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diary7 The first call

《おかけになった電話は…電波の届かない場所におられるか……》


あのアナウンスに、これほどの精神破壊力があったなんて知らなかった…


番号を教えてもらった日の夜も、その次の日の夜も、

あたしのケンゴへの電話は、コール音を発することもなくずっと門前払い。


な… なんでぇ〜〜〜…


さすがの3日目。とうとう我慢できずに聞いてみた。

するときょとんとした顔で、

「電源?切ってねェぞ。後で見てみる」


そして、その日の午後…

「よくわかんねェけど、電池が死にかけてんだってよ…」

部活前、みんなより先にグランドに出てきたケンゴがそう説明した。


放置期間が長かったせいで、ケンゴの携帯は電池パックがかなり弱っているらしい。

しかも、充電切れにすら気付いていなかった…というわけ。


「全然見ないの?携帯…」

「電話なんて鳴ったら出りゃいんだから、いちいち見ねェだろ」

ケンゴのコメントはかなり昭和的だった。

たとえ昭和でもバッテリーぐらいはチェックすると思うけど…


とにかくそんな事とは知らずにシャットアウト状態だったこの2日間、あたしはその電池パックさながらに弱りまくっていた。

尋常じゃないほどドキドキしながら電話しただけに、暗い海の底にぶくぶくと沈んで行くような、そんな気分でした…ハイ。


秋風の吹く澄んだ空の下、あたしの座ってるベンチの端っこに、ケンゴは腰を下ろした。

片手でベンチの淵を掴み、背中をひねって軽くストレッチをしながら言った。

「今日の帰りに取り換えっから。夜には新品バッチリ」

そしてベンチを掴んだ方とは逆の手でビッと親指を立てると、それをこちらに向けた。


「そっか… 新品バッチリよね… もう凹まなくてすむよね…」

「そんなショックかよ。携帯って体に悪りんだな」

「へ…平気よあたし。大丈夫だよアハハハ。ううう…」

依然立ち直れない、チキンハートなあたし… ううう…


「いや……悪かったって…」

少し困ったように言うと、前かがみになって浅くあたしを覗き込み、キュッと鼻にしわを作った。


へ、へぇ… こんなおどけ顔もするんだケンゴ。(それでも怖いけど…)

ふぅ〜ん… 色んな顔できるんだ……

一瞬頭から携帯のことが抜け落ちた。

あたし…どうにも弱い。ケンゴの表情筋の動きに…


「なんかわかんねェけど、機嫌なおったのか?」

「うんっ」

「あっそ。(いまいちわかんね〜な…)」


ケンゴはあたしにタオルを放ると、「んじゃ夜な」と言い残してアップに出ていった。


夜な、…か。

今度こそ、あたしのコールは届くのでしょうか。



その夜、お店の手伝いを終えてお風呂に入り、約束の23時になってから携帯を手にした。


メモリーの中から『ケンゴ』を探す。やっぱりドキドキする。

今日こそは繋がりますように…

あたしは祈るような思いで発信ボタンを押した。


トゥルルル… わわ、ちゃんとコール音がする…!

2回…3回… きゃ〜コール音だよっ。コール中ってのもこんなにドキドキするのね〜

…6回…7回 ん?あれ?

8回……もしかして、寝ちゃった?


その時、ふとコール音が消えた。


『はいよ』

唸るような返事がした。


わ!出た!良かった…!間違いなくケンゴの声…!

携帯から、ケンゴの声がする。


「わ〜いちゃんと出たよぉ〜…」

『嫌味か…』

「えへへ。でももう寝てるかと思った。起きてた?」

『おぅ。スポーツニュースやってるし。つ〜か何の音かと思ったよ、電話』

「あははっ、そうなんだ」


他愛もない会話。

それでもなぜか感動…感激…。

これから喋る、一言一句を録音したいくらい。


『そっちは?店終わったのか』

「ん。今日はあたし10時前に上がったの。後はもう寝るだけだよ。…ケンゴは?」

『オレはセコムなんで24時間待機』

「クス…初めて繋がったのによく言うよ」

『クレームだったら受け付けてね〜から閉店するぞ』

「もうまた〜…」

『慈善行為にケチ付けるとはタチの悪るい客だな』

「お客なの?あたし」

『いや。客以下だっけか』

(うう〜、魔王め…)


電話でもケンゴはこの調子。


秘密めいた会話も囁きもないけれど、

でも…

電話を通じて聞こえるケンゴの声は普段よりずっと低く聞こえて、

それが逆にあたしの耳に、ゆっくりと、やさしく響いた。


ケンゴへの初CALL… 2人の初めての電話。

日曜日の約束をして、それから部活の話しをしたりして、

あたしの声がケンゴだけに、ケンゴの声があたしだけに届く。

今は、2人のあいだを遮るものがなにもない。


いいね、こんなの。


夢心地な携帯効果で、今日は良い眠りにつけそうです。


『よし、もう寝るぞ。タイムアップだ。成長ホルモン出しそこなう』

「クスクス…まだまだ成長するんだ?」

『おぅ。困ったヤツいるからな。体つくっとかねェと、いつ抱えて運ばされるかわかんねェし』

「うぐっ… うう」


すると、携帯の向こうで『くくっ』という声がした。

『……やっぱ面白いね、お前』


あ… 今、

笑ってるんだ……


ごく稀に垣間見せる、別人みたいなあの笑顔。

電話だと、それを見られないのが、少し残念―。


色々と忙しい最近。あたしは少し離れた場所からいつもケンゴをかき集めている。

見て、追って、声を探して、

そうやって一生懸命に、どんな小さなケンゴだって拾い集める。


こうして電話で話している時も、精一杯、ケンゴを集めては心の充電をする。

受話器の向こうの貴重な笑みも、ちゃ〜んと取り込んだ。

そして心の中で、ケンゴの肩に寄りかかる…


その時。

小さな間が空いてから突然、ケンゴが呟くようにあたしを呼んだ。


『なぁ… アツサ…?』

ドキンとするような、小さくかすれた声で、確かに呼んだ。


(ど、どうしたんだろ急に…)

どことなく甘〜い声? だった気もする…


それにいつも「おい」とか「お前」とかなのに、『アツサ』だって。

なんだかケンゴじゃないみたい。


やだ、ドキドキするよ…


ひょっとしてこれは……… 何か「嬉しいこと」を言ってくれる兆し…!?

そうだとしたら、これも、携帯効果!?


き、記念すべき『first call time』になるかもしれない…!


「…はい …何? ケンゴ…//」

超ド級にドキドキしてきたっ… どうしよう。


『なぁアツサ』

「う、うん…」

『 なんか、オレ…』

「…何?//」


き、緊張する〜〜〜〜〜〜!


『な〜んかオレの携帯さっきからピ〜ピ〜いってうるせェんだけど、―プツッ―』


しーーーん。


ん…??


しーーーーん。


え…??

しーーーーーーん。


「もしもし、ケンゴ…?」


《しーーーーーーーーーーん》



え…、 ええっ…。



記念すべき、ケンゴとの初電話。

『充電切れ』にて強制終了。


あたしの充電(妄想パワー)も、一気に空っぽ…



ん、もうっ…



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