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★ 賢悟の弱み

温彩は驚いた。驚いたというよりは、騒動ともとれるこの一連の事態と、ひょうたんから駒のような告白に目が白黒するばかり。


兄弟…ましてや賢悟に『姉』などというキーワードそのものが結びつかなかった。

いても不思議はないのだが、何故かそれがスッポリと抜け落ちていた。

あまり人と群れない賢悟の性質がそう思わせるのか、姉などという存在など頭の片隅にも現れなかったのだ。


温彩はしきりと瞬きを繰り返しながら、仁王立ちで向き合う2人を見ていた。

まだ心臓がドキドキしている今、側らでそうやって見ているのが精一杯だった。

そして賢悟の方も精一杯の様子だった。

鋭く攻めて切り込むタイプのFWの賢悟が、今日はどう見ても、完全にディフェンスに回っている。


それにしても……利歩の登場の仕方には、度肝を抜かれた。

それに加え、迫力と破壊力のあるキャラクター。心なしか、ガタイのいいはずの賢悟が萎縮しているようにも見える。


少しずつ落ち着いてはきたものの、温彩は相変わらず恐る恐る様子を伺っていた。

そうしていると、賢悟の背中越しに、利歩と目が合ってしまった。


目が合うと利歩は、温彩を見たまま賢悟のディフェンスをするりとかわし、ゆっくりと温彩の前に進み出た。


「改めまして。上代利歩かみしろりほよ」

種明かしはこうよ、と言わんばかりの、清々しい笑みを作っている。

そしてポケットから『上代』と書かれたネームプレートを取り出し、温彩に見せた。


「温彩ちゃんでよかったっけ?よろくしね」

「あ、は…はい。よ、よろしくお願いしますっ」

「すっかり驚かせちゃったわね。悪かったわ。うだつの上がらない弟には‘刺激’が必要なの」

そう言うと利歩は、逆毛を立てた猫のようになって反論する賢悟を尻目に、にっこりと微笑んで見せた。


(あ…)

温彩はふと、利歩の笑みに見入った。

似ている…。不意に思った。笑った時の目元が賢悟とそっくりだった。

『姉弟』というのは本当なんだ。

笑うとガラリと雰囲気の変わるところ。それに横顔の、顎のライン。

探せば探すだけ、たくさん共通点は出てくるように思う。

それに、こうして警戒を解き会話を交わしてみると、利歩は案外気さくで、人がよさそうにも伺えた。


微笑む姉に、微笑み返す温彩。二、三言会話を交わし合い、また微笑み合っている。

女同士と言うものは、こんなものだろうか。

しかも、元々人懐っこい温彩に姐御肌の利歩だ。どことなく、すぐに打ち解けそうな雰囲気の2人。

なんにせよ、賢悟にとっては、あまり良い傾向ではなかった。

自分を知り尽くした上に弟をやり込めるS気質の姉だから、この調子では温彩に何を吹き込まれるか知れたもんじゃない。

賢悟は下唇を突き出し、寄せっぱなしの眉の間に更に深く皺を作って利歩の前に立った。


「やい利歩。もうさっきみたいにはいかねェぞ。変な発言はするな」

「変な発言?もしかして‘初めての男’って言ったこと?別に嘘じゃないでしょ」

「お前……掘り下げるような持って行きかたをすんなよ……」

「ねぇ温彩ちゃん、‘初めての男’で間違ってないわよね?だって賢悟って小さい時、《ピーッ》だったし、いつも《ガーッ》だったし、それになんてったって《ニャーッ》だったのよ」

「ダァーッ死ね!!!そして二度とこの世に産まれてくるな!!!」

「クスクスクス…」

「お前も笑うなっ」


賢悟の姉・利歩は、賢悟より4つ年上の21歳。、現在は隣の県で働きながら、一人暮らしをしている。

短大に入学した時に借りたアパートに卒業後もそのまま居住しており、家族の住む自宅には戻らず、そこから仕事に通っているのだ。


今日は、働いている店とスポーツ店とのコラボイベントの準備で、この町にやってきた。

さっきの、あのスポーツ店だ。

そして、まんまとそこに買い物に現れたケンゴは、‘飛んで火にいる夏の虫’だったというわけだ。


弟をいじり倒すのが趣味のような利歩は、さっきから賢悟が慌てる様を見ては満足げにしている。

賢悟の口の悪さや悪魔発言は筋金入りだと思っていた温彩だったが、今日こうして利歩に遭い、その様から、賢悟の原点を利歩に見た気がした。

本家本元のご登場… そりゃあ賢悟もたじたじのはず。


「そもそもこんなとこで何してんだよ…」

「イベントの準備よ。さっきの店で来週から‘冬バージョン’なの」

「だったら今仕事中じゃねェのか」

「休憩中よ。なんなら3人で一緒にランチでも?」

「ことわる」

「あっそ。久々にたかってやろうと思ったのに」


利歩の働いている店は、県下でも有名なボードショップだそうだ。

大手のバックアップもあり、その企業がスポンサーとなったサーファーも数多く出入りする店らしい。

アマチュアではあるけれど、利歩もそこそこ名の通ったサーファーだった。

現在はその店でスタッフをしながら、プロサーファーを目指しているとのこと。

眉目秀麗、スタイルもよくてスポーツ万能。こんな姉が賢悟にいたという衝撃もそこそこに、温彩はすっかり利歩のファンになってしまいそうだった。


「立ち話しもなんだし…あたしは構いませんよ、ランチ」

咄嗟の言動に驚き、温彩の方にヒュンと顔を向けた賢悟。

「冗談よ温彩ちゃん。弟のデート邪魔するほど野暮じゃないわ」

今度は姉の方向へヒュンと顔を戻す。

「ぬかせっ、邪魔どころか、存分に引っ掻き回した後じゃねェか」

「そんなことないわよねぇ?」

食って掛かる賢悟をよそに、利歩は温彩に同意を求めた。

「クス… はい、大丈夫です」

そんな2人の間で、左右交互に頭を振る格好の賢悟。


「おい、こいつに関わんな。どす黒いもんが感染すんぞ」

「あら。優しい姉に向かって随分ね。いつも従業員価格で服譲ってやってんじゃない」

「譲るだァ?悪徳商法の間違いだろ!こないだの金返せコラ」

「何言っての。専属スタイリストとしての報酬も貰いたいくらいよ」

「誰が払うか!こなせてねェノルマをおっ被せるヘボ店員が!」


さっきからずっと、こんな会話が続いている。

賢悟の言っていた‘押し売り’とは、どうやら利歩のことらしい。

とうとう温彩は我慢できなくなり、下を向いて笑った。

そんな温彩に気付かないくらい、賢悟は姉弟喧嘩に夢中だった。


「クソ…ダメだ話しになんねェ。もう行こうぜ、時間と体力の無駄だ」

「待ちなさいよ。ジュースぐらいおごんなさいよね。あたし走って喉が渇いちゃった」

「じゃあ走るな!ジュースもてめェで買え」

「ケチね〜‘あたしの男’は…」

「だからその言〜方はやめろ!!‘弟’に置き換えろ!今すぐ言い直せ!」


現在の形勢はさておき、見た目の雰囲気も独特なオーラも同じ2人。

だが、その力の差は歴然のようだ。何枚も上手の姉に、完全に劣勢に追い込まれている賢悟。

(ごめんケンゴ、笑っちゃ悪いって分かってるんだけど…)

仏頂面も作れていない、すっかり疲れ果てた表情… 魔王も形無しだ。


賢悟が普段、見えないバリアみたいなものを張って人を寄せ付けないところや、どこか女の子を敬遠しているようなところも、もしかするとこうやって姉に虐げられてきたゆえの、いわゆる『コンプレックス』のようなものなのかもしれない。そう思わずにいられなかった。

「何お前までニヤニヤしてんだよ」

「してないよ…クスクス」


姉の存在は、完全に賢悟の『弱み』のようだ。


しばらくして根負けした賢悟が、自動販売機で3人分のジュースを買ってきた。

缶ジュースを片手に、それぞれ歩道のガードレールに腰を下ろした。

賢悟だけ少し、離れて座っている。

不自然な間隔を開けた3人だったが、それでも並んで路上に連なり束の間のティータイムを過ごした。


「いただきまぁす。ありがと、ケンゴ」

「おぅ…」

「賢悟、ゴチ」

「………」

「何。あんたすねてんの?」

「すねとらんわ!!!」


プルタブを乱暴に起こすと、賢悟は一気にジュースを流し込んだ。

一番喉が渇いていたのは、賢悟のようだった。


高くそびえるビルとビルの間に秋風が吹き込んでくる。

上を見上げると、ビルの隙間から四角い空が見える。

その四角い空に、次々と白い雲が流れて込んできては、隣のビル陰に姿を消していった。

利歩はそんな雲を目で追いながら、サラサラと風に髪を預けながら言った。


「で、賢悟。あんた温彩ちゃんとどこまでイッてんの?」


賢悟は鎮火放水のごとく、飲んでいたものを一気に噴き出した。

「お前もう……マジで死んでくれ………」


姉・利歩は、賢悟を遥かに凌ぐ、大魔王だった。



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