き気が酷かったよ」
「なんでそもそも付けてんすか?」
「…後悔したから、かな?」
「何に?」
「自分がしてなかった事に」
そう呟いた彼の瞳に憂いが帯びる。
だが何が言いたいのかさっぱり分からない。
「…貴方の話はいつも遠回しで意味が分かりません」
「フィーもはっきり聞こうとしないでしょう?
いや、はっきり聞きたいとは思ってない。
理由も聞かず立ち入らなければスっといなくなれるから」
その通りではあるのでうぐっと黙るしかない。
そんなシルフィーを見てレイモンドはくすりと笑う。
「分かるよ。
私だってそうだから」
「…そっすか」
「ただ、そうだなあ。
嫌かもしれないし、理由も分からないだろうけど今みたいに命令だからで良いから聞いていてくれると嬉しいかな。
…私は生きたいから。
フィーにも生きて欲しいから」
「へぇ」
「ほら、やっぱり聞かない。
普通はねフィー、ここでどうしてって聞く物なんだってさ」
くすくすと笑うレイモンドから視線を逸らしシルフィーは空を見上げた。
普通は気になるのだろう。
シルフィーだって理由は気にはなるがどうでも良いと言う気持ちの方が大きいのだ。
「…普通には足りないんでしょうね。
興味も執着も」
「そうだね。
人間になるには足りないんだろうね。
その代わりに魔力があるのかもしれない」
「レイモンド様は人間になりたいんすか?」
「…いや。
その感情が必要なのかが、分からないから。
魔力を捨てたとしても必要な程大切な物なのかが分からない。
…ただ」
理解出来ればとは思う、と呟いた彼の声は深い夜の闇に溶けて消えた。




