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diary16 温かい冬

十二月に入ってしばらくの間は温かかったけど、近頃急に冷え込むようになった。制服の上にコートを羽織る本格的な冬がやってきた。


期末テストも終わり、冬休みも近づく部活休みのある日。あたしはケンゴにくっ付いて、久しぶりに河原に下りていた。吹きっさらしを避けるため、今日は橋げたの陰に陣を構え荷物を置く。でもなんとなく、草の上に腰を下ろす気にはなれない。

「うう、寒いね~」

「冬だからな」

木枯らしの吹く中、ケンゴは平然として言った。それどころかすでに上着を脱ぎ捨て、リフティングを始めている。シャツの袖口からは、誕生日にあたしが贈った赤のリストバンドが顔を覗かせている。

「そんなことは分かってるよぉ」

「じゃ、なんて答えりゃいんだ?寒いから帰れっつ~のにお前がくるからだろ」

「むうぅ」

冬将軍よりもはるかに冷たい、悪魔将軍のお言葉。


鬼め、魔王め、と心の中で思い切り頬を膨張させていた時、突然頭に何かを被せられた。

「わっ」

頭上に降ってきたのはフェイスタオルだった。それからそれを、ぐりぐりぐりと執拗に巻き付けてくる。

「う、ちょっと…ケンゴ??」

じたばたしながらも状況が飲み込めず、なされるがままに。

「うっしゃ出来た。そうしとけば少しはあったけ~だろ」

そう言って、仕上げに頭頂部をポコンとたたき、「くくっ」と珍しく声にして笑った。


顔を上げると、タオルの端と端が顎の下で結ばれていて、なんだか…ドジョウすくいみたいになってる…

「ええ~…なんなのぉ~」

「プクッ… 後で熱々のおでん食わしてやるよ」

そういい残すとケンゴは、肩を震わせながら、ボールを蹴って橋げたから離れて行った。

「んもーっ、ケンゴ~~??」

憤るあたしを振り返り、ケンゴは「ちなみに竜平会には、オレは入んねェぞ」と、口の端を引きつらせて言い、背中を丸めた。


「へ?リューヘーカイ…?」

一瞬首を傾げた。でも、…すぐに疑問符は感嘆符に変わった。

「ひ、ひっど~!」

あたしはホッカムリを巻かれたまま、河原でボールを蹴上げるケンゴに向かって、怒りのステップを踏んだ。

熱湯風呂じゃなく、川風呂に飛び込んで驚かせてやろうかと思った。



付き合い始めて4ヶ月目…

これがあたしたちの、最近の日常――。



冬の河原。風は冷たいけれど嫌いではない。川の水もとても澄んでいる。

成長を止めた雑草が足元を邪魔しない程度にとどまって、ケンゴの練習スペースも広く取れている。

控えめに広がる僅かな緑の上に淡雪がかかるのも、きっともうすぐだ。


この時期になると例年、みんながそわそわと騒ぎ始める。

「もうすぐクリスマスだね…」

「ね、誰と過ごすの?彼氏は?」

「いいよね~、相手のいる人は~」

などなど…


あたしがケンゴと付き合ってることを、クラスの子達はまだ知らない。

とくに隠すつもりもないけれど、とくに言うつもりもない。

だからあたしをフリーだと思って、去年一緒に過ごした友達が今年もどう?と、クリスマスパーティーに誘ってくれた。

でも、「今年は部で集まりがあるから…」と、さり気なく辞退の返事をしておいた。


特別な約束があるわけではないけれど、その日の予定は、やっぱり何気に空けておく。


しばらくして、白い息と共にケンゴが戻ってきた。上気し汗の滲んだ顔があたしを見下ろす。

「寒いか?」

「ん~ん。風しのげてるし平気」

「悪いな、練習量落とせねェから…」

「分かってる。あたしこそ邪魔してゴメン」

「つか、ちょっと貸せ」

ケンゴはあたしの手を取って、手袋を抜き取った。

「やっぱ冷てェじゃん。動いた分のオレの蓄熱、分けてやるよ」

ケンゴは、あたしの両手を合わせると、熱のこもった手のひらでギュッと挟み込んでくれた。

春よりもずっと太くなったケンゴの肩が、左右にぐいっと張り出した。


寒い。けど、温かい――。

冬だと「冷たいから」と、相手に触れることができる。寒くて冷たくて凍えそうな分、その温もりにさり気なく触れることができる。

そうする方がむしろ自然で、ヘンに意識することもなく、自然と肩を寄せ合える。

ケンゴと過ごす初めてのこの冬。あたしはそんな、小さな幸せを知った。


寒い季節も、なんだかいいね――。


給水してから再開するのかと思った練習を、今日は普段よりずっと短い時間で切り上げた。

上着を着てバッグを引っ掛け、帰る準備をしたケンゴ。

「なんか温まるもんでも飲んで帰ろうぜ」

スニーカーの土を落としながらポケットに手を突っ込み、ケンゴは橋げたから出ようとした。

あたしはその袖口を、そっと引っ張った。

「ね…」


今年のクリスマス、2人で一緒に過ごせますか―――?


足を止めて振り返ったケンゴに腕を伸ばした。

ハナちゃん仕込みの早業で、ケンゴの脇に手を滑り込ませる。

やっぱり、温かい。


「あ~あ、髪の毛も超冷てェの」

さっき手を温めてくれた手のひらが、今度は髪を覆った。

「やっぱ、冬はあんまついて来んなよ…」

「ん~ん。冬だからこそ来たいかも」

橋げたの壁とケンゴが重なって、ダブル効果で冬の風からあたしを守る。


「やっかいなやつだな。凍り付いても知らねェからな」


最後の憎まれ口が終わると、冷たくなったあたしの唇に、ほのかな温もりが一つ落ちてきた。



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