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diary25 三本柳の木の下で

河原に夕風が吹いた。

冷たくなってきた風に、マフラーの間に挟み込んでいたポニーテールの先がさらわれ、空を泳いだ。


「そのまま巻いて帰れ。鼻水つけんなよ」

「つけないよ、もう」


ケンゴは皮肉を言う時も冗談を言う時も真顔だ。

だからたまに戸惑うこともあるけれど、結局最後は優しさに癒される。

抑揚のない低い声も、あたしを安心させる。

寒くても、なんとなく体が温まる気がする。


マフラーに埋もれた顔を仏頂面に向けた。

「明日、返すね」

「おぅ」

ケンゴはこんな何でもない瞬間に、ほんの少し笑い返したりする。

そんな顔を見るたびに、別々の帰路に着くのが寂しくてたまらくなる。

「ケンゴ……」


ケンゴが肩を引いた。

「やめろって」

やめろ? やめろって、何を?


「んな顔すんな。帰れなくなんだろーが」


石段を登りながら、しかめっ面をしてるケンゴの横顔に視線を忍ばせた。

少し早足になったケンゴの頬で、冬の終わりの柔らかい斜陽を反射させた黒髪も風に泳ぐ。


「もっと、ずっと、一緒にいられればいいのにね」

そう呟くと、珍しくケンゴがあたしの手を引いた。

「JR線のとこまで送る」

それだけ言ってから歩く速度を緩め、さりげなく歩幅を合わせてくれた。


2人の影が伸びている。

河原からの帰り道にはいつも、あたし達の前を、あたし達の影が先に行く。


斜陽があたし達を照らす。2人を照らす。

身長差、制服、持ってる荷物。お互いの違いが遊歩道に映し出されて、長く長く伸びている。


並んだ二つの影が嬉しい。

でも、こうして前を向いたままだと、影は見えてもケンゴの顔は見えない。

当たり前だけど。


そんなことを思っていると、突然前触れもなしに、ケンゴが私を引っ張った。

ひゃ、と声が喉を突いて出た瞬間、遊歩道沿いに並ぶ柳と柳の間に引き込まれた。

土手を上り詰めた所。舗装されたコンクリートとの境目に植栽された、『三本柳』と呼ばれる木の陰。

一瞬、何かから身を隠したのかと思ったけど、そうではなかった。

ケンゴはいつも通りの面持ちで振り返り、あたしを見た。


「ど、どうしたの?」

「別に。正面から顔が見たいと思っただけ」


ケンゴはそのまま、歩道のガードレールにストンと腰をおろした。

そんなケンゴと向かい合う。

「びびったか」

「びびったよ」

繋がれた手は離さないままだった。そのまままた少し、引っ張られる。

ケンゴの膝に、あたしの膝がコツンと付いた。

あたし達の間に、夕風が吹きぬける。


背丈があべこべになったケンゴの顔を見下ろす。

「でもね」

「うん?」

ケンゴがあたしを見上げる。

「あたしも同じこと思ってたところだよ――」


正面には、強くて鋭いケンゴの瞳。

そしてその中に、あたしがいた。

それを見つけた瞬間、今度はマフラーを引っ張られた。

瞳の中のあたしが揺れる。


斜陽は影を描く対象物を失い、柳の葉の揺らめきだけを東へと伸ばしている。

三本柳の木の下で、互いを宿した瞳を閉じた。


また一つ、夕風が吹いた。

風はあたしとケンゴの間を抜けることなく、柳の前を静かに通り過ぎていった。



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