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★ ゆっくり歩こう

利歩と別れてからずっと撫すくれたままの賢悟。

心持ち広くなったその歩幅を追うようにして、温彩は横から小さく腕を突っついた。

「ね、ね。機嫌直してくださいな、上代くん?」

そうやって呼ぶと、賢悟はようやく温彩と目を合わせた。


「…わざと、苗字で呼んだだろ」

依然、表情は物騒なままだ。

「そういうわけじゃないって、考えすぎだよ」

「ちぇ、くそ…利歩のやつめ……」

「面白いし、きれいだし、いいお姉さんだと思ったけどな。羨ましいよ」

「どこがだ!?だったらいつでもくれてやるっ。思い出しただけで胸くそ悪りい…」

温彩は逆に、思い出したら笑いが出そうだった。

「ほらほら、怒らない怒らない」


「だから――怒ってねェっつの!!」


急に立ち止まり、賢悟が語気を荒げた。

温彩も驚いて足を止めた。2人は道の真ん中で向かい合ってしまった。


利歩への苛立ちが変なとこで爆ぜてしまった。目の前の温彩と視線がぶつかる…

つい叫喚きょうかんしてしまったことに一瞬にして気詰まった。

分が悪くなると曲がる口元は、たちまちへの字を描いた。


怒ってるんだか焦ってるんだか判別できない顔の賢悟を、温彩は見上げている。

次第に賢悟は、目玉をゆるゆると斜め上に移動させた。

突き出していた首も、カクン、カクン、と二回に分けて、気まずそうに引っ込めた。

この空気をどうすれば…??そんな面持ちだ。

当惑しきった賢悟は、助けを求めるような目で温彩に視線を戻した。

「く…プッ…クスクスクス…」

温彩は失笑した。賢悟といると、何故だか笑ってばかりだ。

その度に睨まれるけれど、笑うごとに温かい気持ちが膨らんでいき、一層賢悟が愛しく思えた。


「ん、なんだよ… 笑うな…」

「もぅ、だったら機嫌直してよ…」

「う、わ〜ったよっ」

周囲からの目線も気になったのか、ぶっきらぼうにそう言うと、笑う温彩の右手をさらって歩き始めた。


賢悟が温彩の手を取ったのは、学校帰りの、あの時以来だった。

温彩の胸の中で、嬉しさと気恥ずかしさが交差する。

包まれた右の手に微弱な緊張が走る…腕に掴まるのとは、全く違う感覚。


「悪かったよ。それに疲れてねェか…急にダッシュさせちまったし」

「ん…、大丈夫…」

「そか」

賢悟の眉と口元が、優しく緩んだ。

それと反対に、温彩は思わず俯いた。


――あんた、温彩ちゃんとどこまでいってんの―?


突然、利歩が口にした台詞がフラッシュバックした。

改めて思い返すと、全身を巡る水分という水分が蒸発しそうなほどに恥ずかしい。

賢悟はジュースを吹き出していた。その心中では…どう思っていたのだろう…


温彩は落ち着かなくなり、気付かれないように、隣の賢悟を視界に入れた。

するとすっかり平静を取り戻した様子で、右手に提げていたスポーツ店の袋を歩みと共にポンポンと脛で弾いている。

ユニフォームを着ていない時にそんな事をやっていると、妙に子供染みて見えた。

その様子を見ていたら、温彩の緊張の糸もはらりと解けた。


元々マイペースな賢悟は、どこにいても瞬時に自分の世界を作り出す。

世界とはすなわち、賢悟の場合「サッカーグランド」なのだろうが、たちまちそこに、いつのまにやら入り込む。

そして、座っている時でも立っている時でも、何気なく歩いている時も佇んでいる時も、小さな時間の隙間や行動の合間、何かと何かの微々たるはざま、そういったほんの僅かな時間に、必然のように‘サッカー’と繋がる。

いつでもどこでも休日でも、賢悟は常に、サッカーと共にある。

この様子だと、きっと夢の中でもボールを蹴っているんだろうなと、温彩は思った。


その断片で、どこかで、自分のことを思ってくれているだろうか…

賢悟の中の片隅に、自分はどのくらい存在しているのだろうか…

そんな事をぼんやり考えていたら、引き寄せられた、賢悟の肩を思い出した。

そしてせっかく取り戻していた落ち着きを再び失った。


頭を振ると温彩は、顔を上げて賢悟を見た。それから声を張って話しかけた。

「ね!おなか減らない?とっくにお昼過ぎちゃったし、何か食べよっか」

「そういえば腹減ったな。オレは何でもいいよ…お前が好きなとこ選べ」

「分かった。じゃ、パスタでいい?一度行ったことのあるお店があるの。確か…牛乳もあったと思う」

「うし。んじゃそこ決定」

2人は混雑を避けた裏通りを通り、目当てのパスタ屋を目指した。

目が合うとお互いの手を引っ張り合って、体をぶつけ合って笑った。


繋がった手に思いをのせて、今はゆっくり、一緒に歩く――。

ゆっくり、歩こう。



賢悟は野菜がふんだんに入ったクリームソースのパスタを、温彩は和風ベースのキノコのパスタをたのんだ。

注文した品がきてからも、しげしげとお皿を覗き込む温彩を見て、不思議そうに賢悟が問う。

「食わねェの?何か変なもんでも入ってんのか?」


自分の料理のレパートリーに和風ソースのパスタを取り入れたい温彩は、最近様々な店の和風パスタを試していた。そして注文しては、研究に勤しんでいる。

今日ランチにこの店を選んだのも、そういう理由からだった。


「へぇ。お前、飯作れんの」

「ん〜、なんでもってわけじゃないけどね。お店手伝ってるから少しは、ね。冷蔵庫にあるもので適当に作る程度だったらちょっとはできるかな…簡単なものばっかりだけど…」

「いや、充分すげェんじゃね。オレも自炊しろとか言われっけど、冷蔵庫開けたところでチンプンカンプンだし。それ以前に調理器具が意味不明だろ。どうにかできるのは生野菜とかハムぐらいか」

「あはは、調理の不要な範囲ってことね。そういえばケンゴ、週末は一人なんだよね?」

「おぅ。超気楽」

「食事…どうしてるんだろうとは思ってたの。きちんと食べてる?本当に生野菜だけじゃないよね…」

「まさか。食ってるよちゃんと。食いモンならいつも山ほど置いてってくれてるし。じゃねェと部活中にとっくにあの世に行ってるって」


思ったよりも器用にフォークを使う賢悟に感心しながら、更に(魔王もあの世に行くのか…)と別な想像をし、こみ上げた笑いをそのまま相槌に変えた。

「そう…でね、ケンゴ。うちのサト叔母ちゃんがね、日曜日の店休日なら自由にお店使っていいからって、ケンゴを呼んで何か作ってあげればって言ってくれてるんだ」


瞬間、賢悟はパスタを喉に詰まらせた。

グラスを掴むと、ぽいとストローを外し、慌てて牛乳で飲み下した。

それからしかめっ面を作るとこう言った。

「オレ…、お前んちの叔母さん苦手っつってんじゃん……」

フォークを置いて、軽く胸をたたく。

「クスクス…そう言えば本当、まるでコントだったよ、あの時のケンゴとサト叔母ちゃんの会話」

「完全に面白がってんな、お前」


笑う温彩に、お決まりの賢悟の睨みが飛んだ。



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