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★ 過去

「ふ~ん、そーいうことお」

遊歩道に腰をかけた凌一が、そんな河原の2人の姿を見下ろしていた。

「温子が冷たいわけだあ」

タバコの煙を細く吐き出しながら、のんびりと空に立ち上る煙に目を移す。

「よりによってサッカー部の奴だって。俺嫉妬しちゃうかも。な~んつって」

一人ごちて笑うと、頬杖をつきなおして河原に視線を戻した。


賢悟がリフティングを始めていた。

単調に繰り返しているように見えるリフティングだが、それを巧みに操り、そして色んな体勢からそれをシュートへと移行させる。

「へえ」

そして、跳ね返ってきたボールをくるりと交わすように止めたかと思うと、次の瞬間にはすでにベストポジションを取り、再び壁に向かって鋭いボールを放っている。

「器用じゃん。ガキのくせにトラップなんてやっちゃって」

今度はしばらくそれを見ていた。

「確かFWの上代だったっけ?随分やり込んでる感じかな」

人のサッカーをまじまじと眺めるのは久しぶりだった。しかし、凌一からみれば他愛のないテクに過ぎない。ただ、高校生にしては勘はいいらしい。


「あーやだやだ。来月からいやでも毎日ボールとガキ共見てなきゃいけないんだし、その上温子のラブシーンは見ちゃうし、今日はもう帰ろっと」

凌一は道路脇に止めていたRV車に乗り込んだ。エンジンをかけると、灰皿に吸いさしのタバコを押し付ける。

「と、帰りたいところではあるんだけど、ちゃんと用事は済ましてから帰らなきゃな」

凌一は、花束の置いてある助手席に目を落とした。

それからゆっくりと車を出し、交差点を右に曲がった。


新しいタバコをくわえ、花束の横に丸めてあったパーカーコートのポケットからメモを取り出した。それを指に挟む。

「えっと、商店街の西通り……二番地の裏あたりね。今は妹さんとこに住んでる、と」

メモの末端には、サト子の店の名前が書いてある。

「確かすんごい美人の未亡人だったよなあ。再婚はしてないみたいだし、変わってないと嬉しいけど」

顔をほころばせながら鼻歌を歌った。


大通りを渡りJR線を越えると、商店街が見えてきた。夕方の町は賑やかさを纏い、夕方の空の色に看板が目立ち始めている。

西通りの道路の片側はコインパーキングになっている。凌一は車を止めてコートを羽織った。

商店街の方から、‘ひな祭り’ソングが流れている。

「そういや温子、もうすぐ誕生日じゃないの?」

流れてくるひな祭りの歌と、ケーキ屋から漂ってくる甘い匂いが、そんな記憶を呼び起こす。

三月三日は温彩の誕生日だ。

「十二歳の誕生日、結局祝ってやらないままだったよな……」

遠い日のことを思い出しつつ、歩道を歩く。


サト子の店はまだ準備中だった。看板は脇に寄せられていて、暖簾もまだ下がっていなかった。

凌一は引き戸に手をかけた。ガラリと戸の開く音が響くと、カウンターの中から軽快な声がした。

「は~い、どちら様あ。開店はまだですけど、ご予約かしら?」

明るい声とともに、眉目秀麗な笑顔がカウンターから覗く。


「お久しぶりです、高下です」

丁重に頭を下げながら、凌一は挨拶をした。

「覚えていらっしゃいますか?」

そして手に持った花束を小さく持ち上げると、静かにサト子を見た。

「ご迷惑でなければ、菅波監督の位牌に手を合わせたいのですが」

サト子は立ちつくしている。

「あなたもしかして、凌一くん……?」

「ええ。ご無沙汰しています」

笑うと少年のようになる凌一の笑顔に、サト子は無反応で言葉を漏らす。

「う、うそでしょう……」


凌一はカウンターに花束を置くと、「ひなケーキ」とロゴの入った箱をそっと差し出した。

「車を止めたついでに角のケーキ屋で買いました。良かったら温子とどうぞ」

「あ、えっ、ええ……ありがとう」


戸惑いの消えないサト子に、凌一は少しおどけた風に頭を掻いて、再び笑って見せた。

「実は今年の春から、僕がK高サッカー部をみることになりました」

屈託のない下がった目元でサト子を見る。

サト子もまた、凌一を見た。以前会った時にも思ったが、悪意のある子には見えない。

しかし……

「もしかして、温彩がK高にいることを知ってて?」

疑念は消えない。


「いえ、そこは偶然です。自分的には嬉しい限りですけど」

「ちょっと待って、嬉しいなんて冗談じゃない。あなたどういうつもりなの?」

「別にどういうつもりもありませんよ」

少し困ったように首をすくめると、カウンターに置いた花束に視線を落とした。

「菅波監督には感謝していますし、後悔だってしています。それに」

「それに?」

「温子のこと、‘妹みたい’に思ってたのも事実です」

「そんな軽々しく言わないで……兄も兄だけどあなたもあなたよ。どうかしてるわ」

「どうかしてんのは早死になんてしちまった監督の方ですよ。手だけでも、合わさせて頂けませんか」


凌一は静かに「お願いします」と付け加え、頭を下げた。



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