diary22 凌お兄ちゃん
二月の終わり。思いがけないところで、思いがけない再会が待っていた。
練習に入る前、集合に応じて部員のみんなとベンチを囲んでいたら、監督と一緒に現れたゆるくしゃパーマの男の人が突然、声を高らかにあたしをハグした。
「あーつーこぉ!温子、久しぶり。いや~、本当に久しぶりだなあ!」
「えっ、わ、ちょっと……」
その様子を、グランド中の生徒達が唖然として見守った。
飯田監督が、顔合わせに時期監督を連れてくるという情報が入ったのは、部活が始まる直前だった。
結局、新監督についての情報を聞き逃したままでいたあたしは、今日までどんな人が来るのか知らないでいた。
「うそ。信じられない。本当にあの凌お兄ちゃんなの?」
半分混乱しながらも、締め付けられた頭をくらくらさせながら問い返した。
一見髪型や雰囲気でホストのようにも見えるけど、ホストなんかよりもアウトローな感じ。
周りの人が呆れるほど‘のほほん‘とした性格で、そり残した髭があっても気にしなかったり、大人のくせにしょっちゅう腰からシャツをはみ出させてたり。
今日もそんな感じだった。着古したTシャツに、何故か家履き用(?)のサンダルを履いている。
こういうとこ、昔とちっとも変わっていない。
「本当に、凌お兄ちゃんなんだ」
昔誰もが口を揃えて言っていた、‘凌くんって締まりがないけどかわいいのよね~’スマイルであたしを見ると、お兄ちゃんは言った。
「当ったり前だろん。えーと何年ぶりになるんだっけ?最後に会ったのって、温子がまだ小学生の時だったもんなあ」
あたしのことを‘温子’と呼称するのは、確かに凌お兄ちゃんだけだ。
当時のあたしが抱いていた凌お兄ちゃんの印象。
こんなに無邪気に笑う大人の男の人は他に見たことがない。そんな印象。
凌お兄ちゃんは、あの頃と全然変わっていない。
そしてこんな軽いノリも。
「温子ぉ~!お前、いい女になったなあ!」
「ひゃ」
凌お兄ちゃんは昔から女の人が大好きだ。でも、できればあたしはその対象から外してほしい。
「お、お兄ちゃん、離して」
「あららそんな冷たいこと言う?昔一緒に風呂に入った仲なのにー」
部員くんたちがざわめき始めた。
どうなってんだ?誰か何か聞いてるか?新しい監督と菅波って、一体どういう関係なんだ?
訝し気な眼があたしと凌お兄ちゃんに集まる。
その時、バシン!という音がして、飯田監督必殺・バインダーアタックがパーマ頭の上に落ちた。
「凌一お前何やってる!ふざけすぎだぞ!挨拶もする前から、部員の面前で何やっとるか!」
雷も落ちた。部員くん達ですら、こんな怒られ方はしない。
「いや~、つい懐かしくて」
「お前は就任前から首になりたいのか?色んな方向でわきまえろ。やはり一度、じっくりと釘を刺しておく必要がありそうだな」
「いやはははは」
反省しているのかしていないのか、肩を揺らしながらひょうひょうと笑っている。
皆も相変わらず、あんぐりとして凌お兄ちゃんに注目していた。ケンゴも微妙な顔で固まっている。
誰もが一様に「何者なんだ」と、異物を見るように凌お兄ちゃんに注目しているのが分かる。
「す、が、な、み、せんぱーーい……」
横ではハナちゃんがあたしに向け、明らかに殺気を放っていた。
「超カッコイイ人だなって思った矢先から……なんでいつもいつも菅波先輩ばっかりなんですかぁぁ」
目が、怖い。
「い、いや、あたしと凌お兄ちゃんなら、単なる昔馴染みなだけなんだってば。小学校の時にかわいがってもらってただけで、別に特別な仲とかじゃ……」
「当たり前ですっ」
その時、ハナちゃんの頭にふわりと凌お兄ちゃんの手が乗った。
「やあ、君がマネージャーの橘ハナちゃん?聞いてるよ。思ってた通りかわいーねー」
その一言でハナちゃんに春の嵐が吹いた。
「やだぁ。ハ、ハナこそ、よろしくお願いしますぅ」
んなっ!という大山くんの声が脇から聞こえてきた。
「もういい、もうしゃべるな凌一。ああ、段々頭が痛くなってきた」
飯田監督は眉間を押さえながら、皆に凌お兄ちゃんの紹介を始めた。
次期監督は終始、しまりのない顔で笑っていた。