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★ 修学旅行③ 不安?焦燥?

「こっち側ももうすぐフリーで開放されるから、使いたきゃ使ったっていいわよ」

パイプを背にし、髪をまとめた利歩がスノーボード用のブーツを履きながら言った。


ハーフパイプのほかにもこのエリアには様々な設置物があった。一見手すりのようなレール、雪を固めて作ったジャンプ台、などなど。

それらがもうすぐ、一般客が利用できる時間帯に差し掛かるらしい。


「いや、オレら今日足元スキー用だし、ここで見てる」

「道具だったらテスト用のものが山ほどあるけど?せっかくすいてんだし、あんたもやればいいじゃない」

「いーよ。お前らの異常な世界に巻き込まれたくねーし」


利歩は昔から激しいレジャースポーツを幅広く好む傾向があった。基本はサーフィンだが、海だけには留まらない。アウトドアサークルに籍を置き、幼い頃からの経験に加えて度々雪山にも出向いた。

賢悟はその仲間内のツアーに、随分と付き合わされた次期があるのだ。いわゆる強制連行。飛べよ回れよと利歩に鍛えられ、賢悟にもそこそこの技術はあるらしい。

「最近付き合い悪いったらないわね」

「お前と遊んでるヒマがあったらリフティングの一つでもやってる」

興味深々で2人の会話を聞いていた温彩が、目を輝かせて言った。

「でも、ケンゴの飛んでるとこ、ちょっと見てみたいかも」

「おい、マネジだろお前…普通止めろ」


そのうちに同じ職場のチームメイト達が集まり、利歩を含めた何人かがパイプを走行し始めた。

ウォーミングアップを終え、ジャンプが徐々に高さを増してくる。

「きゃー!うっそ~!すごい、高いー!!利歩さんすごいー!!」

初めて生で見るパイプ演技にも圧巻の温彩だったが、女だてらに巧みにボードを操る利歩にも驚くばかりだった。

「か、かっこいい…利歩さん…」

宙に舞うたび、空で一瞬時間が止まる。

あんたまた腕上げたんじゃないの?と、仲間らも盛んに声を上げている。


現在の職場ではそんな利歩の腕を見込み、各地のコース試走や、ニューモデル商品のテストなどを彼女に依頼する。店員兼、テストライダーというわけだ。

利歩としても願ってもないことだった。得意なことが生かされる職場、職業。

いわば天職。


「ね、ケンゴと利歩さんって、やっぱり似てるよね」

「そうか…?」

「うん。ケンゴがサッカーやってる姿と飛んでる利歩さんが、なんだかダブって見えちゃった」


半円を自在に舞い飛ぶ利歩。フィールドでボールと戯れる賢悟。

温彩の中で、姉弟の姿が重なる。

獣のように俊敏な動きと迫力のある賢悟のプレー。風を切って踊る黒い鬣。

激しいようでいて流麗で、孤独で、そして限りなく自由。

それと同じものを、利歩からも感じ取ることができる。


その時2人の正面に、ジャンプした利歩が高々に姿を現した。

水面で激しく跳躍する魚みたいだった。

利歩はトリックを決めて着地をすると、対面に向かって再び滑り出した。


「あいつ、まるで水を得た魚だ」

賢悟がポツリと言った。

それはいつか、グランドを走る賢悟を見て温彩が思った言葉だった。

ハッとして賢悟に視線を向けた温彩は、その横顔を見てドキンとした。

「ケンゴ…?」

最近賢悟は、たまにこんな顔をする。

ふいに落ちた沈黙に、取り繕うようにして言葉を返した。

「ケンゴだって、グランドではいつもそうだよ?」

「そうか」


その後賢悟はあまり喋らなかった。

ただ膝に肘をつき、空飛する利歩をひたすら瞳に映し込んでいるようだった。




その日の夜。

食事と入浴の済んだ束の間の自由時間。賢悟を残してもぬけの殻となった男子部屋に、いつのまに集結したのか、サッカー部のメンバーがゾロゾロと入ってきた。

何も知らされてなかった賢悟は面食らっている。しかし面々は、一体なんなんだ顔の賢悟を鮮やかにかわし、さり気なく賢悟を隅に追い込んでから側らに輪を作った。

そしてさっさと布団の上に胡坐をかく。


「ウオッホン。それではみなさん、まずは全員お集まりですかな…」

タオルを鉢巻にしている迎が、仙人のような口調で話し始めた。いでたちは香田晋こうだしんだが、何故か語調は平泉成ひらいずみせい寄りだ。

一種の修学旅行ハイらしい。


不服そうな賢悟は一人寝そべったまま、輪に向かって眼をたれている。しかし誰もそんな様子など気にはしない。

「え~、貴重な貴重な女子との交流タイム…いや基い、就寝までの自由時間を割いてお集まりいただいたのは他でもない…」

妙な調子で進行する迎の横から、キャプテンの太田が進んで出た。

「みんな、疲れてるとこ悪いな。この春に監督が入れ変えになる件だよ。最近雑談する時間もなかったし、今日だったら気兼ねなく話せると思って」

お前の進行だと長くなるからと、手のひらの一振りで交代を命ぜられた迎。


「三月で飯田監督が退職するって話しは聞いてるよな。地元の九州に帰って、実家から通える学校に変わるそうだ」

ああ聞いてる、知ってるよ、と言う声がパラパラと起きる。

迎は賢悟の横に同じようにうつ伏せて伸びた。恨めし気な顔は二つに増殖。並べられた一夜干しのイカみたいな2人が、かったるそうに太田らを見やる。


「監督の謝恩会の相談もあるんだけど、その前に今度の新監督のこと。少し情報が入ったから耳に入れておきたくてさ」

海外のクラブチーム帰りらしいぞぉ~と、ラッパ形に口を変形させた迎が輪の外側から茶々を入れた。

話の腰を折るなと諫められ、イカの干物は益々干からびた。


数日前。太田と迎は、新監督について筒井から話しを聞いていた。大体の連絡事項はいつも、飯田からの通達よりも前に、筒井から伝聞する。

それらを太田は、皆に丁寧に説明した。

高下という名前から始まり、サッカー経験や経歴などを順に伝える。


「…と、背景としては、ざっとこんなとこかな。経歴は数々だけど歳はまだ20代の後半らしい」

「へぇ」

「で、性格とかは?どんな人なわけ?」

「さあ、その辺はまだ不明だよ」

迎がむっくり起き上がった。

「よくは分かんないけどさ、飯ちゃんが言ってたらしいよ。面白いヤツだって」

「面白いやつ?終始くだらない駄洒落とか言ってんじゃないだろうな?」

「曖昧な情報って逆にやだよなあ」

「まあ、冷酷非道の鬼監督って情報よりはありがたいかも」

「でも飯田監督が自分の後任にって押してるみたいだから、それなりに指導力はあるんじゃねーの」

円座の中心に、「うーん」という唸りが集まる。


皆が不安をいだくのは当然だった。それでなくても来年は選手権出場を期待されているのだ。そのプレッシャーに加え、監督交代という大きな変化は心を不安定にする。

せっかくの修学旅行の夜にむさ苦しく男で寄り集まり、談議を繰り広げたくなるのも無理はない。


賢悟は輪から視線を外し、仰向けになって天井を見つめた。

新しく来る監督。それがどんな人物だろうが歳がいくつだろうが興味はない。

しかしその道筋は、少し気になる――


大学でのサッカーを中座してJFL。JFLから海外。そして今回は高校の部活監督。

サッカーをベースに生きてる人間にも、色んな種類、色んな人生が存在するらしい。

プロを目指そうとは思わなかったのだろうか…

そんなことを、賢悟はぼんやりと考えた。


「期待も不安もあると思う。でも春には新一年も入学して来るんだ。俺達がうろたえてる場合じゃないよ。来年は学校も方針を変えて、受験生にも予選に出てもらいたいとのことだし、いろんな面をフォローし合って頑張っていこう」

最後に力強く太田が言った。

そういう風に言い切ってくれると不安も吹き飛ぶよ、と、誰かが言った。


不安――。

相変わらず天井を見つめながら、賢悟は虚ろに反復した。

確かに最近、自分にも不安のようなものがある。


しかし、賢悟にそれがあるとしても、おそらく皆とは少し外れたとこに、だ。

そしてその不安は何なのかと問われると、具体的には説明できない。

ただ、説明の出来ない焦燥のようなものが、腹の中で小さくうごめいている。


眼裏に、空に舞い飛ぶ利歩の姿が浮かんで消えた。

あれは何かをしっかり手に掴んでいる者の姿だなと、ふとそんなことを考えた。



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