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【X’mas SP ―イヴ編―】~2人きりのクリスマス~

手が届きそうなくらい低いところに冬雲が広がっている。

「雪が降りそうだね…」

昼間の冬雲は淡い光を通し、優しい冬の昼下がりを美しく演出する。

ケンゴに言わせれば「冴えねェ天気」だそうだ。確かに、夕方になると底冷えをするこんな日は、掻いた汗が急速に体温を奪っていく。


特に寒かったこの日。あたしたちは河原に寄らず、ケンゴの家に行った。

冬休みの部活練習を終えた12月24日、クリスマス・イブの午後のことだった。

ケンゴが着替えるのを待ってからマンションの屋上に上がった。制服のままだったあたしに「これ履いとけ」と、ケンゴはクローゼットからジャージを出してくれた。

スカートの下にブカブカのジャージを仕込み、最上階の階段を上り詰める。


「うわぁ…きれい」

屋上からの眺望は想像以上だった。あたしの住む私鉄沿線向こうの商店街の方までが見渡せる。

目の前を走る川は東に向かい、町に寄り添うように緩やかなカーブを描く。

確かこの流れは、いつも過ごす河原や公園へと続いているはずだ。下流に近づくにつれ、徐々にその幅を広げ河川敷や川州を形成してゆく…

あたしとケンゴもきっとこの流れみたいに、色んな形を成してゆくんだろう。


しばらく眺めに浸っていると、ケンゴがダウンのポケットから手を抜いた。その先端に揺れるものが見える。

「ん、なあに?」

目を凝らすと、指からキーホルダーのようなものが下がっていた。ケンゴはそれをあたしに差し出した。

「これ、お前にやる」

手を伸ばすと、広げた手のひらに白いものがストンと落ちてきた。同時に、柔らかい何かがふわりと触れる。

白い羽の付いた、携帯用ストラップだった。

「これって、ひょっとしてクリスマスプレゼント?」

そう聞くと、ケンゴは鼻をこすった。

「そうなるかな。ちなみにこれ、利歩んとこにおいてるヤツなんだけど……」

苦虫でも噛み潰したような顔をして、今度はお尻のポッケを探る。

「また術に嵌まっちまった。ちなみにこっちはオレの分だとさ」

開いた手のひらには、色違いのこげ茶の羽のストラップがのっていた。

店頭で声を張り上げてごり押しされたとのこと。何となく想像がついた。利歩さんの顔が目に浮かぶようだった。

「クス…でも、すごくかわいい」

「ならよかった。女向けかどうかイマイチよく分かんなかったんだけど」

「ん~ん、最高に気に入った。ありがとうケンゴ」


羽とレザーとパワーストーンがミックスされたお洒落なストラップ。そしてデザインのメインになっているのは、いにしえからのラッキーアイテムをかたどった民族雑貨。

「これって確か、願い事を成就させるお守りだよね?」

「さあ、よく知らね。シルバーんとこにはイニシャルが入ってるらしいけど」

そう言われて、羽の横に下がっているシルバーのプレートに目をやった。確かに隅っこに『A』と小さく印されてある。

あたしたちはそれぞれの人差し指にストラップを掛け、屋上から見える町並みに並べて掲げた。

茶色い羽と白い羽、並んだ『K』と『A』のシルバーのイニシャルプレート――

「いざこうして見ると、ちょっとアレだな。どうにもやらかしたな…」

眉をちぐはぐに上げたケンゴが言った。

「あたしは嬉しいけどな、ケンゴとお揃いなんて。ねぇ携帯につけない?ついでに願い事もしたりとか…」

「いや、オレはいい。このまま普通に持ってる」

「え、そうなの…どして?」

「ぶらぶらしてると邪魔だし、ぶっ壊れそうだろ。それに…」

「それに…?」

「願いなら自分でかなえる」

独り言のように言うと防護柵に肘をつき、ケンゴはそのまま遠くを見据えた。


川の向こう側には、あたしたちの通う学校の所在する北地区が広がっている。

官庁前の公園通りから、学校前のバス通りまでがぐるりと一望できた。

入学して、ケンゴと出会って、もうすぐ二年が経とうとしている。同じ学校で、同じ部活で、そして帰り道には眼下に広がるこの川縁を2人で並んで歩いた。

狭いようでいて広いこの町。あたしはここで、ケンゴと出逢った。


鬣のような黒髪が、冷たい風に波打っている。

ケンゴの鋭い風格は、寒い季節もよく似合う。

その姿があたしの胸の奥を揺さぶる。ケンゴが強く、あたしを揺さぶる。

「風が出てきた。そろそろ下りるか」

「うん、そうだね。下りよっか…」

ケンゴにもらった白い羽に、あたしはそっと願いをこめた。

‘どうかこれからも、ずっとそばで、近くで、ケンゴのことを見ていられますように――’


この日の晩、あたしはケンゴの家に泊まった。

またしても留守中に、しかも泊まりで上がりこむことに多大な抵抗はあったけど、そんな背徳感や罪悪感よりもずっと勝って、クリスマスをケンゴと一緒に過ごしたい気持ちの方があたしの背中を強く押した。

あたし達以外、誰もいない広いリビング。こっそり過ごす2人だけのクリスマスはちょっぴり苦くて後ろめたい。

――あなたもケンちゃんとラブラブでアツアツなクリスマスを…

叔母の言った台詞が蘇り、ボンと頭のふたが飛んで蒸気を上げそうになる。

ケンゴもどことなくよそよそしくて、しきりとストラップを指にぶら下げては、僅かな言葉や時間の隙間を埋めているようだった。

それでもこんな風に過ごしている今を、こそばゆくも嬉しいと、きっとお互いに感じていた。


夜になるのを待ってから、昨日の晩に焼いておいたケーキを荷物から取り出した。仕上げのデコレーションをし、それをテーブルの中央に飾った。

上半身をテーブルに預け、両手で頬杖をついたケンゴがろうそくの炎を眺めている。あたしは「それじゃあ消すよ」と言ってからダイニングの電気を落とした。

オレンジ色の明かりがケーキとケンゴをほのかに照らす。

「ふうん…」

ポツリとケンゴが呟いた。

その時の顔がやけに子供っぽく映って、思わずあたしは笑ってしまった。

「なに」

「ん~んなんでも。そうだ、火、吹き消しちゃって」

「オレが?」

「うん」

ケーキには二本のろうそくを立てた。金と銀の細いろうそくを一本ずつ。平行に並んだろうそくの炎が闇の中に浮き上がっている。


ケンゴが吹くと、二つの明かりが静かに揺れた。

~Merry Christmas~ 静かな静かな、イブの夜が始まる。

はず…


「ん?…消えねェ」

「え?」

「んあ?くそ…」

「ちょっ…」

「あぁ?!くそ、どんだけだよこのろうそく」

「ちょっとケンゴ…」


ケンゴはしかめっ面になって何度も吹いた。どうにもロマンチックにはいかないみたい。


それでも今日は2人だけのクリスマス。

一生に一度きりの今年のイブを、大切に大切に過ごそう…


      ~Merry Christmas~


続く…

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