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【X’mas SP ―目覚めの朝編―】~Sleep in heavenly peace~

ブラインドから薄明かりが差し始めた頃、あたしは眠ることを諦めた。うまく熟睡できないまま、うつらうつらと朝を迎えてしまった。

(今何時だろ……)

瞑っていた目を開けて時計を見た。七時を少し回ったところだ。


12月25日、クリスマスの朝――


時計を見た後、微かな寝息を感じる‘隣’に目を移した。すぐ隣では、うつ伏せにクッションを抱え込み、呼吸で背中を上下させながらケンゴが眠っている。

いつも寄せたり顰めたりとよく動く流線型の眉が上腕の奥で活動を休止し、半分クッションに埋まった顔は、静かに眠りに凪いでいる。

なんだかウソみたい――

ウソみたいだけれど、2人で並ぶには窮屈なケンゴのベッドでは、いやでも体温が直に伝わってくる。今確かに一緒にいるんだと、夢枕ではないと実感させる。

とても不思議な気分だった。


突然、もぞりとケンゴが動いた。

(わわっ)

あたしの方に膝が出てきた。ボールみたいに蹴られるんじゃないかと一瞬冷やりとしたけど、膝はあたしの脛を僅かに押しやっただけに留まり、瞼が開くことはなかった。

わりに寝相はいいみたいだ。


しばらく寝顔に視線を忍ばせていると、外気にさらされている肩が冷たくなってやしないかと心配になった。

恐る恐る手を伸ばし肩に触れてみた。しかし意外にも温かい。


薄明かりに、布団の隙間からケンゴの背中が見える。

広くてしなやかで、肌質から視るよりずっと硬質な、ケンゴの背中。

なんだかそわそわした。

(ちょっとだけ、今、ちょっとだけ触ってみても……いいかな?)

妙な衝動に駆られた。

気付かれたら一大事だろうなと思ったけど、何故かしら誘惑に勝てず、あたしはそっと僧帽筋そうぼうきんと肩甲骨の傾斜に触れてみた。


――ヒタヒタヒタ。

息を潜めてチラリとケンゴの様子を窺った。大丈夫、気付いていない。

――ヒタヒタヒタ。

目を覚ましちゃうんじゃないかとどぎまぎした。

でももうちょっと、控えめに控えめに触ってみる。ヒタヒタヒタ、ヒタヒタヒタ。

柔軟で、張りがあって、とっても強固。ずっと触れてみたかった、広い広いケンゴの背中。

なんだか感動……


罪の意識からか、ケンゴの寝顔が‘仏頂面’に見えた。涼しげに閉じられた目が突然開き、寝起きの魔王が「この変体」などと叫びながら槍を取り出し頭上でブンブン振り回し始めたらどうしよう……などと大仰な妄想を抱いたりしてみる。

そういうことで、もう一度確認。

「……」

全然大丈夫。どうやらぐっすりと眠っているらしい。


あたしはすっかり安堵し、引力にでも導かれるように何度も『ヒタヒタ』しまくった。


昨晩のこと。

ケーキを切ったりお茶を入れたりDVDを見たりして一通りを過ごし、べったりするわけでも寄り添ったりするでもなくほのぼのと時間は流れ、そのうちに深夜を迎えた。

先に入れと言われてお風呂を借りた。あたしが上がると入れ替わりにケンゴが入浴に行った。

ケンゴがお風呂に行ってる間、あたしは部屋でそわそわしながら一人張り詰めていた。

ドキドキはいうまでもなく、並のレベルを超えていた。

なのに……

部屋に戻ったケンゴはあたしを視界から外したままバサバサと髪を拭き、タオルを放るとさっさとじゅうたんの上に‘一夜の寝床’を作りはじめた。

そしてこっちを見ないままに、「オレは床で寝る」と言った。


これを硬派というのか律儀というのかは知らない。

知らないし分からないし理解しがたいけれど、『あんまりだぁ~』というあたしの乙女心は、叫び声を上げながらおうおうと胸中をのたうった。

だってあまりにも、あまりにも寂しすぎる。クリスマスの夜なのに!


本当に床で寝ようとするケンゴに最後には悲しくなってしまって、あたしは倒れるように枕に突っ伏した。

「うぅ……」

ポツンと放り出された一人ぼっちのベッドの上で、最近すっかり脆くなった涙腺の緩みと必死に闘った。抱っこくらいしろー!ケンゴのバカー!などと思いつつ……


でもやっぱり、添い寝してほしいなんて言い出せなかった。


「ぅぅ……」

あたしはケンゴの髪の匂いがする枕にうずくまり、決壊寸前の涙腺と孤独に耐えに耐えて耐え忍んだ。

「うう……」


耐えに耐えて耐え忍びまくっていた時だ。

「だぁーもお!ウーウーうるせぇ!」

ケンゴはあたしの『のたうつ乙女心』をキャッチしたようだ。

「ったく、こっちが泣きそうだっつの!」

そう言うと、起き上がってあたしの隣に枕代わりのクッションを投げ込んだ。

(やったー!なんて心の中でVサイン出したりなんか……してないからね?)


なんだかんだ言って、ケンゴは優しい。

だからといってそこに付け入ったわけではないのだけれど、ケンゴが知らん顔できないことを分かってたのは確か。

そして心のどこかで‘期待’したり、そこはかとない‘ズルさ’が芽吹いたりするのも確か。

――色々と複雑で、純真でばかりいられない年頃なのです。


いつものようにあたしが拗ねて、拗ねたあたしにケンゴは折れた。

折れたケンゴにあたしは甘えて、ケンゴも最後には鉄石を崩した。


横になって向かい合うと、さっきまでの距離は瞬時に消えた。


「あ、えと、ケンゴ……」

「なに」

「よ、よろしくお願いします」

「普通言うか、そんなこと……」


試合じゃねんだからと呆れられた。


クリスマスの夜もやっぱり、あたしとケンゴはあたしとケンゴだった。

ただ、人の温もりが熱に変わることを知ったあたしは、ほんのちょっとだけ感涙した。

仄かに曇った窓だけが、ぎこちなくも新しい間を形成したあたしたちを、静かにそっと見守っていた。

この広い広いケンゴの背中を、とても近くに感じた夜だった。



「何、やってんだ」

低い声がしてハッと我に返ると、いつの間にか覚醒していたケンゴと目が合った。

回想と現実の狭間で骨抜き顔になってヒタヒタしているあたしを、不審そうな目つきでじーっと見ている。

「うわぁ、ご、ごめん、起しちゃっ、えーと、これはその……」

ひたすら慌てた。

クッションにうつ伏せた獅子の片目が、慌てまくるあたしに冷ややかな視線を送ってくる。

続いて飛んでくると予想される雑言に覚悟を決めていると、溜息のような憫笑びんしょうのような、短い息差しが聞こえた。

そして、

「いーよ」

「へ?」

「いーよ。触れば?」

それだけ言って、眠気眼ねむけまなこを閉じてしまった。まだちょっと眠たいから、お好きにどうぞと言ったところなのだろうか。

焦った次は呆気に取られた。そのせいか心拍数も降下せず、あたしはほぐれない表情筋の強張りとともに置き去りにされてしまった。


だって、やけに無防備なことを言う。いつもはかたくなでストイックで修行僧みたいだというのに。

今日のケンゴは、なんだか少し、色っぽい……?


男女って一線を越えちゃうと、その仲や雰囲気なんかが変わったりするなんて言うけど、これがいわゆるそれなのだろうか。こういう風に、大人の階段?を上っていくものなんだろうか。

めまぐるしく頭を巡る謎や疑問に、なんだかすっかり目が冴えてしまった。


あたしが戸惑っているとそれを微妙に察したのか、クッションの下から追伸が届いた。

「昨日はオレもだいぶ触ったし」

「……へ?」


な、何と言うか……

できればもうちょっと他の理由というか、もしくは違う言い回しとかにしてほしかったような気もする。

それに、ケンゴもそんなことを言うのねと、これまたドキドキの冷めやらぬ心境に陥いる。

「ほ、本当はエロジジイなの?」

そうあたしが問うと、「ジジイではない」という呟きのみが帰ってきて、そのまま目も開けずにケンゴはまどろみを再開した。


サービス精神なんだかフェア精神なんだかよく分からない申し出には気後れを覚え、すごすごと布団に手を引っ込めてからあたしもまた目を瞑った。ついでに赤面顔も鼻まで布団に引っ込めた。

外では雪が降り始めていた。


「そうだ。寝ないんだったら八時ごろ起こしてくんね?」

「もしかしてランニング?午後から練習もあるのに?」

「んー」

「しかもクリスマスだよ?ケンゴってほんとうに年中無休なんだね」


そう言うと、サンタ(サタン?)・クロースは眠ったまま、あたしをカニ挟みにした。


ケンゴと目覚めた初めての朝。おかしなおかしな、クリスマスの朝。

でも……

~Sleep in heavenly peace~ ……kengo,

今はもう少しだけ、おやすみくださいませ。


眠り給う いと安く―――

できればこの足を、どけてから。

「重イ……」



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