diary5 ファンに、不安
複雑… とっても、複雑…
部活中、グランドにて、こんなに困惑してるのは久しぶり…
「上代先輩頑張ってくださ〜い!」
「上代くーん頑張って〜」
何故か、ケンゴがモテている…
「きゃーこっち向いた〜」
「上代先輩ー」
いや、向いたっていうより眼飛ばしてる顔なんだけど、彼女たちってなんてポジティブ… 羨ましいくらい。
しかもケンゴ、何気に動揺してるなあれは。全然隠せてない。
とうとう大々的に、ケンゴに『ファン』がついた。
あたしは何故か、とてつもなく不安。
でも急に何で?県大会の活躍で存在が目立ち始めたとか?
それとも沖先輩が引退したせい??
考え方によっては、好きな人がモテる男なのは喜ばしいし名誉(?)なことだけど…
実際目の当たりにすると、笑えないし怒れないし泣けない…どんな顔に設定すればいいのか全然分からない。
本人の『冗談じゃないぞ顔』もだけど、それ以上にあたしの顔は劇的にバグってると思う。
あはははは。はぁ… なんだろ… 不安だ…
「ちょっと〜!そこ、ダメダメ〜!今大事な時期なんだから気が散るような応援はNGよ〜!」
ハナちゃんがグランド脇に集まった子達を撃退しに出た。
すごい。味方になると、かなり心強い…
「ちょっと菅波先輩っ。菅波先輩は賢悟先輩の『カノジョ』なんでしょ!?ガツンと言ってやらなきゃダメじゃないですか!しっかりしてくださいっ」
お、怒られちゃった…
カノジョか。彼女。カノジョねうん…
彼女…。
あたし、『彼女』で、あってるんだよね…?
だって。
付き合ってるとか、お前は彼女だとか、明確に言われたわけじゃないし…
って、うわ…!? なんかあたしやばい状態かも…
何でこんなに、不安…!?!?!?
まだ三年生がいた頃は、グランド脇はいつも沖先輩ファンであふれてた。
その時瑞樹先輩は、不安とか、全然感じなかったんだろうか。
この日、部活が終わって家に帰ってから、瑞樹先輩に電話をした。
「ん〜、確かにいつもグランドは侑ファンに囲まれてたもんね〜…」
「不安になったりしなかったですか?」
「不安かぁ… 全然って言ったら嘘だけど、すっかり慣れちゃってたかな〜。でも侑さえしっかりこっちを見てくれてさえいれば問題ないわけだし」
「あたし… 今日ハナちゃんに『彼女』って言葉使われた時、ヘンに考え込んじゃって…」
少し間があった後、瑞樹先輩は静かにあたしに聞いた。
「温彩。温彩は自分の気持ちに不安なの?それとも上代くんの気持ちに?」
「え…」
妙に… 考えさせられる。
っていうか、そんな風に考えたことなかったからドキッとした。
あたしのケンゴを思う気持ちは絶対だから、そういう意味での不安はないけど…
「お互いの気持ちに変な距離感さえ感じなければ、どんな時だって大丈夫だと思うんだけど」
『距離感』――ある。感じる。ケンゴが遠い気がする。
それって、ケンゴの気持ちを、信じられていないんだろうか…
「でも、距離感のコントロールって結局自分次第なんだよね。どう受け止めて、どうするか、は自分じゃない?」
そうよね…
あたしは不必要に、ケンゴとの距離を計ろうとばかりしてるのかもしれない…
「上代くんってすごくいいと思うよ。まっすぐだし、それにシンプルだし」
「え…、ケンゴって分かりにくくないですか?」
「そう…?分かりやすいと思うけど」
あたし。勝手に一人で、疑心暗鬼になってるだけなのかも…
「侑って意外に優柔不断だから大変だけど、上代くんの場合‘確固’って言うか、そういうとこ不安に思わなくても大丈夫だと思うんだけどな。後はきっと温彩次第だよ。頑張って」
そっか…あたし次第。
ケンゴとの距離をどう感じるかは、‘あたし自身’で‘あたし次第’…
瑞樹先輩の言葉は、目からウロコだった。
「ケンゴに、失礼ですよね…」
「そうだよ。温彩がそんな風に思ってるって知ったら、上代くんショック受けるんじゃない?」
そう言って、瑞樹先輩は笑った。
瑞樹先輩は、やっぱり強い。
不安が晴れた。
(瑞樹先輩に電話してよかった…)
あたしはしっかりと、
あたし自身がしっかりと、ケンゴを信じてさえいればいいんだ――
「ありがとう瑞樹先輩… あたし、がんばります」
「うん。応援してるよ」
そういえば、秋が終わる頃、ケンゴの誕生日が来る。
明日はあの背中をノックして、少し話しかけてみようかな…