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diary27 雲行き

春休みに入った今日から、グランドのベンチには飯田監督に代わり、凌お兄ちゃんが入っている。

指導者が入れ変わり、新風の吹き込むサッカー部。今年は選手権に向けて勢いづいているし、皆の志気も上がってる。

だからあたしも、過去にとらわれてなんていられない。ケンゴたちと一緒に、高校最後の戦いに挑むために。


今度凌お兄ちゃんに会ったら謝ろう。いつまでもこだわって、すねている場合じゃない。そっけなくあたってしまったことをちゃんと誤ろう。

あたしは、前の晩に考えた‘再会やり直しシュミレーション’をおさらいしながら、今日部活に来た。

すると、校舎を曲がる手前あたりで、はしゃぐような声がグランドの方から聞こえてきた。


「ハナ子は元気印でちっこくて超~キュートだな。サッカー部のプッチモニじゃーん」

「きゃはははプッチモニって古っ!そういう高下監督だって、ビジュアル系の超イケメーン」

「プッチモニなハナ子とビジュアル系な俺、いえ~い」

「いえ~い!きゃははは」


言わずもがな、声の主はハナちゃんと凌お兄ちゃんだった。生徒同士がじゃれ合っているような奇声がグランド中にこだましている。

5分咲きの桜の下、お花見さながらに盛り上がっている2人。あたしは思わずベンチの後ろに立ち尽くしてしまった。

初日から早速、青息吐息。


「お、温子、オッツー!」

こっちに気付いた凌お兄ちゃんが、振り返ってから変なポーズを取った。

「あ、菅波先輩オッツー!」

ハナちゃんもがそれに続く。どこかで見たことのあるような、おかしなポーズ。

そのポージングのまま2人は黒目だけをあたしに向けてきた。そして見る。じっと見てくる。


なんだか頭痛がしてきた。どうしよう。この2人を抱えてあたしは、この先やっていけるんだろうか。

不安を通り越して、怖気が震う。


「一応聞くけど……なんなの、それ」

「挨拶だよん。オッツ~って、手はこう。ほら、温子もやって」

「先輩、こうですよ」

同じ表情を作った息ぴったりの2人が、妙な姿勢と手のひらを向ける方向をレクチャーする。

「……」

見てるだけで、やる気と精気を吸い取られそう……


思い起こせば昔からこんな感じだった気がする。

いつの間にか凌兄ちゃん独特の緩いペースに巻き込まれるのだ。重要なことや大事な話しをするタイミングをはぐらかされるのはいつものことで、更には他者との調和を図り損ねたりすることも多々あった。

でも、今とその時とではわけが違う。選手権を目標に掲げたサッカー部全員が、お兄ちゃんに身を委ねているのだ。


グランドの方に目をやると、同じくドン引きの部員くんたちが無言でアップをしていた。

しっかりしなきゃ、あたし……!


「部活中ですよ監督、まじめにやってください。ハナちゃんもほら!みんなアップ終わる頃だよ。今日のメニューは伝えてあるの?」

そう言うと、ノリノリだったハナちゃんのトーンが少し下がった。ほんのちょっと上目使いになって答える。

「えっと、ですね。今日のメニューはその……変更なんです」

「変更?」

「はい」

それからハナちゃんは、凌お兄ちゃんに視線を移した。


「そーなんだよ温子。今日は初日だし、オールフリーにしようと思ってさ」

「オールフリー?」

「そっそ。一日中自由練習ってこと。だから温子も今日はゆっくりしてていいぞ。何なら一緒にお喋りしようぜ」


咄嗟にもう一度グランドを見た。今度は細かに部員くんたちの様子を見る。

さっきは気付かなかったけれど、みんな明らかに不信感を抱いた顔をしている。

「ちょっと監督。自由練習って、その理由は?みんなにはちゃんと説明したんですか?」

「理由?説明?ううん特に」

「特にって……」

迎くんを初め、二年生は眉をしかめ、三崎くんら一年生はどこかおどおどとしている。

ケンゴは相変わらず無表情だからよく分からないけど、キャプテンの太田くんも複雑な顔をしている。

それに大山くんなんかは、完全に(凌お兄ちゃんとハナちゃんに)激怒状態。


自由練習って言ったって、これではバラバラだ。バラバラと言うかニエニエと言うか、とにかく状況的にも心情的にもよろしくないことは一目瞭然。


「そーんな心配そうな顔しなくても平気だって」

ウェーブのかかった前髪の隙間から、笑い目を覗かせながらお兄ちゃんが言った。

「そんなこと言ったって……!」

全然、平気じゃない雰囲気全開だ。

「監督も分かってると思いますけど、今年はあたしたち、受験勉強返上で選手権狙っていくつもりなんですよ?」


なんだか焦った。怖くなった。心細くなった。

少なからず、不安なのは部員くんたちも同じだろう。初日からこんなんじゃ先が思いやられる。


「大丈夫だって」

そう言うと凌お兄ちゃんは、浮かない顔のあたしの肩に手を置いた。

「俺が‘平気’って言った時は負けたことなかっただろ?」

ズシンときた肩の衝撃にハッとし、そのままストンとベンチに沈められた。

あたしは脱力してしまい、惰性で首をうなだれてしまった。

「それはお兄ちゃんが選手だった時の話しでしょう……」


腑に落ちないまま、パス練習を始めたみんなを力なく眺めた。みんな太田くんの指示に従って、基本練習を始めたようだった。


こんなことでいいのだろうか。

微妙な不協和音が、タッチラインのあちらとこちらを行き来している。

「そんな顔するなって、温子」

余裕なのか能天気なのか。凌お兄ちゃんは相変わらず、屈託のない顔で笑っている。


薄い千切れ雲の泳ぐ青空に似つかない、雲行きの怪しいサッカーコート。

お天気以外は曇り空の、春休み練習の初日だった。




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