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★ シンプルvs揺らめく心

「か、風邪の具合…、どう?」

この場をどう取り繕ったらいいかわからないまま温彩は咄嗟に問いかけた。あはは…と力のない笑みも付け加える。

賢悟はというと、驚きの表情から一転し、スッと目を細めた。

いつもの面構えになると左眉を上げてから温彩を見下ろした。

「つか、下のオートロック、どうやって入った」

「すり抜けちゃった…」

「忍者か」

どすの利いた突込みが入った。魔王のお出迎えだ。

管理人に手裏剣ぶち込んだりしてねェだろうな…などと言いながらポケットに手を突っ込み、さらに目を細めて温彩を斜めに見る。

「で、なんだ?新聞なら間に合ってんぞ?」

余裕綽々な悪魔口撃…

「も~…」

温彩はムッとしながらも、逆にホッとする気持ちも否めなかった。今までガチガチだった肩の力が抜け、顔の筋肉の硬直も解けてゆく…

(それにしても、初めて尋ねてきた人に対してもう少し言いようはないのかしら。少しくらいねぎらってくれたってばちは当たらないと思うんだけど…)


温彩も負けずに仏頂面を作った。そして、さっそく『お届け物』で恩をきせてやろうと思い、ユニフォームの入った袋を持ち上げ、賢悟の真似をして目を細めてみせた。

「新聞屋じゃありません」

「おお宅配便か。サンキュ」

賢悟は温彩の細目返しをあっさりとスルーし、ユニフォームだけをひょいと手に取った。


思ってたよりずっと体調は良さそうだった。鼻声は相変わらずだが、熱を出していた様子はない。

「ね。明日、平気なの?」

「楽勝」

喉を痛めている様子もなかった。

「ちゃんと病院、行ったんだね…」

「まあね…」

賢悟は温彩から目を逸らした。

そして履いているスニーカーの先に視線を落とし、再びキャンディーを頬張った。

「ちゃんと、お薬は飲んだ?」

「おぅ…」

温彩の質問に、コツコツとつま先にかかとをぶつけながら答える賢悟。

「安静にしてた?」

「ああ」

「たくさん寝た?」

「ああ…」

心なしか、すげない返事ばかりが返ってくる。

「そっか…良かった」

相変わらずスニーカーを鳴らしながら、賢悟はユニフォームの袋を脇に挟んだ。そして俯きながら玄関ドアに寄りかかる。

「……」

「…」

会話が途切れた。

それ以上、話しかける言葉が見つからなくなってしまった。


(もしかしてあたし、あまり歓迎されて…ない?)

ふと携帯の電源が切れていたことを思い出した。

賢悟のつれない受け答えに、「やはり故意的なOFFだったのかもしれない」という連想を抱く。

(どうしよう。やっぱり今日のところは帰ったほうが…)

すっかり弱気になってしまった。


「あのあたし…」そういいかけた時、賢悟も同時に口を開いていた。

「寄ってくつもりなのか?」

2人の言葉が重なった。


突然の賢悟の開口と重唱に驚いたのと同時に、温彩は一歩先を行かれてギクリとする。

「いや、別に…そんなつもりじゃ…」


『寄ってくつもりなのか』は、『まさか寄っていくつもりじゃないだろうな?』という意味に、『図々しいヤツなのか??』という意味にも取れた。

全てに余裕のない温彩には、短い台詞は‘拒絶’の言葉に聞こえた。

「そんなつもりじゃ…ないよ」

疼き始めた心をかばうように、思わず否定の文句を口にしてしまった。


俯いた姿勢から、賢悟はチラリと温彩を見た。

「‘そんなつもり’じゃねェの?だってそれ…」

そう言うと温彩の手に握られているコンビニの袋を目線で指した。


そこにはどこから見ても‘複数人分’の買い物量…


サンドウィッチにおにぎりに、賢悟の好きそうな野菜ジュース。温彩お気に入りのチョコレートとグレープフルーツジュース。それに牛乳etc…

「………」

今度は恥ずかしくなった。半透明のビニール袋から心意が丸見え…

「これってやっぱり、思いっきり、‘そんなつもり’だよね…?」

穴があったら入りたかった。


フッと、賢悟が小さく吹いた。

「オレに聞くな」

にわかに見せた笑みのまま、再び俯くと、

「つ~か、何か買いに行こうかと思ってたとこだったからちょうどよかったよ。上がれば?別に誰もいねェし」

そう言いながら、ゆっくりと背中を返した。


ここまで来ておいて、どれだけあたしは余裕がないのだろう……温彩は赤らむ頬を反対側の手で押さえながら、あからさまな動揺を攪拌しようと努めた。

‘余裕’…それどころか、思いつめる癖やネガティブな部分までがフルスロットルの全開だ。

くだらないことでうじうじする自分とは打って変わり、賢悟はさっさと家の中へ入って行く。


‘上代くんはシンプル’――いつか瑞樹が賢悟のことをそんな風に言っていた。上代くんは分かりやすい、と。

しかし、今の自分はそんな限りなくシンプルな賢悟に全然付いてゆけてない。

(シンプル…か)

少し羨ましく思った。それと同時に、なんだかズルイなとも思った。

(あたしなんか、あたし自身の心の揺らめきにすらついていけてないのに…)


玄関の中から声がした。

「何してんだ?」

「あ、ごめん…」

賢悟は前に向き直ると、靴も揃えずにズシズシ奥へと進んでいった。


温彩ははおずおずとその後に続いた。



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