― K's side ― 「天井裏の…」
賢悟にっきです。今回は一人称にしてみました。
硝子下の陽だまりが、狭い踊り場の空気を暖めている。
今日みたいな天気のいい日は、絶好の昼寝日和だ。
昼休みの教室を抜け出し、特等席を陣取った。
胡坐で座り込み、頭の後ろに手を組んで壁に背中を預けた。
床が暖まってて、心地いい。
誰もいない、誰も来ない。天井裏のネズミになったような気分になれるこの場所。
いつもなら気持ちのいい眠気がやってきて、そのまま目を閉じる。
そして後は、睡魔に身を委ねる。
しかし……
「ケーンゴ?」
名前を呼ぶ声がして階段下に目をやると、栗色の髪が翻った。
「やっぱりここだ」
携帯を握ったまま手を振っている。
ぶら下がったストラップからプレートと石のぶつかる音がし、白い羽が揺れていた。
にこやかに階段を駆け上ってくると、隣に腰を下ろした。
「いいよね、ここ」
そう言って、いつものように喋り始める。
別に不快には思わなかった。教室の喧騒に身を置いてるより、何倍も穏やかな気分だ。
が。
一つだけ問題がある。
さっきからあいつの肩が、オレの腕にぶつかる。
身振り手振りを繰り出しながら一人で笑ったりと、やたらと楽しそうにしている。
楽しいのはなによりだが、その度にオレの腕に、小さく接触する。
おかしい。へんに頭が冴える。
くつろぐ体勢は、とっくに取っているのに。
睡魔はどうした?
「でね、その時三崎くんが……」
何かをずっと喋ってるけど、あまりよく聞けていない。
おざなりすぎても悪いかと思い、意識的に視線を向けてみた。
すると、外から差し込む日差しに反射して、まつ毛が光っていた。
その陰が頬に長く伸び、瞬きするたびにチラチラ躍っている。
余計気が散漫になった。
心臓が波打つ。
隣にいるだけで、少し触れるだけで、神経が針みたいになって、体中をチクチクと刺す。
表向きは平静を保ってるつもりでも、交感神経が高ぶるのがわかる。
解せない。
たかがこれだけのこと、今までは何気なく、普通に過せていたはず。
なのに最近、何となく違う方にぶれそうになる。こんな自分がどうにも解せない。
背伸をするふりをして、気分を変えてみた。頭が少しすっきりとする。
なのにまた、接触する。
ったく、ジェスチャーなしじゃ喋れないのかこいつは……
不意にあいつが覗き込んできた。
「ケンゴ?」
「っ、なに」
落ち着かないのがバレたのかと一瞬焦ったけど、どうやら違った。
「眠いの?」
鈍感で助かる。
「ねぇ、聞いてた?」
「と、三崎がなんだ」
「違うよ。今度の試合のこと」
言葉に詰まると、「もう」などと言って、口を尖らせた。
その隙に、少し横にずれた。大体ちょっと近すぎだ。
「あー、距離とった」
「よ、横になんだよ」
何故か弁解した。
するとあいつは笑いかけるようにこっちを見ると、小首を傾げて膝をポンポンと叩いた。
「どぞ」
「?」
「ハイ、どぞ」
「どぞって」
おいおい。人の気も知らねェで……
「つか、いい」
「どうして?」
「いい」
すると、床の上にカチャリと携帯を置く音がした。
「そういう遠慮、しないで欲しいな」
あいつの手が、オレの頭をふわりと包み込む……
体が横になった。視界も横転して、あいつの膝の上。
目の前ではストラップの白い羽が、床で光を湛えている。
「強引だろ……」
「だって‘きっかけ’はあたしの役目だもん」
「んだよそれ」
でも、温かい……
誰もいない昼休みの踊り場、頬にあいつの膝の温もり。
「少し眠ったら?」
「無理」
「なんで?寝心地悪い?」
「髪引っ掻き回されてちゃ眠れねェ。ガキじゃあるめーし」
「えーなになに、『ガキ』の頃はしてもらってたの?寝る時によしよしって」
「してもらうかっ。なんでそーなる」
「あ。動揺してる」
「……」
オレは無理やり目を閉じた。こうなりゃ何が何でも昼寝してやる。
嘯くオレ。笑いながら手をかざすあいつ。
天井裏に、ネズミが二匹――。
「やめろ、くすぐったいだろが」
「クス、はいはい」
気付けばまたしてもこいつのペース。近頃どうにも調子が狂う。
ま、別に、いやじゃねェけど……
制服のポケット中。
忍ばせた色違いの茶色い羽が、密かに小さく、揺れている――