diary31 未来ビジョン
「サト叔母ちゃん。この間作った煮物の評判はどうだった?」
「ええ、お客さん褒めてたわよ。温彩ちゃんはいつでもお嫁さんに行ける、ですって」
土曜部活が早くに終わった日。夕方から叔母ちゃんのお店の開店準備を手伝った。
忙しかった毎日も落ち着きを見せ始めた最近、暇を見つけてはお客さんに出す一品などを積極的に作らせてもらっている。
「やったあ嬉しいな。でも、お嫁さんはちょっとまだ早いよ」
「あらそんなことないわよ。ケンちゃんが十八になれば、あなたたちだって結婚できるのよ?」
「そ、そりゃそうだけど……き、気が早いよっ。あたしたちまだ高校生だもん」
冗談だと分かっているのに顔が赤くなってしまった。しかも、「気が早い」とか「あたしたち」なんて言ってしまった。自分でもびっくり。
どうしよう……。前言撤回、もしくは巻き戻し&消去できないだろうか。ケンゴとの未来を勝手に妄想していたみたいな恥ずかしい発言、取り消せないかしら。
「あらそう。‘まだ早い’けど、ね?」
叔母ちゃんに、まずい部分を摘ままれてしまった。
やばい、サト叔母ちゃん……ケンゴに余計なこと、言ったりして……
もしもそんなことになったら、おそらくケンゴは絶句して、あたしは入る穴を探して、そして2人は顔から火を噴いて灰になってしまうかもしれない。
「ところで温彩。この間の件だけど、ちゃんと進学も視野に入れて考えなさいね」
不安に暮れていると、叔母が話題を変えた。
「うん、いいの?」
「もちろんよ。兄があなたに残したお金がちゃんとあるんだから。卒業したらきちんとした形で渡そうと思っていたんだけど、そういうことなら有意義に使いましょ」
そう。今は浮かれたり恥ずかしがったりしている場合ではない。
現実の話をすれば、当面のあたし達的「未来」ビジョンは、来週行われる第一回目の進路指導。
進路調査票の提出期限も、三日後にと差し迫っている。
「料理の道に進むことはきめてあるんだけど、もう少し分野とか希望とかをはっきりさせなきゃって思ってるの」
「そうね、よく考えなきゃね。進学するにしても、それ次第で変わってくるしね。それに結婚の可能性も……あるかもしれないし?」
「ないってばもう!」
あたしが再び顔を赤らめると、叔母ちゃんはいつものようにうふふと笑った。
しばらくすると店の引き戸が開いた。
「こんにちは」
挨拶と共に、前掛け姿の人が店内に入ってきた。
入ってきたのは叔母ちゃんの彼、「青果のアオキ」の哲也さんだった。相変わらずの温顔は、カウンター内にあたしを見つけると、帽子を脱ぎながらゆっくりと微笑んだ。
「あー、こんにちは。お久しぶりです哲也さん」
「久しぶり、温彩ちゃん。最近部活が忙しかったんだって?」
「そうなんです。色々と重なって大変でした。哲也さん、今日は配達ですか?」
「いや、配達じゃないんだけど、ちょっとね」
アオキの衣装を纏ったままの哲也さんはそう言うと、サト叔母ちゃんを見た。
「ごめんね哲也くん、仕事中に」
「大丈夫。今日は土曜日だから売れ足が早くてさ。片付けは残してるけど、もう店仕舞いしたんだ」
サト叔母ちゃんはカウンターの外に出ると、哲也さんと並んであたしの方へ振り返った。2人は顔を見合わせ、何やら目配せをした。
まもなくして、にっと笑ったサト叔母ちゃんが、ちらりと目を上げて言った。
「あのね温彩。私達、あなたに相談があるの」
「相談?うん。なあに?」
「実はね……」
叔母ちゃんの相談とは、哲也さんとの『結婚』だった。