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diary9 フィールドに届け

背番号『9』がピッチに向かって走り出てゆく――

爽秋の空から降注ぐまばゆい陽光を纏い、たてがみが澄んだ風にたなびく。

強く、気高く、勇猛な獅子は、静かなる闘志を燃やし、タッチラインを越えていった。

精悍なその姿を、あたしは誇らしげに見ている。

誰よりも誇らしげに、はためく9番のユニフォームをあたしは見ている―


「ちょっと!?…ちょっと先輩っ、菅波先輩っ…!?」

「えっ、 は、はいはい!なぁにハナちゃん!」

思わずびくんとなってしまった。

「なぁにじゃないですよっ、ボーっと賢悟先輩ばっかり見ちゃってぇ」

「す、すいません」

ハナちゃん時計にたたき起こされた。

こんなとこで色ボケしてないでくださいよ〜とあたしをたしなめるハナちゃんは、最近めきめきと敏腕マネージャーの頭角を現し始めた。

つっこみは厳しいけど、頼りになる‘相棒’になりつつある彼女の姿を、嬉しくも思った。


先月から始まっている県大会。今日の試合はなんと準々決勝。あたしたちサッカー部はいわゆるベスト8に残ってる。

そして今日勝てば、次は決勝リーグへと駒を進めることになる。

こんな大事な日…ハナちゃんにご叱正賜った通り、ボーっとしてる場合じゃないのだ。

「はいこれスコアブック、先輩しっかりお願いしますよっ」

「はいはい〜了解しました!ハナちゃん、あたしたちもしっかり頑張ろうね」

「はい、頑張りましょ〜!」


でも、何故だろう…背番号を背負ったケンゴは不思議なほど、あたしの胸に大きく映り込む。

フィールドに立つ姿に、強く惹きつけられる。


――千尋せんじんの谷、岩山の頂に立つ一頭の獅子。

――冴え渡る夜気を切り裂くように獅子は咆哮ほうこうする。

――静かな夜に高々と唸りを上げる姿は満月に黒く映し出され、その地に安息の到来を告げるかのごとく、いつまでもいつまでも佇んでいた。

いつか観た映画のワンシーン…試合前のケンゴはちょうどこんな感じだ。

そんなケンゴの姿は、近くにいるときの何倍も大きく見えて、あたしを動けなくする。

戦いの前…研ぎ澄まされた孤高の佇まいをケンゴから感じとり、思わず息をのむ。

ベンチから見るあの後姿に、あたしはいつも釘付けになるのだ。


主審が手を挙げた。ケンゴがセンターサークルに入る。

「あ、始まりますね…」

ハナちゃんがいつになく身を縮めた。

健気に振る舞う側ら、じつは心の中はガチガチなのだ。

「ハナ、緊張しちゃう」

「大丈夫だよ、大山くんなら」

なぜならば今日、この試合から、FWに大山くんをWGウイングとして起用した‘3トップ’の形態をとっている。


引退前、沖先輩がトップ下にいた時は、オフェンス寄りの動きに伴い直接得点に絡んでくることが極めて多かった。だから最前線は、これまでケンゴと迎くんの2トップの形をとってた。

奇術ともいわれるような試合運びで、まるで魔法みたいに前へ流れを作っていた沖先輩が抜けた分、チャンスメイクへの新たなる架け橋として、素早い動きでサイドから切り込んでくるタイプの大山くんをFWに組み込んだのだ。

ケンゴや迎くんに比べて体は小さいけど、彼のきれのある動きとそこから繰り出されるパスは、ケンゴのど真ん中に良く通った。

ケンゴもチームきっての点取り屋として、その実力とCFセンターフォワードのポジションを不動のものとしている。

絶妙なポストプレーを繰り出すケンゴと迎くんコンビに大山くんが加わり、さらに新たな司令塔の太田くんも合わせて、沖先輩の抜けた穴は充分すぎるほどに埋まった。


「大山、ドジしなきゃいいけどな…」

「何言ってんのハナちゃん、そんなことあるわけないよ、今日絶対勝つんだよ…あたしたち」

「ですよね…ハナらしくなかったですよね!よ〜し。お〜い大山〜!気合入れて行けよぉぉ〜」

そうは言ったもののハナちゃんは、指先が白くなるほどに拳を握り締めていた。

あたしとはまた違った心持ちで、違う背番号を見つめる彼女。

大丈夫…きっと大丈夫。

たとえベンチからの声は届かなくても、あたしたちの想いは必ず伝わっている。


試合開始のホイッスルが鳴り響いた。

センタースポットのケンゴから迎くんにボールが渡った。

ボールと同時に、一斉にイレブンが動き始める。

「大山…」

ハナちゃんが呟いた。

あたしはペンを握ったのと反対の手で、ハナちゃんの手をぎゅっと握った。

目が合うと頷き合った。そして白線の向こうの青いユニフォームに向かって、2人で小さく叫んだ。

「頑張って…!」

「頑張って…みんな…!」


祈りよ届け。

この想いを乗せて、戦う獅子達の元へ、フィールドへ届け――


光の中、彼らは走り出す。

ボールは鋭い直線を描き、スパイクからスパイクへと移ってゆく…



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