diary11 色んな痛み
翌日の土曜日。
この日は試合の前日ということもあって、練習は午前中で切り上げられた。
ケンゴは今日もお休みをしている。二日続けて部活に出ないのは初めてのことだ。
昨日、部活から帰ってケンゴの携帯に電話をしてみたけど、電源が入っていなかった。
きっと寝ているんだろうなと思って心に収めたけど、今朝になっても電源はOFFのままだった。
昨日の朝、廊下でぎこちなく別れたことが気にかかった。
「おーい、明日のメンバー集まってくれ~」
監督の飯田先生が集合をかけた。
「明日の試合のスタメンなんだが、上代が入れなかった場合のフォーメーションは今日の調整だけでいけそうか?」
「はい。どうであれそん時ゃやるしかないですし。でも上代、大丈夫なんでしょう?昨晩はたいしたことないって、電話であいつ言ってましたけど…」
キャプテンの太田くんが心配気な表情で監督に問う。他のみんなも同じ表情だ。
「ああ、今朝もそう言ってたし心配はないだろうよ。フォーメーションの調整も万が一の時の策だ。今日の上代の欠席も念のために俺がそうさせただけだし、そう焦るなって。不甲斐ないぞお前ら」
監督は今日の朝もケンゴに連絡を入れらしい。
監督の話しによると、ケンゴは昨日のうちにちゃんと病院に行ったとのことだった。
症状の進行は昨日以降ないという本人の申告と、監督の受けた‘比較的元気そうだった’という印象を聞くことが出来た。
あたしはホッとした。
ホッとしたけど、その反面で胸がチクリとした。
堂々と自宅に電話の出来る監督やチームメイト達と違って、あたしとケンゴのあいだは、携帯の電源一つでプッツリと途絶える。
本当はあたしだってサッカー部のマネージャーだから、いざとなれば連絡網を使うことは出来る。
でも今朝携帯がつながらなかったせいもあってか、名簿を開こうとした手がすくんでしまった。
変に意識しすぎかなとも思ったけど、やっぱりそれ以上は手が動かなかった。
そんな今朝のことを思い返して胸が痛んだ。
毎日日替わりで、色んな痛みが生まれる。
だけどその裏側の気持ちは、一向に謎のまま…
ハナちゃんがぴょこんと横に来てあたしの腕にしがみついた。
「菅波先ぱぁい…ハナ不安です。もし明日賢悟先輩が出場できなかったら… だって、賢悟先輩の代わりなんて直が出来るわけないんですから~」
直こと、直毅とは、大山くんの下の名前。
「うるせぇよお前っ、普通『頑張って』とかいうとこだろそこは」
すかさず反論する‘直’氏。
「じゃあ直は賢悟先輩みたいな迫力プレーできるの?」
「へっ!俺には俺のプレースタイルがあんのっ」
へっ、て春日じゃないんだからぁ~と、ハナちゃんはきゃははと笑った。
そんな2人は、いつもこぜり合っているようでとても仲がいい。気が付けばいつの間にか名前で呼び合うようにもなっていた。
(ハナちゃんと大山くんも…2人なりの進展を遂げていってるんだね)
極々たまにだけど、ケンゴもあたしを名前で呼ぶ。
ケンゴがあたしのことを初めて‘アツサ’って呼んでくれたあの日。あたしはあれが2人の新しいスタートラインだったと思ってる。
ケンゴとあたしはあの日から、いくらか進展しているんだろうか。
ミーティングが終わって片付けも済み、着替えを終えた部員くん達がぱらぱらと帰宅し始めた。
マネージャーの仕事も残るは鍵を掛けるのみだったし、大山くんを待たせてるハナちゃんには先に上がってもらった。
部室が空になったのを確かめると戸締りをし、鍵を返却するために教官室に向った。
教官室に入ると、飯田先生の机の上にある部員名簿が目に入った。きっと昨日ケンゴの家に電話した時に出したものだろうなと思った。
(ケンゴ、本当に大丈夫かな。それに今日は週末だ…)
体調のすぐれない今日も、ケンゴはやっぱり一人きりなのかな。
そんなことをぼんやり考えていた時、教官室の奥の部屋から迎くんが出てきた。