diary18 筒井くんの恋
なにやら部室の前が騒がしい。
ハナちゃん、大山くん、そして三崎くんという馴染みの顔ぶれが、円になってはしゃいでいる。
「いや~!うっそ~!ハナも見たい~~」
「バカ、お前声が大きいって。でも三崎…それ本当か?」
「間違いないって。三日続けて確認したんだから」
「み、三日続けて?」
「うん。多分今日もきっといる」
「うっそ~!いや~見たい~!」
「お前騒ぎすぎだって」
今日も元気に…騒々しい。一体何をそんなに興奮しているんだろう。
近寄り、声をかけようとした時、
「それ詳しく聞かせろ」
「俺にも聞かせろ」
着替えを済ませた太田くんと迎くんが仲間に加わった。思わず後れを取るあたし。
三崎くんたちが話しているのが扉越しに聞こえていたらしく、タイミングを見計らって部室の中から現れたのだ。
「みんなどうしたの?なに?」
後手に回りつつ、なんとなくあたしも輪に加わった。
人数が増えて大きくなった円が周囲から目立つ為、6人でズササ…と部室脇に移動する。
太田キャプテンが手際よく、建物の陰の茂みまでみんなを誘導した。
茂みに入ると三崎くんは腰を屈め、‘したり顔’で話し始める。
「実はですね…」
大体の流れを把握しているみんなの中に真っ白なままで加わったあたしに、大まかな流れを説明してくれた。
それは、あの筒井先輩に、『彼女‘らしき’人ができた‘らしい’』という話だった。
「へえ、本当に…?」
「はい、本当っス」
あたしは驚くと言うよりも、ちょっと笑ってしまった。
なぜならば、リサーチしてきた三崎くんの現場再現話がやたらと笑いを誘うのだ。
「筒井先輩、尋常じゃないくらいにガチガチで、ロボットみたいにこう…」
「ぎゃははは、リアル鉄人28号、ぎゃははは…!」
「ちょっと迎くん笑いすぎだってば」
「だって可笑しいじゃん…しかし世の中にはそれでもいいって人がいるんだもんなあ」
「蓼食う虫も好きずきってやつか」
「いくらなんでもそりゃ言いすぎですキャプテン。その人に失礼っス」
「その人にかよ。筒井先輩にだろ?」
「ああもうハナ、現場見てみたぁ~い」
とにかく談議に尽きない。
談議に尽きないその情報をまとめると、三崎くんのレポート内容はこうだった。
自宅最寄のJR駅の目の前には、筒井先輩の通う予備校塾がある。
今までは帰宅途中に先輩と出くわしたことがなかったため、その予備校に通ってることすら知らずにいた。
しかし、三日前の夜のこと。
練習とミーティングが重なって帰りが遅くなってしまったその日、駅から降りた三崎くんは空腹に耐えかねコンビニでパンを買い、帰り道で立ち食いをしていた。
その道というのが駅の裏側で、歩道の片側が最後尾のホームに隣接している。
隣接しているとはいえ、ホームの高さは歩行者の目線から1.5mほど上に位置していて、構内を歩く人の足は三崎くんの頭の上を行きかう。
誰かのパンツ見えないかなあ…などと思いながらそこを通り過ぎるのが日課らしい。
でもその日は時間が遅く、薄暗い上にホームを利用する人も疎らだった。
見上げたホームに張られてある金網越しに、据え置きのベンチが見える。
狭い駅だからベンチはその一つだけ。そしてそこに筒井先輩が座っているのを見かけたのだという。
後姿とはいえ、人一倍大きな同じ高校の制服姿を他の誰とも見紛うはずがない。三崎くんは下から声をかけようとした。
が、その時。
「ごめんなさい…待たせてしまって」
女の人の声がして、続けて夜気を切り裂かんばかりの筒井先輩の声が響いた。
「いえ!待ってません!自分、全然待ってません!!」
ほらやっぱり筒井先輩だと確信。
「その時の筒井先輩、バネみたいに立ち上がって直立不動になって…なんか軍事国家の兵隊みたいでしたよ」
「ひ~~笑い死ぬ~、じゃあその人は将軍様ってわけか~」
「ちょっと迎くんっ。でも…確かに目に浮かぶ……」
それから三崎くんはベンチ下に陣を構え、しゃがみ込んで身を隠した。
(こ…これは事件だ、いや、天変地異だ…!)
謎めく2人――、漂う予感――。三崎氏は引き続き様子を探る。
(み、密会かな…??)
何となくドキドキしてきた時、会話が始まった。
「少しここで話してから帰りませんか」
「ハイ!勿論っス、ハイ…!!」
女の人は、高いけれど少し掠れたような、声優さんみたいなかわいらしい声をしていた。
(相手の人、一体誰だろ??)
三崎くんは偵察に励んだ。覗きではない、これは偵察なのだと自分に言い聞かせ、数歩下がって頭上の様子を徹底調査した。
女の人は、S短大の制服を着ていた。小柄で色の白い感じの、眼鏡をかけた童顔な女性だ。
(わ、結構かわいい…! 何…何であんな人が、何でこんなとこで、何で筒井先輩なんかと一緒に~~?!?)
怒濤渦巻く疑問の波が、三崎くんの脳内で唸りを上げて逆巻いた。
(よし、こうなったら徹底的に洗い出しをせねば…)
三崎くんは腰を据えることにし、携帯をマナモードにしてから家に『遅クナルメール』を入れた。
ホームの2人の会話は続く。
「筒井くん…大事な時期にごめんなさい。でも…どうしても声をかけなくっちゃって思って…」
「全然平気っス、全然、大歓迎っス!!!!!」
「だって今三年生でしょ…?だから…卒業したらもう電車を利用しなくなるんじゃないかと不安で…」
「いえ!由希さんが呼ぶなら自分はどこでも行きます!!ハイ!」
「ごめんなさい、今日だってこんなに待たせてしまって、申し訳なくて…私…」
「全っ然、申し訳なくないっス~~!!!」
会話の内容が気になるのは勿論のこと、この女の人は筒井先輩の不必要な爆声がうるさくないんだろうかと、そっちの方が気になった。
いちいちこんなに声を張られては、外で会話なんて出来たもんじゃない。恥ずかしい。
しかしこの相手の人は、全く気にもとめていない様子だった。
それにしてもこの会話、意味深ではないか。しかも「由希さん」なんて親しげに呼んで…
普通に素直にこの流れをくむと、由希さんというこの女性が筒井先輩に思いを寄せていて、卒業して会えなくなってしまうことを懸念し思い切って声をかけたって感じに取れるのだけれど…
それに大学生、年上だ。年上のお姉さまが筒井先輩みたいなタイプを「かわいい」とか言って好んだりするパターンも、無きにしも非ず…
しかし、この日のリサーチはここまでに終わる。三崎くんのお母さんから怒りのメールが返信されてきたからだ。
『ほっつき歩いてないでさっさと帰ってきなさい!(怒)ご飯抜きでいいなら勝手にしなさい!』
背に腹は変えられない。
そういうことで、この日の三崎探偵の調査は強制終了した。
そしてあくる日。
同じ時間帯に同じ場所で、三崎探偵は筒井先輩のとその短大生の姿を再びキャッチ。
例に及んでベンチ下の歩道に張り付いて探りを入れた。
二日目で掴んだことは以下の通り。
由希さんの家もこの近くで、予備校塾に通う筒井先輩と同じこの駅で下車する。
電車の中で見かけた時、K高のサッカー部の筒井くんだということはすぐに分かった。
いつ声をかけようか、何て話しかけようかと思いあぐねた末、ついに呼び出しの手紙を書いた。
新情報は、以上。
その日は2人の仲や会話の内容に進展は見られなかったけれど、相手の女性は先輩に対して実に好意的で、筒井先輩もまた終始ガチガチのデレデレだったそうだ。
しかし三日目の昨日…
とうとう2人が抱き合っているのを目撃してしまったんだとか。
表情までは窺えなかったけど、筒井先輩はおごそか~にその人を抱擁していたらしい。
しかも彼女は眼鏡を外し、ハンカチで目を押さえていたという。
決死の告白後の、気の緩みに迸しらせた涙、といったところだろうか…
―続く―