表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/77

diary23 懐かしさと

期末試験が近いので、この日の練習は早めに切り上げられた。

片付けをすませ、教官室に鍵を返却に行った時、「失礼しまーす」と、教官室から廊下に出てきた凌お兄ちゃんにばったり出くわした。

「お兄ちゃん」

「お、温子!丁度良かった。今からお前を探しに行こうと思ってたんだよね」

そう言ってピースを繰り出してくる。「飯田さんにこってりしぼられちゃった」と、お説教された人には見えない顔で笑っている。

「もう帰るんだろ?送ってくしさ、一緒に帰ろうよ」


またしてもハグしてこようとする凌お兄ちゃんを、身を翻して交わした。

「もう、やめてよ。あたしはもう小学生じゃないんだよ。それに個人的に生徒を送ったりなんて、そんなことしたら問題になっちゃうって」

あたしの言うことなんてまったく聞いていない様子で、凌お兄ちゃんは泣き真似をしながら続けた。

「感動だ、感激だ、温子がすんごいベッピンになったー」



鍵を返却しに教官室に入り、所用を済ませてドアを出ると、凌お兄ちゃんが待っていた。

廊下にしゃがみこんでタバコを吸っている。

「ちょっと!駄目だよこんなとこでタバコなんて吸っちゃ!監督に見つかったらまた怒られちゃうよ」

「平気だって。それよりも温子、一緒に帰ろうってばー」

「んもう!そんなことより早くタバコを消して」


あたしが怒ると、お兄ちゃんは「はいはい」と肩をすくめてから、お尻のポッケから携帯灰皿を取り出してタバコの火を消した。

きちんと携帯灰皿なんて持ってたのが意外で、なんとなく可笑しかった。

そしてそんな凌お兄ちゃんのヘンなところを、懐かしいなとも思った。


廊下を歩きだすと凌お兄ちゃんがあたしに並んだ。ちょこちょこと子供みたいについてくる。

これでもずっとサッカーをやってきた人。長身で締まった体格にそれなりのマスク。お兄ちゃんが女の人を好きな以上に、女の人からも人気があったことを思い出す。


それなのに、何故かいつも全身全霊で、こんなに『無邪気』。


「ねぇ、凌お兄ちゃん」

「なあに温子」

見下ろしてくる横顔もすごく魅力的。なのに、

「再会を祝して、食事にでも誘ってくれるの?」

「……」

なんだってこんなに軽いのだろう。


「海外に行ってたんじゃなかったの?」

「うん。去年帰ってきた」

「そうなんだ。でもどうして?それに、なんで部活の監督なんかに?どこかのチームには所属してないの?」

「おいおい、質問攻めかよ」

そう言って凌お兄ちゃんはまた笑った。「ま、嬉しいけど」


校舎の外に出ると、再び生徒達の注目を受けた。

瞬く間に噂が広まったようで、次期サッカー部の若き専任監督を遠巻きに見物しにきたようだ。

当然のように、女子生徒が中心だった。

「やや?なんだかあっちこっちでカワイ子ちゃんがこっち見てるぞ?」

凌お兄ちゃんが手を振ると、小さく歓声が上がったりして、中には手を振り返す生徒もいた。


ふわふわと歩きながら鼻歌を歌うお兄ちゃんの声。明るい曲調の歌に、たまに口笛を乗せる。

そんなメロディーを聞いていると、お父さんがいた頃のことを急速に思い出す。

懐かしくて、ちょっぴり切ないメロディー。

「お兄ちゃん」

「うん?」

「久しぶりだし、ゆっくり話したいとは思うけど……」

メロディーに切なさを覚える理由。それは昔を思い出すのと、もう一つ。

ある日突然、その口笛の主が姿を消してしまい、幼心に失意した記憶があるから。

「……だけど、学校ではまずいと思うから」

「そんなもんかなあ」

「そんなもんだよ。それに、こういうのも」

「こういうのって?」

ポニーテールの先を指ですくい上げ、その先をくるくると丸めて遊ぶお兄ちゃんから、あたしは身を引いた。

「なんだよー。昔よく髪とかしてやったじゃん」

「だからそれは昔のことでしょ」


確かにあの頃、凌お兄ちゃんは、本当の妹みたいにあたしをかわいがってくれた。

何かと忙しいお父さんに代わって、一人ぼっちで留守番をしていたあたしを訪ねてきては、こまめに面倒を見てくれた。

今考えれば不思議なことだ。

当時お父さんは、実業団のサッカーチームの監督をしていて、お兄ちゃんはそのチームの選手だった。

お父さんの息がかかった選手だったとはいえ、大勢の中の一選手にすぎない。

なのに、何であたしたちはあんなにも密だったのだろう。今になって思う。


「それに、たとえ部活の監督とはいえ、学校に在籍するってことは先生と同じ立場なんだよ?」

あたしはお兄ちゃんの指からすり抜け、振り返って言った。

振り返ったあたしを、笑いながらもきょとんとした顔をして見ている。

人を警戒させない凌お兄ちゃんのそんな表情は、やっぱり懐かしい。


どこからともなく甘えたい気持ちが沸きあがった。

それにびっくりして、すぐに否定した。

「今日は帰るね。それに、凌お兄ちゃんじゃなくて、これからは高下監督……」

あの頃に比べると、あたしだって成長した。

少しは大人になった。


「今春から、あたしたちサッカー部をどうぞよろしくお願いします」


風が吹いて、凌お兄ちゃんのふわふわした髪が少しなびいた。

「よろしく温子」


そう言って見せた戸惑ったような笑みも、また、懐かしかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ