diary2 くっつきたい願望
2人で並んで歩く時。
やっぱりさりげなく手をつないだり腕を組んだりして歩きたいな、とか思う。
でも学校帰り、ケンゴはいつもポッケに手を突っ込んだまま一人で歩く。
河原へ下りるいつもの石段まで、遊歩道を200mほどそのまま歩く。
病院までの道のり。あの時はこの遊歩道を寄り添って歩いたけど、でもそれっきり。
それ以降あたしはケンゴにくっついて、ない。
いつもじゃなくていいんだけど、やっぱりたまにはくっつきたい。
今日もそう思いつつ、もう少しで河原への降り口についてしまう。
チラリとケンゴを見た。無表情で歩いてる。
もう一度ケンゴを見た。やっぱり変わらずスタスタと歩いてる。
またケンゴを……
「さっきから何?」
うわ、ビックリした。視線、ばれてたみたいだ。
「やっぱ腹減ってんじゃねえの?」
「へ、減ってない」
「ふーん、ならいいけど。下寄ってくけど餓死すんなよ」
「し、しないよ」
ダイエット中のあたしを気にかけてくれてのことなんだろうけど、言語にさっぱり気遣いのないところは、いかにもケンゴだ。
そしてこんな、‘あたしの気持ち’に気付かないところも。
なんだか切ない、帰り道。
後50メートル……後30メートル……後10メートル……
どんどん降り口が近づいてくる。いつもの場所が迫ってくる。
(ねぇ。手、繋いでもいい? 腕、持ってもいい?)
もうすぐ石段が覗き始める。
(ねぇ。ギュってして歩いてもいい?)
とうとう着いてしまった。
今日もまた、言えなかった。
近くて遠い想い人は、広い背中をこちらに向けて、スタスタ石段を下り始めた。
『くっつきたい』……どうしてそれだけのことが言えないんだろう。
胸が痛くなるくらいに、泣きたくなるくらいに、‘くっつきたい願望’で押しつぶされそうなのに。
思わず降り口で足を止めた。
そんなあたしに気付きもせずに、ケンゴはどんどん下りていく。
本当に涙がちょちょ切れそうだ。
ううう……くっつきたかったよー、ケンゴ。
気付いてよー、ケンゴ。
「んんんんん……!ねえってばケンゴ!」
涙がちょちょぎれるまえに、想いが暴発してしまった。
「へ? 何?」
ケンゴが下から振り返ったその時、
「きゃ……!」
「うわ、危ね!」
ドッシーーーン!!
「だ……だいじょぶかよ」
サイアク……
あたしは踏み出した足を滑らせ、ケンゴのはるか手前で思い切り転んでしまった。
ケンゴじゃなくて石段とくっついちゃった。
うえーん。
転んで捻った足を診ながら、溜息混じりのケンゴがジロリとあたしを睨む。
「お前ねえ、一体何やってんの?」
「うー、そこ痛いよー」
「そりゃ痛たいわ。完璧捻挫だこりゃ。腫れると思うから覚悟しとけ」
「ぬー」
「ぬーじゃねえ、こっちは目が点だ。階段で助走つけて何やろうとしたわけ?」
「だって」
「だって何」
「だって$%…&’…=△’&%…%」
「は?」
「だってケンゴと$%&’=△’&%…%!」
「は? 聞こえねえ、何?」
「うう……! あたし、ケンゴとくっついて歩きたかったの!」
遂に、言ってしまいました。
「は??」
ケンゴの目がまた点になった。
「手を繋ぐとか腕組むとかがしたかったの……だたそれだけ」
「はあ……」
ケンゴは呆れたようにストンとうな垂れた。
「だったらそう言やいいだろ。墜落されても意味分かんねえし」
「言えって言われても……じゃあケンゴだったら言える? 手を繋ぎたいですとか、あらたまって」
「……」
ほんの少し口ごもり、その後、本日初の仏頂面を作った。
そしてあたしの足首から手を離して立ち上がった。
「今日はもう帰るぞ。負傷者放ったらかして練習できねーし」
「うん、ゴメン……」
「いーよ。次の試合まで間があるし。一先ず立て」
「ありがと……」
手を引いてくれた。やっぱりケンゴは優しい。
幸せだよね、あたし。反省、反省。
こうやって一緒にいられるだけでも充分なくらいなのに。
足の怪我、ひょっとしたらバチがあたっちゃったのかも……
「大丈夫か? んじゃほら」
ケンゴはあたしを引いた手と、逆の手も差し出してきた。
「え?」
「えじゃなくて、ほら」
差し出した手をブン、と一回振った。
「え!? だ、抱っこ!?」
たまーにこんなびっくりな事を急にするよねケンゴ。
それにしてもいきなり抱っこって……(しかもそんな恐い顔で)
「くっつきてェんじゃなかったの?」
「そ、そりゃそうだけど……今から帰るんだよね?」
「帰るよ。だから運ぶんだろ」
「って、それって、もしかして、『お姫様抱っこ』で帰るってこと……?!」
う、嘘でしょ……
‘棚ボタ’ にしても、ちょっと行き過ぎ……
「捻挫とかするからだろがっ。誰も普通ん時にンなことするかアホ!」
急に恥ずかしくなったのか、うろたえたようにケンゴは早口になった。
「背中に、おぶるんじゃなくて?」
「荷物背負ってるだろ。前しか空いてねえの! 贅沢言うな堕天使」
「だ、堕天……その天使っていうの抵抗あるんだよ」
「知るか。‘堕’がついてりゃ妥当だ。つべこべ言ってねえで早くしろ」
「ひゃー」
くっつきたい願望がかなったのはいいけど……嬉しいのは嬉しいけど……
‘さりげなく’からは随分とかけはなれて、かなり恥かしい状況―――。
「あ、ありえない……ひ、人が見てる……」
「怪我するから悪い」
「やっぱりありえない、すごく恥かしい……」
「知らん。腹くくれ」
ケンゴが黙々とあたしを運ぶ。
夕方の河原の風が、遊歩道をゆくあたし達を追い越して行った。
「あのさ。ダイエットとかやめれば? 別に痩せる必要ないだろ」
「でも、重いでしょ?」
「そりゃ生身の人間なんだから質量はあんだろ」
「そうじゃなくってさ」
「そういうことでいいって。ダンベル代わりになっていいよオレは」
「ええ~、それでケンゴがウエイトアップしたら余計ショックだよ」
「ククク……」
あ。ケンゴが笑った。
「じゃあお前のこと手放せないね」
鋭さを一気に緩ませ、前を見たまま破顔したケンゴが言った。
(ケ、ケンゴ……)
稀少な笑い顔で、しかもこんな至近距離でそんなこと言わないで。
また気持ちが暴発して、飛び跳ねたくなるじゃない!
ダメだあたし、完全にノックアウト……
笑い顔とふとした一言で、お姫様抱っこの恥かしさもダイエットのことも、すっかりどこかに行ってしまった。
「おい、何か今急に重くなったぞ」
「にひひひ……」
「でた、聞いてねえな……」
やっとくっつけたんだ。
手でもなくて腕でもなくてあたし、ケンゴの首にくっついてる。
しかも両手に抱えられて、家まで運ばれている。
「おい、持ちにくいからだらっとすんな」
「んー」
「聞けよ……」
あたしのくっつきたい願望は、希望をはるかに超えた形で叶った。
『棚からボタモチ』ならず、『棚からケンゴ』――。
「ったく、こなき爺か」
体中からいくつもバックを下げ、あたしを抱え、かなり不恰好ではあるけれど、でも、あたしの気持ちは最上級。
日を追うごとに時間を追うごとに、どんどんケンゴを好きになってゆく。
多分これからもきっと、毎日毎日ケンゴを好きになっていく。
それと同じくらい、‘あたしたちのあいだ’もどんどん縮んでいくといいね。
今日はここにいる。頭を少し傾けたら、ケンゴの耳元に届く距離。
小さな声で届く距離。
「ねぇ、ケンゴ、耳貸して」
「ン?」
「えへへ、あのね……$%…&’…=△’&%…%…」
「なっ……!」
「えへへへ」
「その辺に捨てるぞ!!」
ケンゴのポーカーフェイスを崩す技も、日に日に上達してゆく。