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-K's side- 掴めぬ男、凌一

(最近こんなんばっかじゃねーか……)

学校を後にしながら賢悟は思った。


部活後、皆が帰るのを待って温彩を探していた賢悟はグランドに回った。

そしてベンチに人影を見つけて、慌てて校舎の陰に身を潜めた。


温彩と凌一。ベンチの前で抱き合った2人を見てしまった。


瞬間頭が空になり、次にはその中を疑問符が駆け巡る。そして言いしれない気持ちや色んな仮説が波のように押し寄せてきた。

しかしそれにストップをかける。


何も考えない。何も考えまい。

今は考えるな。とにかく、今は何も―――


地面に意識を留め、ゆっくりと一歩ずつ来た道を歩いた。

グランドに背を向け、ゆっくりと。


落ちつき、冷静を保つことに終始する。

しかし冷静になればなるほど、先ほどの光景が現実味を帯びた。


温彩の後ろ姿。

夏服に髪をほどいた儚げな背中を、自分よりもずっと頼りになるであろう手が、しっかりと抱きとめていた。


高下凌一―――

思考の掴めない男だ。


実は今日の放課後。賢悟は凌一から、部活の前に教官室まで来てくれと呼び出されていた。


急に何だと怪訝に思いながら校舎を訪ねた。すると、職員の出払った室内に凌一が独りで待っていた。

「よう、来たか上代。ほい、こっちきて座りな」

そういって自分の隣のデスクの椅子を引き出し、屈託のない笑みで賢悟を迎える凌一。


その笑顔に相対し、賢悟は気持ちを濁らせた。

考えまいと思ったが、ついつい昨日の凌一と温彩のドライブ姿に頭を巡らせる。

考えまいと思ったが、ついつい良からぬことを考える。


そんな雑念を振り払いつつ、憮然たる面持ちで促された席へと向かったが、賢悟が着席すると、練習着に着替えていたハーフパンツの脚を凌一ががしりと掴んだ。

「なっ?!」

「ん、ちょっとそのままな」

続けて賢悟の腿やらふくらはぎやらをまさぐる凌一。


賢悟は思い切り顔をひきつらせ、瞬きも忘れて凌一の手元を凝視した。


「そんなに警戒するなってば」

凌一は、どうにか距離を取ろうと反応する賢悟を笑顔で制したが、警戒するなと言われ賢悟は益々警戒して顎を引いた。


しかしそんな様子を気にも留めず、凌一はふむふむと賢悟の筋骨を観察し続けた。

そしてちらりと瞳を上げる。

「あ、言っとくけど俺、女子にしか興味ないから安心してね」


(ア……アホかこいつ……)

立ち上がって飛び蹴りくらわしてやろうかと思った。


「つ、つか……なんスか……」

額に青筋が立ちそうなのを堪え、至近距離をうそうそと動き回るパーマ頭をよけながら尋ねる賢悟。

すると凌一は、

「あらん、鍛えてるのね、上代くん」

と、賢悟の上腕なども執拗に触り、おどけた嬌笑をあげてみせた。


(一体なんだっつんだよ……!)

さすがに憤然とし、その手を振り払いながら賢悟は椅子から腰を浮かせた。


凌一は短く笑うと、身構える賢悟を尻目にデスクの上に腰かけ、何かの書類に目を通し始める。

「んー」

そして片足をぶらつかせながら考え込んだ。


「上代さ、まだ進路決めてないんだって? お宅のクラス担任のさゆりちゃんから相談があったんだけど、進学か就職かも定まってないらしいな」

「は?」

急な問いかけに賢悟はきょとんとする。


腰を浮かせたままでいた賢悟に再び着席するよう指で支持しながら、凌一は続けた。

「大変だねえ高校三年生も。で? どう思ってんの?」

「……何がスか」

「だから進路の話しだってば。上代はどうしたいと思ってんだ? はいテルミー」

凌一は悪戯っぽく質問した。


思いもよらない話題に顔をしかめる賢悟。意に反さぬ身体検査の後に出た話しは、「進路」――?


おおかたインハイのことで呼び出されたのだろうと思っていた賢悟は、あてが外れたのと蛇行運転のような凌一のテンポについて行けないのとで悄然する。


「つか、何であんたがそんな代役してんだよ。進路指導ならここでやってもらわなくても、別で散々くらってる」


それに、凌一と話す必要があるとすれば、もっと別のことだ。

迫るインハイ、転向したポジションとその調整、それに……

「……」

賢悟はじろりと凌一を見上げた。


凌一はデスクに転がしてあった禁煙パイポを拾って咥えると、もの言いたげな賢悟に差し向い、穏やかに笑みを落とした。

そして、


「お前さんにゃサッカーで食ってって欲しいって思うから、かな?」


そう言って、静かに賢悟を見た。


「……!」

驚きで溜飲を下げた賢悟は、凌一のその一言に固まってしまった。


(サッカーで食っていく……)


何故だろう。

迎達にも何度かかけられてきた言葉ではあったが、凌一に言われると心髄からどきりとした。

リアルで、酔狂に聞こえない。


「上代」

名前を呼ばれハッとする。


「目ぇ瞑ったままでいるなよ。もっと自分のサッカー信じろって」


何気に放たれた台詞に、賢悟はすっかり言葉をなくしてしまった。

ままならない心底を読まれたようで愕然とした。


そんなことがあってからまだ数時間しかたっていない―――


もしかしたら信用できるやつなのかもしれない、煩悶を打ち明けられる相手かもしれない、そう思った。

でもその矢先にだ。今度はグランドで温彩を抱き寄せていた。


進路指導を引き受けたり、核心を衝いてきたり、温彩につきまとったり、まったくをもって掴めない。


温彩が言うには、「監督はあたしたちが付き合ってることを知ってる」とのことだったが、あの時軽々とボールをカットしたみたいに、もしかすると温彩のことも、ひらりとさらっていくつもりなのかもしれない。


部活の監督が生徒に手を出すようなことはないだろうと思うが、‘恋愛は自由だ’とか、‘それとこれとは別’とか、そんなことをひょうひょうと言ってのけそうな感じでもある。


(どうにも「像」の見えねえヤツ……)



河原の遊歩道に差し掛かった。

今日は寄らずにおこうと石段の前を通り過ぎた時、珍しく利歩から電話が入った。

携帯を手にすると、流れで通話ボタンを押す。

「なに」

三本柳のカードレールに腰をかけながら言葉を発した。


「なにじゃないでしょ無愛想男。あんた今日はもう帰れるの?」

「今帰ってるけど」

「そう。だったら真っ直ぐ帰ってこいって母さんが。今日父さん仙台から帰って来てんのよ。知ってた?」

「いや」

「のんきなもんね。あんたの進路について話し合う為らしいわよ。ついでに久々の一家団欒だとかって、あたしまで招集がかかったわ」


通話が終わると携帯をたたみ、気重に立ち上がった。電源を切ってそのままバッグに放り込む。

「ったくよってたかってうるせえな。ぐだぐだやってねえで、とっとと先の目ぼし付けろってか」


ポケットに手を突っ込み、日が傾く方角に向かって歩いた。

すると、ふとポケットの中に入れていた羽のストラップに指先が触れる。


所在なさげな羽の感触が見えない温彩の心と重なり、手に取ろうとしたが、やめた。


(何やってんだオレ)


最近、色んなことに躊躇ってばかりだ。


(さっさと帰るか……)


賢悟は遊歩道を抜けた。

色んなことが釈然とせずも、寡黙に家へと歩を進めた。



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