diary1 やっぱりケンゴは
「2人のあいだ」のショートストーリー版。
高校生、菅波温彩・上代賢悟の‘恋バナ’中心です。
※週一ペースでの更新予定です。宜しくお願いします。
ケンゴは思っているよりもずっと天然だと思う。
喜怒哀楽が表情から見て取りにくいせいもあるかもしれないけど、見た目や態度とギャップがあるっていうか、ヘンだと思うこと結構ある。
夕陽の落ちる遊歩道で、向かい合って腕に包まれたあの日。このまま永遠に時間が止まればいいと思った。
なのに……
「のわ」
「何?」
「血。また出てきた」
「うそ、やだ」
「お前がいきなりチューするからだろ」
病院に向かう足を急がせることになった。
それに、あれだけかっこよく立ち回った後だから余計にだったんだけど、処置室から「わた!」とか「うテ!」とか妙な声が聞こえてきたのがおかしくて……
(ちゃんと痛覚あるんだ)
全然平気だって、痛くないって言ってたクセに。
しばらくして頭にガーゼを当て、不機嫌な顔して出てきたケンゴ。
笑いそうなのがばれないよう、思わず俯いた。
ケンゴはそんなあたしを一睨みすると、その視線を自分のユニフォームに移してピッと片眉を上げた。
「汚れちゃったね。しみにならないかな?」
「さあ。こんな血だらけにしたことねえし」
「あたし、家で洗ってくる。着替えたら?筒井先輩が荷物届けてくれたから」
「おぅ。中にTシャツある」
「じゃ、開けるね」
あたしはケンゴのスポーツバックを取った。
ケンゴはいつも制服のシャツの下にTシャツを着ている。
部活の後、河原ではいつもTシャツ姿だからよく知ってる。
バックを開けたら、用具とは別にされて何枚かの着替えが入っていた。
シャツ類も余分に入ってて、その中に一枚、見慣れない「黒色」のTシャツがあった。
「体に血がついてるし、この黒のシャツでいい?」
「何でもいい。サンキュ」
待合室の長椅子にいたあたしに並んで座り、ケンゴはユニフォームを脱いだ。
そして渡した黒のシャツを受けとると、ガーゼを避けてすぽんと被った。
あたしはユニフォームを受け取って、たたんで自分のバックに入れた。
横では黒いTシャツを着たケンゴがスパイクを履き替えている。
「頭の天辺から左側らへん剃られた」
ブツブツ言いながらスニーカーに足を突っ込んでいる。
髪の毛のあいだに、白いガーゼ。
ネットを付けるのは拒んだらしい。
「ゴメンねケンゴ。ありがと……」
「ホウレン草ジュースおごれよ」
そんなのがあるかどうかは分からないけれど、できることは何でもしたいと思った。
スニーカーを履くのに前かがみになっているその背中に目をやる――
これからはずっとこうやって、傍から見ててもいんだよね?
鬣を剃られて四針縫って……そんな姿を見て‘不謹慎’だとは思うけど、ちょっと嬉しいと感じた。
それからなんとなく、ジーンとした。
こうしてすぐ隣にケンゴがいることに、あたしは泣きたくなるほど感動していた。
感激に暮れながら、ケンゴをぼんやりと見ていたとき。
(ん……?)
Tシャツの後ろ側の襟元の下に、小さいロゴが入っているのに気付いた。
(なんて書いてあるんだろ)
何の気なしにふと覗いた。白いプリント文字と小さなマーク。
少し近づいて読んでみた。
すると小さな英語の配列の上に、『魔王』という漢字のロゴが………
(やだ魔王って)
思い切りツボに入ってしまった。
もう笑いを堪えることができなくて、手で出来るだけ顔は覆ったんだけど……
「なに笑ってんだ?」
顔を上げたケンゴの左胸に、今度は縦に刷られた、少し大きめの魔王ロゴ―――
思わず長椅子に倒れ込み、声も出せずに崩壊してまった。
そのまま体を振るわせるあたし。
「何なんだお前」
ケンゴは不思議そうに問っていたけど、そのうちブスッとして‘魔王’の目つきで睨んできた。
後で聞いたんだけど、そのTシャツは、従弟の浅草土産なんだって。
でもケンゴは気にもせず、涼しい顔をして着て帰った。
(ねぇケンゴ、 小学生の従弟に看板背負わされてるんだよ?)
笑いを堪える頬が痛い……
やっぱりケンゴは、「ヘン」だと思う。