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diary15 試合の後

11月も中旬にさしかかる頃、あたしたちの学校では、毎年この時期に学園祭がとり行われる。

今期も大会予選に勝ち進み調整に追われていたサッカー部の面々は、学園祭の準備には殆ど参加ができないでいた。

その分、クラスメイト達が変わりに随分と奮闘してくれた様子で、校庭に軒を連ねた色とりどりの手作り屋台の中に、取り分け目立って立派な、極彩色の屋台が出来上がっていた。今回のあたし達のクラスの出し物は、‘クレープ屋’だった。


そんなわけで、今日は朝から大忙し。

当日はしっかり働いてもらうからねと、クラスメイトから念は押されていたものの、とんだてんてこ舞いに陥っている。

「ねえちょっと温彩、上代くん知らない?」

「え?その辺にいない?」

「姿が見えませんがね、マネージャー殿。今日はサッカー部のメンバーを中心に店を回してもらう予定なんだけどなあ」

「あれ、いない。どこいったんだろ…いつの間にか消えてる」

「跡形もなく、ね。これは責任問題ですぞ、菅波マネージャー。上代くんの分もコキ使うからね?」

「ええ~、そんな~~」

またしてもケンゴにしてやられた。

元々授業や学校行事には興味が薄いのは分かっているけど、今日くらいは応援してくれたみんなの為にも頑張らなくちゃいけないっていうのに。

「きっと昼寝しにいったんだ…」

「朝から昼寝…?サッカー部の人ってどんなリズムで生きてんの?」

「あ、はは… あたしにもちょっと…」

理解不能です。


そうは言ったものの、準決勝の、昨日の今日だ。疲れもあるにはあるだろうけど、メンバーは誰もが複雑な思いで登校してきている。

もちろん、あたしだってそう―――。

あの後、とうとう敵のリードに追いつけず、あたしたちは敗退を喫してしまった。勢いよくベスト4にまで登りつめたものの、ケンゴたちの快進は決勝リーグで足を止めた。

うちのサッカー部は、強豪とまではいかなくとも、県ではそこそこ名が知れている。沖先輩や筒井先輩達のいた去年に続き、今年もそれなりに注目は浴びていた。

なのに…いつもいいところで精鋭の集まる全国クラスの有名校に苦汁を飲まされてしまう。すごく悔しい。


昨日の試合が終わってから、ケンゴとは話しをしていない。‘心ここにあらず’って感じだったからそっとしておいたんだけど、電話くらいしてみれば良かったかな。少し心配になってきた。

もともと口をあまり開かないケンゴだから、周囲には分からないかもしれない。でも、雰囲気というか、背中がいつもと違うというか、微妙な違和感が拭い去れない。

(後で探しに行ってみよう…)

しかし、まずはクラスメイトに報いるのが先だ。あたしは熱心にクレープの粉を溶いた。


回転準備を始めたクレープの屋台の周囲には、砂糖やバターやフルーツの匂いでいっぱいになっていた。

その匂いに誘われて、早くも一人の生徒が声を掛けてきた。

「おはよっす、あっちゃぁん。昨日はお疲れ~」

屋台の下から、ヌッと立ち上がるようにして、‘熊’が現れた。

「さすが鼻が利きますね、筒井先輩。こちらこそ昨日はありがとうございました」

話もそこそこに筒井先輩は、大きな体をゆすりながら、物欲しげな顔で手元を覗き込んでくる。

「今日、朝飯抜いてきたからさあ、沸きあがる唾液と消化液で溺れそうなんだよぉ。俺さ、今日の手持ちの食券、全部クレープに使うつもりだから」

陳列されたデコレーション用のチョコレートを前に、すっかり目じりを下げている。

「本気ですか?あたし、筒井先輩がそんなに甘党だとは知らなかったです」

そういえば熊ってハチミツが好きなんだよなあ…あたしは、瓶入りのハチミツを抱え込んで嬉しそうに手を突っ込んでいる筒井先輩を想像した。

「なんだよあっちゃん、その、『見た目とのギャップありすぎでキモーイ』みたいな顔は」

「やだな先輩そんな、深読みしすぎですって。誰かに言われたことでもあるんですか?」

何の気なしに返した言葉に、筒井先輩の時間が止まった。顔が完全に、この世の終わりの方向に向けて破顔している。

そう言えば小林先輩が言っていた。あいつの心はトラウマの宝庫だから気をつけて…と。

どうやらあたしは禁忌を犯してしまったらしい。

「あの。良かったらこれどうぞ……」

見かねたクラスメイトの子が、試作第一号のクレープを差し出した。


機嫌の直った筒井先輩が、本物のハチミツの入ったクレープに舌鼓を打ちながら言った。

「クレープはもちろんなんだけどさ、今日は俺、賢悟に用があってきたんだ。どこにいんの?」

「それが~…」

「ふむ、お得意の雲隠れってわけね。煙にまかれたかあっちゃん。いや~あっちゃんも大変だなあ~」

筒井笑いが出た。先輩はガハハと大きな口を開けて豪快に笑う。咀嚼そしゃく途中のクレープが丸見えだった。

「なあ、ところであっちゃんは聞いてるか?監督の話し」

「監督の話し…?なんですか、特に何も聞いてないですけど」

「そっか。んじゃ、まだいいや。賢悟にもその件で話しがあったんだけど、またにするわ。そうだ、クレープ、お昼頃みんなでまた食いに来るから!そん時は全種類制覇するからさ、よろしくなあっちゃん!」

筒井先輩はクラスメイトにクレープのお礼を言うと、小腹が満たされて満足したのか、上機嫌で屋台を後にした。

「やっぱりサッカー部の人のリズムはどこかおかしい…」

呆れ顔のクラスメイトに、今度は完全に揶揄やゆされた。


開店準備も整い、少し時間の余裕ができたので、あたしはケンゴの捜索にでることにした。

捜索といっても、大体の目星は付いている。教室が使えない今日、いるとすれば屋上扉の前の踊り場あたり。

施錠されて屋外には出られないその出入り口の前には、南向きの窓硝子から光が差し込んで、いつも温かい空気が溜まっている。夏は物凄く熱いけど、逆に冬は快適なのだ。一年の時、ケンゴは教室を抜け出してよくそこで寝ていた。でも、出席日数の不足で危ない目にあった学期末以来、ケンゴは教室で寝るようになった。

でもきっと今日はそこだ。


あたしは最上段をめざし、階段を駆け上った。


普段生徒の行き来することのない最上階の踊り場は、使わないパイロンや長机などが積み上げられている。

そこを目指して螺旋状に上がってゆく。一つ下の踊り場で足を止めると最上段を仰ぎ見た。ストローのささった牛乳パックが二つ、横並びになっている。

(あ、いる…)

最後の階段を足早に上がった。午前中の踊り場はまだ少し寒い。

屋外への扉が全て視覚に収まるころには、地べたに投げ出されたケンゴの足が見えていた。その足だけで、それがケンゴなのがすぐに分かった。河原でも、いつもこうやって寝転がっているから。

「ケンゴ…」

静かに声を掛けた。

「病み上がりなんだよ?風邪がぶり返しちゃう」


ケンゴは、頭を長机の列の下に突っ込んで寝転がっていた。そのせいで胸から上が暗がりに入って見えない。自動車整備工の人が車の修理をしているみたいだった。どういう状態で寝てるのよ…と憮然としなくもなかったけど、返答のない首無しケンゴに不安が募った。

「ねえ、寝てるの…?体が冷えちゃうってば」

返答はない。


やはりまだ敗退のショックが抜けてないのかもしれない。全国大会への出場は、ケンゴやあたし達二年生にとっては最後のチャンスでもあったのだ。

来春以降もいくつかの大会が控えてはいるけれど、その後はもう引退を待つ身となる。口惜しくて当然だ…


「お前こそ、鼻声」

突然、机の下の暗がりから声がした。

「それ、オレのせいだ」


抑揚を感じさせないケンゴの声がボソボソと続く。

「悪かったな、考え無しに、何回も。以後、気をつける…」

途切れ途切れの言葉が、電波の悪い携帯電話の通話みたいに聞こえる。

「ゴメン」

ケンゴは、昨日の試合のことではなく、その前日の『キス』のことを言っていた。

なんだか気が抜けた。

それよりももっと口にしたいことがあるはずなのに。今は悔しい気持ちでいっぱいなはずなのに。

なのに大会のこともよそに、あたしの心配なんかしないでいいのに…

「あやまらないでいいよ。あやまらないで…」

それに。あやまられるとなんだか…悲しくもなるじゃない。


ゴメンなんて言わないで。

せっかくケンゴに一歩近づけたのに、また後退するようなこと、言わないで。


「気をつけなくても、いい…」

あたしは切なくなって、思わず俯いた。


「いいや、気をつけるね」

ズリズリと体を動かし、潜っていた頭を机の下から覗かせた。ひょいと状態を起すと、ケンゴは眩しそうに顔をしかめ、ぼりぼりと頭を掻いた。

付着した床の埃が頭上で舞っている。

「勝手にいじけんな。‘大事にしてェ’っつってんだから」

そう一言言うとケンゴは、しかめっ面のままあたしを一瞥した。


まただ。

いつもいつもこうやって天と地を行き来させられる。こんなにあたしを翻弄してどうしようというのだろう。

あたしはいつも、同じところをコロコロと転がり続ける。

分かっている。

不誠実な顔をして、その仮面の下は果てしなく誠実なことを。


「ヘンなの…」

「なにが。失礼だなお前」


羊の皮を被った狼はいるけれど、悪魔の仮面を被った騎士ナイトなんてそうはいないと思う。


「ね、戻ろう。手伝わないと怒られちゃう」

「めんどくせ…」


誠実なケンゴに、あたしもずっと誠実であり続けたい…



その頃、屋台では―――


「こんにちは。ここ、二年生の持ち場だよね?菅波さんっている?」

平日開催の学園祭には珍しい、サラリーマン風の若い男がクレープ屋の屋台を訪れた。

「あ、はい…うちのクラスですけど… 今ちょっと抜けてて…」

「ふうん、そうなんだ。どうもありがとう。あ、そうだ、クレープ一つもらえる?」

「あっ、はい、すぐに…」

そういって微笑んだスーツ姿の男の爽やかな笑顔に、女子生徒は緊張を隠せないでいた。

「ここ、禁煙だっけ?」

「はい、すいません…」

「いやいやいや。つ~かそれもそうだよな。だってここ、学校だもんね」

男は一度加えたタバコを元に戻すと、そう言いながら大きく伸びをしてネクタイを緩めた。


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