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★ 修学旅行② 偶然

「え?上代くん、お腹こわしてんの?」

「う…うん、それでちょっとトイレに。あ、あたしは薬もらってこなくちゃだから、付き添い兼ねて一旦ゲストハウスに戻るね」

「分かった。先生とインストラクターさんに申告しとく」

「あ、ありがとう。なるべく早く戻るから」


同じ班の子にそう告げると、温彩はそそくさと背を向けた。そして賢悟と連れ立ってコースを離れた。

修学旅行先で、仮病…。

「こ、こんなウソ付かなきゃいけないなんて…」

「だから無理にとは言ってねェだろ」

「ううん…一緒に行く。ただ、良心の呵責が」

「別にお前が下痢だっつーことで、オレが言いに行ってもよかったんだぞ」

「それはやめて…」


スクールを抜け出したのは勿論、こっそりロープの向こう側へ潜入するためだった。

「初心者に付き合って斜面に突っ立ってんのは御免だ」という賢悟の言い分から、温彩は雪山でのエスケープに付き合う羽目になってしまった。


足早にゲストハウスに戻ると、壁に隠れ、ウエアをひっくり返して着用した。リバーシブルになっていることに気付いた賢悟が、カモフラージュにと提案。修学旅行生用のゼッケンを内側にしまい込む。

そして‘変装’を済ませた2人は、ゲストハウスのガラス越しに左サイドの特別コースを仰ぎ見た。

「本当に行くの?」

「ちらっと見るだけだよ」

「怒られない?」

「見つかれば怒られんだろ。どうする、やめるか?」

「ううん、行く。一緒がいいもん」

溜息と共に賢悟の唇が微かに微笑んだ。


ゴーグルを頭から目元に引き下ろすと、グローブを付けた手を繋ぎ、2人は思い切りよくガラス戸を押した。

右手の通常コースからの喧騒とは違って、ロープ側からは卓越された高速の滑走音が流れてくる。さっきよりも多い人数が装備を身に付け、次々にテスト走行が繰り返されていた。

賢悟と温彩は、スタッフ待機所と書かれたテントを、身を屈めて横切った。

裏返して白いウエアになった2人は、辺りの雪を保護色にしてうまく進んだ。


一番奥のエリアでは、疎らに荷物が積まれているのみだった。今はテストコースに集中しているようで、こちら側には誰もいない。

足を取られながらも上の方まで上がり、斜面から頭を出した。だだっ広い空間が目の前に広がる。

「うわ…すっごい、こんな風になってるなんて!えっと、なんだっけ…」

「パイプだよ。滑って飛んで回るとこ。テレビとかで見たことあんだろ」

「うん、あるっ。でもテレビと違って、格段に迫力がある」

えぐられたような半円状の大きな穴が、前方に向かって真っ直ぐに伸びている。


絶壁に程近い角度からハーフパイプを覗き込む賢悟と温彩。脇からそおっと下を見下ろしている。

半円のコースは、思いのほか高さがあった。淵から滑り降りることを想像して温彩は身震いを覚えた。

「怖い…ここから滑り降りるなんて、あたしには絶対無理…」

「言うまでもねェこと言うな。寒気がする」

賢悟は身をすくめた。温彩の落下場面が、誰よりも鮮明に思い浮かぶ。


反対側には、色とりどりのスノーボードの板が無造作に並べてあった。雪面に散らばったマーブルチョコみたいだ。

「ねぇ、ケンゴはスノーボードってやったことある?」

「んああ。元々北陸生まれだし、ガキの頃はしょっちゅうやってた」

「へえ、そうなの。北陸…ちっとも知らなかった」

「今んとこには親父の転勤で小六ん時に来たんだよ。今でもそうだけど、サッカーにマジ入れしてからはボードは極力避けてる」

「滑りに行く機会って、今でもあるんだ?」

「あるんだよそれが、困ったことに…」

「困ったことに?」


その時背後から声がした。

「困りますね、そこの学生さん」


2人はギクリとなって振り返った。スタッフ用の蛍光色のウエアが目に入る。

それに、どこかで聞いたような声にも思えた。


「講習抜け出してこんなとこで逢引き?あんたもなかなかエロいじゃないの」

雪原をバックに、艶やかな黒髪が翻った。

「ゲ!利歩!!」

「利歩さん??」

賢悟と温彩は同時に叫んでいた。

「どうでもいいけど賢悟。毎度毎度その『ゲ!』っていうのやめなさいよね」


思いも寄らないタイミングと場所で偶然の遭遇… このパターンは二度目。

「一緒にいるのは温彩ちゃんよね?ってことはやっぱり逢引きじゃない」

‘逢引き’などという語句をさらりと使うとこあたり、クールながらも相変わらずズレた観点で我が道を突き進んでいるらしい利歩。そんな風変わりだが絶世の美人である賢悟の姉が、口元だけで笑って立っている。

思わず街角で追い詰められた時のことがフラッシュバックする…


賢悟は絶句していた。いつもいつも利歩の出現は唐突で、状況を飲み込むのに時間が掛かる。

「お前…」

「何でいるのかって言いたいんでしょ」

利歩はウエアのポケットに突っ込んでいた手を出して腕組みをした。

「週末にちょっとした大会があんのよ。スポンサーからのお達しでスタッフとして借り出されてんの。シーズン中はこうしてあちこちの現場に飛ぶことがあるんだけど、ここに入った時あんた達の学校の名前があるからさすがに驚いたわ」

「それで張ってたのか?でもここにいんのがオレだってよく判ったな」

「遠目だって何だって判るわよ。私の男だもん」

「それはもういいっつの…!」


賢悟の制止を鼻にもかけず、利歩は挨拶代わりの詰問に流れを移した。

「で、少しは賢悟と進展したの?温彩ちゃん」

思い過ごしか、利歩の口元の笑みが不吉に吊り上がる。

何となく不穏な予感がした温彩。あまり賢悟を興奮させるのも後になってややこしいので、とっさに思いついた話題を口にした。

「あ…利歩さんが選んでくれた羽のストラップ、ケンゴからもらいました。すごく気に入ってます。ありがとうございました」

「ああ、あれね。そりゃ良かったわ。それプラス、あんたたちのクリスマスに一演出加えてやろうと思ってね、バッキバキに手の込んだ包装にしたのよ。どう、かなり盛れてたでしょ?」

手渡された時、ストラップは裸だったことを思い出す。

温彩は賢悟を見て可笑しそうに笑んだ。賢悟はプイと目を逸らした。

「はい、ありがとうございました…」


「で?やったの?」

間髪入れずに利歩から問いが飛んできた。

「はい?あ…、プレゼントですか?」

利歩はクスリと笑い、さらに追加したような‘ニッコリ笑顔’を作った。

「違うわよ。‘賢悟とやったのか?’って聞いてるの」


どうやらこの問いは、地の果てまでも追いかけてきそうだ…


「えっ、へっ?ええっ…!」

一瞬間のあいた温彩だったが、顔面が火を吹いた。ここが雪山だということも忘れてしまいそうなほどに。


「お前、いい加減にっ…!」

フリーズ状態の温彩の背後から、凄まじい勢いの雪玉が利歩めがけて放たれた。

しかし利歩は、飛んできたその固まりを眉一つ動かさず手刀で叩き落した。


真っ二つに砕け散る雪の間から、さらりと微笑み一つ、

「――温彩ちゃん、是非今度感想聞かせてね…」


いつなんどきであっても、利歩に翻弄されるのは、もはや宿命なのかもしれない。




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