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‐K’s side‐ 「規制線」

登校してくる生徒も疎らな朝早く。賢悟は体育倉庫の前にいた。


今の時間、倉庫は朝練のある部が出入りするために鍵が開けられている。

そこでこのタイミングに合わせ登校し、教室に上がる前にここに立ち寄った。


中に入ると扉を閉め、電気をつけて辺りを見渡した。

(くそ…どこだ?)

入り口付近は前日のなごりのまま各部の用具が雑然としていて、奥に進みたい賢悟の足元を邪魔した。


昨日のこと。

うっかり出しっぱなしにしていたマイボールを、部の用具と一緒に回収され、片付けられてしまった。

練習を終え、それに気付いた時には、ボールはすでに体育倉庫の中。

鍵もかけられた後で、開けてもらおうにもマネージャーは教官室で打ち合わせに入っていた。


そういうわけで翌朝の現在、ボールを探しにやって来たのだ。


それにしても用具の入り乱れ方はひどい。

上がりの遅かった部の片付け方は特に乱雑だ。


こんな状況に原因があるのだろう、最近、倉庫内での用具の破損が頻発している。

先日は、金属ポールの先から突き出していたビスが当たり、サッカー部のボールが一つ破損したばかり。

それを知っているだけに、賢悟は自分のボールが気になった。


用具の隙間をすり抜けながら奥に進んだ。

(お。あった)

サッカー部のボールキャリアーを発見。

下を覗き込むようにしゃがむと、キャリアーを回転させて目当てのものを探した。


(ゲ。こんな下のほうかよ…)

無事、あるにはあったが、取り出すには、上に山積みにされている部のボールをかなり退けることになる。

(ちぇ…)

仕方なく、地道にボールの発掘を始めた。


閉め切った倉庫の中は湿気がこもり、少し動けば汗が出てくる。

しかし、雑にやればボールが転がるため、丁寧に足元に置いていく必要がある。

(暑っち〜な…)


キャリアーの置いてある倉庫隅の横壁には、空気口が開いている。少しだがそこから風が吹き込んできた。

賢悟は襟元を緩めると、シャツの中に風を送り、邪魔なネクタイをはずしてポケットに収めた。


すると、空気口の真横にいる賢悟の耳に、外からの声が聞こえてきた。


大方、朝練のあった陸上部の連中だろう。男子生徒が2〜3人、倉庫の横で何やら熱心に立ち話しをしているようだ。

しかし賢悟は特に気に留めることもなく、黙々と作業にあたった。


「付き合ってるヤツはいないって聞いたぞ」

「それって確かかよ?」

「うん。一年の時からいないんだって〜。学校の七不思議って言われてるらしい」

「んじゃ俺、思い切って告ってみるかなぁ〜」

「ぷぷ…お前なんてフラれるって。そうじゃなくても競争率高いんだぞ?」

「どんだけ高いんだ?」

「男バレなんか抜け駆けなしの掟があって、部室には写真が貼ってあるんだってよ」

「うわ、その写真欲しいかも」

「俺も!」


聞き耳を立てるわけではなかったが、壁をくり貫いただけの空気口の真横で話しをされると、会話の内容は筒抜けだった。

(朝っぱらから男が群がってする話しかよ気持ち悪りい)


ボールに付いていた砂で、折り曲げていたカッターの袖口が汚れてしまった。

賢悟は上腕近くにまで腕まくりを上げると、リストバンドで額の汗をぬぐった。


相変わらず、外の話しは続いている。

「パッパパ〜ン♪ 実はなんと、写真ならここにもホラっ」

「うわ、何で持ってんだよ?見せろ!」


賢悟はというと、ようやく自分のボールを取り出した。

くるりと回して点検する。どこもなんともない…幸い無事のようだ。

後はボールをキャリアーに戻して終了。

手際よく部のボールを拾い、キャリアーに投げ込み始めた。


「ど〜だぁ!ふっふっふ。THE・天使のレアコレクション…!」


(……?)

外の会話から気になる代名詞が飛び出した。


「天使」と言えば、勝手に名付けられた温彩の愛称だ。


賢悟は思わず手を止めた。というより、手が止まった。

そして無意識に神経を外の声に向けた。


「いいから見せろって!」

男子生徒は一枚の写真を巡り、ドドド…と倉庫の前方に移動したようだ。

賢悟の神経も入り口の方へと移る。


「うあ〜菅波、激熱〜〜!」


(……)

予感的中。男子生徒の声がはっきりと温彩の名前を口にした。


温彩の人気振りは相変わらずだという噂は耳にしている。

隠れファンも含めると、各学年に渡って結構な数がいるとのこと。

賢悟をからかいたい沖に、そのことで散々忠告(?)を受けたから耳にタコだった。


もちろん、それが気にならないわけではない。

片岡晃の事件といい、妙なことに巻き込まれる温彩の体質にも、大いに懸念を抱いている。


賢悟は片手にサッカーボールを持ったまま、倉庫の入り口へと近づいた。


「もーやばい、俺やっぱ今日告ろっかな〜」

「ど〜でもいいけど、この写真どうやってGETしたんだ?」

「裏ルートを使って手に入れたのさ〜」


(なんだコイツら…)

無意識にボールを持つ手に力が入る。

大体何で写真なんかが出回っているのか… それに裏ルートって…


「あるマニアにかなり無理言って譲ってもらった一枚!」

「もしやあのキモイ軍団?」

「秘密♪」

「ええ〜っ」


(変体か?コイツら)


その時、

「ていうかその写真、コピーでもいいから売ってくれ〜!」

男子生徒のはしゃいだ声が響いた。


(は…??)

ブチン。体のどこかで音がした気がした。

(売…る?)

『売る』…その一言に賢悟のリミッターはポロリと外れた。

「ふざけんなよ…」

そう呟いた次の瞬間、扉の隙間に足をかけていた。


―ガラガラガラドーーーォン!!!!!


急に中から開け放たれた体育倉庫の扉。

しかも扉が吹っ飛ぶんじゃないかというほどの勢い。同時に爆音が轟く。

現れたのは、微妙に目の座った賢悟…

3人組の男子生徒立ちは飛び上がらんばかりに驚いた。


「よぅ。お前ら陸上部か」


(わ! サッカー部の上代じゃん…)

(何?…何? 怒ってんの??)


扉に片足を引っ掛けたままだが、一応、平静は装う。

「おい…陸上部かって聞いてんだ。答えろ」


「そ、そうだけど、 何?」

殺気を感じ取った陸上部の面々はおののいて一歩下がる。

獅子の眼光は目の前の彼らを凍てつかせた。


そして無言のまま視線を彼らの手元に移す。


温彩がデカデカと写っている写真が見えた。それが温彩だということが、遠目からでもはっきりとわかった。


「な、なんだよ…」

陸上部の生徒はたじろぎながら、写真をサッと背後に隠す。


「それ貸せ」

賢悟は、スッと手のひらを出した。


「ええっ…、なんでだよ」

「いいからよこせ。うちのマネジだそりゃ」

一段トーンの下がった声でそう言うと、扉から足を下ろし、えぐるような視線をさらに眼前の3人に食い込ませた。

そして一歩前に出る。

(ヒ、ヒィッ…!!)

反対に半歩下がる陸上部の生徒たち。


「お前ら気味が悪い上に迷惑」

ポケットに突っ込んだ左手の脇にボールを挟み、静かに彼らへと詰め寄った。

「マネジ目的かなんか知んねェけどこっちは県大中で気が立ってんだ。ガタガタ騒がれるとうぜんだよ。悪りィけど全員、規制線の外だ」


そして、シュッと男子生徒の背後の手から写真を抜き取った。

「あ…」

弱々しい3人の声が揃う。


制服姿の温彩の写真だ…

髪の長さとブレザーを着ていることからして、今年の春あたりのものと思われる。

あまりのアングルのよさに、無性に腹が立つ。


「盗撮か?いい趣味してんな。お前らいっぺん死ぬか…?」

怒ると片方の口角が上がる賢悟。その形相や、さらに彼らを強張らせた。


完全に部のレベルを越えて張られる規制線…


賢悟は、眉間に皺を立て、再び写真に目をやった。

(ハァ…)内心でため息が漏れる。

(コイツもいい加減アホだろ…?こんだけもろに写されてて気付かねェか普通…)

そして、怯えた様子の彼らに再び眼を飛ばした。


「な、何だよ、別に変な写真じゃないだろ…」

「んあぁっ!?」

「ヒエッ…!」

首を引っ込める陸上部の3人。

ごちゃごちゃと言い返してくる彼らに、さらに増して怒りがこみ上げた。


「そういう問題か?本人が知らねェんなら盗撮だろうが。海の藻屑にすんぞコラ…」


地から這い上がってきたかのような声で言った。

沸々とわく腹立たしさも苛立ちも、すべてを彼らに向ける。

「おい…死にたくなかったらこれの入手先と男子バレー部の部室教えろ」

もはや表情は、本人すらセーブできていない鬼の形相…


「言、え」

「ひ、ひぃぃぃぃ〜〜…」



この後―。

一仕事を終えた賢悟は一時間目の授業が終わるのを待った。

そしてすぐさま、復旧させ持参していた自分の携帯の番号を温彩に教えたのだった。


…絶対、呼べ。(BY、セコム)





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