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-K's side- 「将来、夢」

温彩が校門でサト子を見送っている頃。翌日を進路指導日に控えた賢悟は、担任に呼ばれ職員室にいた。

賢悟も進路を決めかねている生徒のうちの一人だった。


担任に問われる。

「調査票が白紙の理由は?まだ何も思い浮かばないってこと?」

「別にそういうわけじゃ」

「だって希望欄すら真っ白じゃない」

「まだ具体的じゃないんで」

「具体的でなくてもいいのよ。まずは上代くんの希望でいいの」


希望。

賢悟の希望はただ一つ、サッカーのできる環境だ。サッカーができるのならば、進学でも就職でも何でも良かった。

強いて言えば、自分の力を試せる場所というのが、唯一つの望みではある。

しかしそれが一番難しいところだった。


「明日の三者面談までに親御さんともきちんと話し合って、そして進展を見せてね」

「はあ」


賢悟はヌッと立ち上がると、気持ち一礼をして担任に背を向けた。

この一年でさらに体躯の備わった賢悟。蛍光灯を遮ってできた影が担任を覆う。今や賢悟より背の高い職員はいない。


賢悟は職員室を後にした。

担任は賢悟の出て行ったドアの方から机に向き直ると、「ふぅ」と溜息を吐いた。

すると、隣の教師が話しかけてきた。野球部の監督をやっている体育教師だ。

「上代の場合、聞かなくても大体の察しはついているんでしょう先生?」

「ええ、まあ」

「ただ、ご家族の意向もあるし、本人から希望を聞かないことにはねぇ」

「はい……」

「彼、かなりいい筋してると思うんですよ。埋もれてしまうのは勿体無い。高下監督にも、一度相談されるといいですよ。餅は餅屋です」



その後。

賢悟は部活が始まるまでの時間を、どこか落ち着ける場所で過ごそうと歩いた。

昼休みに迎が投げ入れてきたサッカー雑誌。これをどこかで読もうと思ったのだ。

どうやら高校サッカーで活躍した選手達の、‘その後’が特集されているらしい。

前線での付き合いが長いせいか、何を話したわけでもないのに、迎はたまにこういうことをしてくる。

しかし今の賢悟にとっては、確かに「入学案内」や「求人募集要項」を見るよりもずっと価値のあるものだった。


校舎の中は蒸し暑い。空気が動く分外のほうが過ごしやすかった。

賢悟は迎の好意を右手に、そして左手はポケットに突っ込んで歩いた。そして丁度いい木陰を陣取ると、どさりと腰を下ろして雑誌をめくった。


見開きには、海外リーグの記事があった。優勝をしたチームのFWは、賢悟とそんなに年の代わらない選手だった。

最近、寝る前には各リーグや世界中のプレーヤーの過去の試合・個人を特集したDVDなどを観ている。

そして考える。彼らと自分とではどのくらいの差があるのだろうか?


賢悟はネクタイを外した。続いて、例の特集記事に目を落とす。

 ★ 高校サッカー強豪校エース、Jリーグ入り。

 ★ 選手権優勝校のキャプテンにプロからオファーが殺到。果たしてどのチームと契約か。

 ★ 十八歳FW、即戦力として活躍。

もちろんだが、どれも選手権で活躍を見せた生徒の話ばかりだった。


(ま、何はともあれ、まずは大会での実績だよな……)

部活サッカー一本できた賢悟にとって、それは必須だった。


さらに、ぱらぱらとページをめくった。

するとその片隅に、『パワー飯特集』という名目が打たれ、いくつかの料理のレシピが小さく載っていた。

『‘夏を乗り切るためのちからごはん’』―――


河原で練習をやる日曜日などに、たまに温彩がお昼を作ってくる。

「体造りのためのバランスを考えた栄養ランチだよ。これで元気を爆発させてね」

草の上に次々に弁当を広げられて恥ずかしいものはあったが、実際温彩の料理の腕は確かなもので有難く思っていたのも事実だ。


(あいつはちゃんと、自分の夢に向かって、走る準備をしているだろうか……)

これまで温彩とは、進路についての話しをしたことがない。

何故だか分からないが、なんとなく、だ。


たまにはこういう話をしてみるのもいいかもしれない。ふと賢悟はそう思った。

それに、卒業後の自分達がどういう風になっているのかも、気にならないでもない。

あいつは進学するんだろうか、それともすぐに料理の修行でもするんだろうか。

(別にオレが聞いたって変じゃないよな……?)

変に意識し、心もち下唇が横向きにのびる。


そんな時だった。

校門を挟んだ向こう側の木立の中から、「ええーっ!」という叫び声が聞こえてきた。

気のせいだろうか、温彩の声のように思えた。

賢悟は雑誌を閉じた。そして立ち上がり、歩は進めずに声のする方を確認した。

騒ぐ声に混じり、男の笑い声も聞こえてくる。


次の瞬間「お兄ちゃん!」という声がして、はっきりと温彩だということが分かった。

会話は聞き取れないが、一緒に騒いでいる相手はどうやら凌一のようだ。


間もなくして、温彩と凌一が木立から出てきた。温彩は妙に周囲を警戒している。

2人はそこで分かれると、それぞれが別の方向へと姿を消した。


賢悟は体を木の陰に戻した。

(見なかったことにした方が、いいんだっけか……)

そして平静を心がけた。


別に問題はない。学校内のことだし、きっと部活のことで話しがあっただけだろう。

温彩のことは信じている。

特段あの2人に何があるというわけではないのだから、気にすることなどない。


いらぬことに考えを巡らせるのはよそう。雑誌を丸めると、くるりとその場に背を向けた。

もうそろそろいい時間だ。

こういう時は、体を動かすのが一番。少し早いが、賢悟は部室に向かうことにした。

まず自分が励まなければならないことは、精一杯ピッチで駆けることだ。


『将来』『夢』……それはもちろん、自身のため。

しかし賢悟は、心の奥で思っていた。

温彩に、‘親父さんが見せてやることのできなかった世界’を見せてやりたい―――


まだまだ漠然とした思いでしかなかった。が、自分がサッカーで高みを目指すことが、自分1人の夢としてではなく、2人分の願いとして担えるのならば、それはとても意義深いことだと思った。



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