‐A past memory‐「寝顔」
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★温彩:過去日記シリーズ★
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※ ケンゴと河原で会うようになって間もない頃の、温彩の日記です。
なぜか人から「近寄りがたい」と言われるケンゴ。
確かにいつも不機嫌そうだし、あまり喋らないから仕方がないけど。
それが悪目立ちをしているのか、学校の外でも通り過ぎる人が、男女を問わずケンゴに目をやることにあたしは気付いた。
河原でリフティングをしてる時とかだったら分かるんだけど、普通に歩いてる時でも、何故か人はチラチラとケンゴを見ていく。
ケンゴには沖先輩みたいな柔らかさや「艶」みたいなものは全くない。色気もなければ、愛想もない。
なのに不思議。
独特な‘気’のようなものをかもし出している気はするけど、そんな鋭い感じの雰囲気が人の目をひいてるとか?
あ。立端がある上にギザギザの髪してるからとか?
「は? 思い過ごしじゃねえの? お前暇人だから」
本人の自覚もよそに……らしい。
とにかく、そうやってケンゴに視線が集まってくることに最近あたしは気付いたのだ。
そのことをハナちゃんに話した。
「何言ってんですか菅波先輩っ!賢悟先輩がカッコイイからに決まってるじゃないですかぁ!」
そうだった。
ハナちゃんはケンゴに「一目惚れ」だったんだっけ。
ハナ師匠の話し(分析?)によれば、ケンゴは「ワイルドタイプ」に属していて、その中でもハードな方に分類されるらしい。
そしてそんなケンゴは、ハナちゃんにとって、理想を抜けて出てきたような「王子様」的存在なんだって。
頭の先から足の先まで、ケンゴの全てが好きなんだそうだ。なんかスゴイ……
そしてここ最近は、本格的にケンゴをGETするべく精を出している。
しかしハナちゃん。
どう考えても『王子様』っていうのは、比喩的にちょっと……ズレが大きいかも……
でも一つだけ賛成できるとしたら、ハナちゃんが言うように、確かにあの鬣の下は悪くない。
夏休みに入ったばかりのある日。
部活休みの日曜日だし、いるかな?と思って河原に立ち寄ったら、橋げたの日陰にケンゴが転がっていた。
しかも信じられないことに、草っ原で大の字を描き、すっかり熟睡していたのだ。
ボールをお腹の上に乗せ、そのバランスを保ったまま眠ってたから二度ビックリした。
教室ではいつものことだけど、どこでもどんな体勢でも寝られるんだなぁと、つくづく感心した。
「ワイルドタイプ」って、こういうことを指すんだろうか?
(なんだかまるで、家にでもいるかのような寛ぎよう……)
あたしは、草のベッドに埋もれた即身仏の横に腰を下ろした。
あのケンゴ独特の‘気’も、今は出ていない。
いつも思うことだけど、ケンゴって本当にONとOFFの差が激しい。
そんなことを考えながら草の上に無防備にのびてる姿を見てたら、なんとなく昔訪れた『昼間のサファリパーク』の光景を思い出した。
小さい頃に、お父さんに連れていってもらったサファリパーク。
すごく楽しみで、前の日は寝付けないほどだった。
でも、張り切って臨んだサファリパークの園内に放たれた動物たちはその殆どが寝そべり、そっぽを向き、大した活動もせず、私たちなんかに目もくれず知らん顔で眠っていた。
ただただ眠っていた。
なんの迫力も躍動感もない、静かな静かな昼間のサファリパーク――。
私は想像とかけ離れたその光景に、子供心にショックを受けたのを覚えている。
貸し出された無線機みたいな機械から動物の説明だけが淡々と流れて、BGMの音楽も逆に味気なく感じた。
でも最後にはなんだかおかしくなっちゃって、お父さんと一緒に車の中で笑ってしまったという思い出がある。
なんていうか、「拍子抜けのする平和」な雰囲気が、きっとおかしかったんだと思う。
サファリパークのライオンも、フィールドの獅子も、寝ている時はこんなに静か。
憎まれ口も聞こえてこない。
(クスクス……)
あの時と同じ、拍子抜けのする平和をケンゴから感じた。
猛々しさの落ちた涼しげな横顔。相変わらずあたしに気付きもせず、ケンゴはびくともしない。
少し日に焼けた首元と顎のラインが、そよぐ風に押される髪と同じ方向に傾いている。
吹き抜ける風のような流線型の瞼を静かに閉じて、小さい寝息を立てている。
目を開けている時と閉じている時とでは、こんなにも印象は違うものなのか……そう思うくらい、荒ぶる眼光は瞼の内側にそっと収められ、穏やかに息を潜めている。
眼を閉じているケンゴ。
静かで、平和で、そしてなんだか、とってもキレイ―――
意外と沖先輩にも、負けてなかったりして。
って、あれ?……ん?
へ、ヘンに落ち着かない。なんだか妙に息が詰まる。
サファリパークの時とは、ちょっと違う気分?
そういえば初めてこんなに間近で、ケンゴの寝顔を見た。
(お……起きたら何の話ししよっかな……)
来週の合宿の話しとか?
そだ、忘れ物しないようにって言っとかなきゃね、うん。
眠れる獅子が目を覚ます前に、このヘンテコなドキドキがおさまりますように。