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★ Room

温かみのあるフローリング張りの廊下を少し進んだ場所で、賢悟は足を止めた。

「入れば?」

玄関を上がってから一番最初に現れる居室。廊下を挟んで左側、そこが自室らしい。

そのドアを開き、まごつく温彩をジロリと見た。

「つか、ここでいいか。向こうの部屋でもいいけど」

リビングを指差す。

「ん…ここでいい」


温彩はといえば依然、緊張していた。

(とうとうあたし…ケンゴの部屋の前まで来ちゃった…)

今さらながら妙に実感をする。午前中までは、今日ここに来ることになるなんて想像もしていなかった。どうにもここ最近、物事が急展開することが増えた気がする。

温彩は意味もなく、抱え上げたカバンに顔を突っ伏した。コンビニの袋が揺れてシャリシャリと音が鳴った。

「おい」

「はいっ」

「…んだよさっきから」

温彩の緊張が伝染したのか、賢悟の口元がへの字に曲がった。


部屋に入ると、ふわりと覚えのある匂いがした。

「あ。部屋、ケンゴの匂いがするよ」

賢悟の匂いとはいっても、フローラルでもシトラスでもフレッシュミントでもなく、だからといって汗臭いわけでもなく、新しい皮製品のような、ゴム製品のような、そんな無機質な香りだった。

朝一番に足を踏み入れた時の、サッカー部の部室の匂いともどこか似ている。

「は?オレのニオイ?」

しかめっ面で鼻をくんくんさせる賢悟。しかし鼻は利かない。

「嗅覚死んでるし…つか、臭せェの?」

「臭くないよ、だからケンゴの香りだってば」

「……」

賢悟は何か言いたげな表情のままポイと机にユニフォームを置くと、椅子を引いて温彩を促した。

「なんでもいいからおとなしく座っとけ。コップいるか?」

目でペットボトルを指す。

「あ、うん、いる。お願いします」

賢悟は上着も脱がず、無言でダイニングのある居間のほうへ行ってしまった。ドスンドスンという地鳴りが遠のいて行った。


地鳴りのフェードアウトと共に、温彩は周りに目をやった。

全体的にモノトーンなイメージの空間が広がっていた。

続けてそわそわと視線を一巡させる。

まず、おかれているものは、大きな物で机と椅子、それから窓下のベッド。机の横にはオーディオ関係の終結したラックと小型のテレビ。そしてベッドの裾の方には、人一人分のスペースを空け、服やバッグの引っかかったパイプハンガーが置かれてあった。

窓には、カーテンの代わりにシルバーのブラインド。

(いつもこの部屋で過ごしてるんだ…)

特に雑然とした様子もなく、パイプハンガーに山積みに引っ掛けられた衣類を除いては、適度に片付いた居心地のいい部屋だった。


反対側の部屋の角には、クローゼットの扉の隣に作り付けの棚があった。

アルバムやトロフィー、サッカーにまつわる本や雑誌などが所狭しと並んでいる。雑誌などは何度もページをめくり、擦り切れてしまったものまで全てとってあるようだった。オーディオラックにも、サッカー関連のDVDがぎっしりと収められている。

温彩はどことなくホッとした。どうやら賢悟の部屋には、取り残されたような空虚な気持ちにさせられずに済んだみたいだ。

壁にグラビア写真などという気配もなく、あるのはワールドサッカーのポスターカレンダーが一枚。しかも割と低い位置に貼られてある。多分何も考えず適当に貼りつけたな、と温彩は思った。

「なんだか予想を裏切らない感じ…」

思わずクスリと笑いが出た。


「勝手に、予想、すんな」

「わっ」

独り言に背後から返事が返ってきた。

「セクハラだぞ」

「び、びっくりした…」

いつの間にか部屋の入り口に賢悟が立っていた。…忍者はどっちなんだか。

「それに不気味だから一人で笑うな。こっちがビビる」

「もう、ケンゴの…(大魔王め…)」

「んあ?」

「なんでもない」

空のグラスが一つ、温彩の前に置かれた。


賢悟は温彩から牛乳を手渡されると、開け放したままのドアを背もたれにし、部屋の入り口付近に腰を下ろした。

「ねぇ、風邪ひいてるんだから、カーペットの上に座ったら?」

温彩の助言に眉だけで答えながら胡坐をかき、さっさと牛乳を飲み始めた賢悟。それ以上の返答はない。


温彩は何となく気詰まりになり、ジュースをグラスに注ぐと静々と口をつけた。


「あ…明日なんだけど、学校集合になったからね」

「知ってる」

「そ、そう。遅刻しちゃだめだよ」

「しねェよ」


相変わらず素っ気ない返答の賢悟。温彩は段々不安になっていった。

賢悟の受け答えや喋り方が無愛想なのは今に始まったことではない。でも…

『意外に待ってるかも』『男とはそんなもの』迎はそう言っていたが、さっきフロアで出くわした時の賢悟の雰囲気からして、歓迎されているようでも、嬉しそうにしているでもなかった。少なくとも温彩にはそう見えた。

では、『あんな顔して受け身』…これについてはどうなんだろうか?

温彩はスッと椅子を回すと、さり気なく賢悟を見た。


賢悟は飲み終えた牛乳パックをクシャリと潰したところだった。利き手に持ち替え、くずかごめがけてシュートを放つ。パックは放物線を描き見事にゴール。それを見届けると満足気に小さく指を鳴らしていた。

部屋にいる時でも得点を狙っているのは分かった。が、それ以外はいくら見ていても分からないんじゃないだろうかと温彩は思った。

気を取り直し、引き続き賢悟に目をやった。百聞は一見にしかず。それを信じてもう一度探りを入れる。

今度は胡坐を崩し足を立てていた。立てた膝に両肘を預け顔の前で手を組むと、組んだ指に見入っている。自分の世界に入っているようだ。

何やらしきりと間接を確かめ、動かしてはまた見入っている。


やはり、知りたいことは分からないような気がした。

しかし温彩は、次の瞬間、心臓をギュッと握られたようになる――。

指に見入る賢悟の表情に見とれていたら、髪の隙間から覗く目と視線がぶつかってしまった。


電極に反応し、一気に振れた針のように心が揺れた。


今、目の前に賢悟が座っている。すぐ近くに。

同じ部屋で、同じ窓から射し込む同じ陽光の中に一緒にいる。

河原に寝転がる賢悟の横に腰を下ろすのとは違って、‘部屋’という閉塞された空間の中だと、賢悟の纏う空気、オーラ、息使い、心の動き、そんな細やかなものまでが近くに感じた。


本当は…こうやって毎日賢悟の近くにいたい。本当はこうやって毎日賢悟と過ごしたい。毎日賢悟と話して、毎日触れたい。

そう願っている。

でも、何故か言い知れぬ不安に襲われ、自分で賢悟から逃げているのだ。

(話さなきゃ…確かめなきゃ、色んなこと)


温彩は座った椅子の端を握り締め、逸らしそうになった瞳を再び賢悟に結んだ。

そして胸のうちを、思ったままに述べた。


「ね、ケンゴ…。あたしって、その、パッと見…どう?」


少々思ったまますぎたようだ。賢悟の方はきょとんとした。おかしな質問に我に返る。

「は?パッと見?どうって、何が?」

飛ばされた小石がコツンと頭上に振ってきたような顔だ。


「だからその…印象っていうか、見た感じ?…ケンゴから見てどうなのかなって」

迎に同じ質問をしていたのがリハーサルになったのか、本番ではなんとか、温彩の頬の色は正常を保っていた。


「なんだそりゃ。お前はお前だろ。今日は一段と妙な発言の連発だな…」

賢悟は鼻白んだように言うと、両手を頭の後ろで組み、一つ伸びをした。

(ううっ、真剣に聞いてるのに…)

温彩は出端をくじかれ、ベッドの足元に視線を落とした。


その視線の先に、鉄アレーが転がっていた。

小さいもの、中くらいのもの、形の違ったものなどが数種類ある。

(ん?)

その鉄アレーたちの横に四角い物が転がっていた。


「あ…」


携帯電話だった。


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