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‐A past memory‐「サト叔母ちゃんとケンゴ」

あたしが河原の石段で足をくじいた日。ケンゴに家まで連れて帰ってもらった日のこと。

あの時がサト叔母ちゃんとケンゴの、初めての対面だった。


「あらっ、あらあらあら何?どうしたの温彩!?あなたまた怪我したのぉ〜?」

ケンゴに抱えられて帰宅したあたしに、さすがの叔母ちゃんも目を丸くした。

「え、えへへ… ただいま、サト叔母ちゃん」

「えへへって、そそっかしいにもほどがあるわよぉ〜〜」

そう言いながらもサト叔母ちゃんの目は、すでにケンゴをロックオンしていた。


「で…こちらの彼は、どちらの王子様なのぉ?」

叔母ちゃんは少女のように瞳を輝かせて聞いた。あたしに問いながらもケンゴに釘付けだ。

王子と言われて否定のできない格好(姫救出状態)のケンゴは、無表情のまま軽く会釈をして苗字だけをぽつりと名乗った。


初めて見る顔に、叔母は興味津々の様子だった。

高校に入ってずっと部活浸けだったあたしが、家に連れてきたことがある男の子といえば、瑞樹先輩を迎えに来た沖先輩と、筒井先輩くらいだった。

だから叔母は、色気のないあたしの学校生活を心配して、

「温彩ぁ〜、あなた彼氏は?若いんだからさぁ、ちゃんと恋しなきゃだめよ?沖くんみたいないい男はいないのぉ?」

と、いつもそんなことばかり言っていた。

ついでに言うと、‘色男イケメン’(自分好み)でなければダメらしい。(筒井先輩…失礼な叔母を許してください)



「ね、ね、あなたはクラスメイトさん?それともサッカー部の方?二年生、いや…三年生かしら?」

矢継ぎ早に放たれる怒涛の質問攻撃に、ケンゴは言葉を詰まらせていた。

「あの…先にこいつ下ろしたいんスけど、どこに運べばいいスか…」

「あらやだそうよね、私ったらぁ!」

そう言いながらも、「ずっと歩いて帰ってきたの?」とか、「重かったでしょう?」とか、あたしよりもむしろ、ケンゴの方を心配しているようだった。


お店のカウンターの前に下ろしてもらったあたしにサト叔母ちゃんが駆け寄る。

「温彩ぁ、本当に大丈夫? 今度は足?転んじゃったの?」

「うん…ちょっとひねっちゃって」

「捻挫です。冷やしてやってください」

「まあ、捻挫ぁ?」

「すんません、オレ付いてたんスけど」

「何言ってるのぉ、この子のドジには慣らされてるわよ。それよりもわざわざごめんなさいねぇ…」

そう言いながら叔母は、いたずらっぽい嬌笑を浮かべるとあたしに視線を移した。

(ちょっとやるじゃないの温彩〜!)そう言っているようだった。

圧のあるアイコンタクトに苦笑いするしかないあたし…

「救急箱取ってこなくっちゃ、うふふ…」またしても意味ありげに小首を傾げると、小走りで救急箱を取りに奥に向かった。


捻挫の手当てを終えた叔母の興味が、再びケンゴに移った。

「で?あなたはどちらの、何王子? 」

「い、いや…なんでもねェ普通の上代ですけど」

「ん〜ん待って…王子様というよりはどっちかと言うとぉ、護衛兵さんって感じね!『騎士ナイトさん』だわ。でしょ?頼もしい感じだものぉ〜!それで今日の温彩の送り届けは、お務めとして?それとも個人的な好意?」

「……何の話ししてんだ?」


普通の感覚で話していたら、叔母ちゃんとの会話は時間がかかる。

それじゃなくても口下手なケンゴのこと…意思疎通に苦戦するのは目に見えてる。

そういうことで、あたしは通訳をかって出ることにした。

「えとね、サト叔母ちゃん。こちらは上代賢悟くんって言って、一年の時から同じクラスで、それに…」


すると、説明の途中なのに突然サト叔母ちゃんが声を上げた。


「ケン…!?なぁに、彼ケンちゃんていうの!?やだぁ〜、私の学生の時の彼と同じ名前じゃない!まあ〜そうなのぉ〜〜!!同じクラスのケンちゃんね!!」


「っ…ケンちゃん……」

「ケン、ちゃん…!?」

叔母の発した言葉を、2人同時に復唱してしまった。

間の抜けた声が出た。

思いがけないものが突然降ってきたかのような、そんな心持ちだった。


‘ケンちゃん’……なんとも素っ頓狂な響き。

あたしたちは思わず顔を見合わせてしまった。


「つ、つか、さっきから上代だっつってんでしょ…!そのケンちゃんってのやめ…」

「初めましてぇ〜ケンちゃん!!私が温彩の叔母のサト子でェす!」

「いや、聞けよ…」


「ねぇねぇねぇ〜、ところでケンちゃんは温彩の彼なのぉ?もしそうならどうしようかしらぁ、だってなかなかのイケメンくんじゃないのぉ〜。まさか他に彼女がいるなんて言わないわよね?ね!? それはそうとケンちゃんはサッカー部じゃないの?体格いいし、絶対そうでしょ?スポーツバッグさげてるし」

「は、いや…じゃねぇ、つか、そうスけど…」

「あらやっぱり!きっと上手なんでしょうねぇ〜!ねぇ温彩、あんたの方がケンちゃんに惚れちゃったんでしょう?ね!?そうでしょ!?」


サト叔母ちゃんは、一旦気持ちが盛り上がると他の事が耳に入らなくなってしまう。

そして『一人劇場』を始める。

さらには感極まって涙したり、ころころと楽しそうに笑ったり、一人ごちたり…

とにもかくにも、賑やかな叔母なのだ。


「沖くんも素敵だけど、私はケンちゃんみたいなタイプもすごくいいと思うわぁ〜」

「おい、おまえんちの叔母さん大丈夫か?」

「ん…、ちょっと今、興奮気味みたい」


サト叔母ちゃんは37歳。今は独身。

あたしがまだ幼稚園の時。叔母は結婚して二年で旦那さんを亡くしてしまった。

しかしこう見えて、サト叔母ちゃんは、とっても強い女性なのだ。

あたしはまだ幼かったから当時のことはあまり覚えていないけど、後でお父さんから聞いた話し…叔父のお葬式でのこと。

サト叔母ちゃんは、自分を心配する人に気を使って、一切の涙を封じ、持ち前の明るさで気丈に振る舞った。

お通夜が終わり、葬儀を済ませ、火葬、初七日と一連の流れが執り行われる中一度も泣かなかった。

自分自身の悲しみより、若年で夫を亡くした自分の姿を見て悲しむ人の気持ちを憂いたのだ。


そして初七日を済ませ、来訪客が引き上げた後のこと。叔母は堰を切ったように泣いた。

小さな包みになってしまった人にすがり付き、一晩中祭壇の前で泣いた。

本当はとっても辛かった。崩れ落ちてしまうほど悲しかった。身が千切れるほど、死ぬほど苦しかったはずなのに、サト叔母ちゃんは一人になってからやっと、心置きなく泣いたのだ。

遺骨と遺影と位牌になってしまった最愛の人を想い、やっと存分に、涙を流した。


そんな人だ。

性格は果てしなく奔放だけれど、心根は優しくて温かくて、そして誰よりも強い、あたしのお父さんの妹にあたる人。

お父さが亡くなった時も叔母は気丈に振る舞い、そしてあたしを受けとめ、快く迎えてくれた人。

あの時のサト叔母ちゃんの抱擁を、あたしは一生忘れないと思う。



すっかりサト叔母ちゃんの術中に嵌まったケンゴは、お店のカウンターの椅子に座らされていた。

気が付いた時には肩から荷物も下ろされていて、目の前には飲み物が出されていた。

「………」

言葉もなくケンゴは座っている。予想外の展開に気後れしているのか、落ち着かない様子だ。

なんともいえない表情で、居心地悪そうにしている。


こみ上げてくる笑いを抑えることで、あたしは精一杯になってた。

一方、サト叔母ちゃんはというと相変わらずの勢いで、身構えるケンゴにこれでもかというほどの笑顔を容赦なく浴びせている。


「ねェ、ケンちゃ〜ん?」

「ケ、ケンちゃんはやめてくれっつってんでしょ!」

「温彩のこと、よろしくお願いねェ。そしてついでに私のこともよろしくぅ〜」

「何をよろしくなんだよ…」

「な〜にもかもよっ、ケ・ン・ちゃん!」

「いや意味分かんねェから!それにケンちゃんはやめてくれって…!」


依然と続く叔母の攻撃に少しずつ慣れてきたケンゴは、突っ込みを入れ始めている。

はしゃぐ叔母にたじたじなのは変わらないけど、段々と息が合ってきているようないないような…

苦悶するケンゴをよそに、あたしはそんな様子を見ていて、のん気にも幸せな気分に浸っていた。


父の死、新しい生活、沖先輩とのこと。そしてケンゴへの想い、それから晃くんの一件…

今日までに抱えていた様々なものが思い起こされ、そしてサト叔母ちゃんとケンゴの様子を見ていると、それが全部嘘だったみたいで……重圧感や胸につかえていた何かが溶かされていくような、そんな気がした。

そして、今は何よりも、こうしてケンゴと一緒にいられる…ケンゴがそばにいてくれている…

そう思うと、目の前のおかしな一コマが妙に胸に沁みて、鼻の奥がツンとなった。


「やだ温彩、あなた泣いてるのぉ〜?」

「は…!?何だよ、どうした!?」

「クスクス…泣いてないよ叔母ちゃん、2人が可笑しくってあたし…」

「何だよビビらせんなよ。つか、笑ってねェでお前も何とか言ってくれ」

「私に似て情に脆いのよ温彩は。ねェケンちゃん、今夜は温彩のそばにいてあげてくれるぅ?」

「じ、冗談言ってねェで…!」

「もちろん冗談よぉ〜!ケンちゃんッたらやぁねェ〜」

「もうオレ帰ります…」


この後もケンゴはすぐには抜け出せず、しばらくサト叔母ちゃんとのコントのようなやり取りを続けるはめになった。


あたしはその傍らから、 ‘笑顔’ で、それを見ていた。



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