第七話
次の日、ティアナは初授業を終えて噴水の前で涼んでいた。
この国は大陸全土のそれぞれの地域と比べるとそれなりに気温が高く、室内も決して涼しい訳ではない為、ベルティーユ王国では気温に困らない筈のこの季節でも涼しい場所は必須だ。本来なら服を脱げばいい話なのだが風紀を保つという理由から学園に通う女生徒は半袖になることを許されず、薄い素材ではあるもののきちんとした上着を羽織らないといけない。制服をアレンジすることは構わないのに今更風紀などと言うのは…とティアナは思ったのだが、どうやらそれは建前で、実際には日傘を持ち込めない為に一般的には好まれない小麦色の肌や焼け跡を防ぐという目的からできた規則らしい。
そのような様々な理由があって、休み時間――特に今のような昼休憩の時間はここに集まって各々で休むのが通例のようだ。
しかし、色々と忙しいティアナのことだ、決して休んでいる訳ではなかった。
彼女は現在、沢山の生徒達に囲まれて情報収集に努めていた。先ほどの情報も、今さっき聞いたことだ。
「それにしても何故、学園内は日傘の持ち込みが禁止なの?」
「それは、少し前に日傘が原因となった事件が起こったからです」
傍にいるエリーザが丁寧に応対する。
「今から十年ほど前でしょうか。ある貴族令嬢の後ろに控えていた侍女が、主人の日傘を使って彼女を刺殺した、という出来事がありまして」
ティアナを囲んでいた者達がエリーザのはっきりとした物言いに眉を顰めたり、その様子を想像したのか顔を青ざめさせた。
前者は主に子息が、後者は令嬢が取った行動であったが、ティアナはむしろエリーザの態度を、そして名も知らぬ侍女の殺意を好ましいものだと感じていた。
「そうだったの……」
侍女の動機は言わずもがなだ。主人に対する強い憎しみ。恐らく相当酷い扱いを受けていたのだろう。誰かに命令されて起こったことであればこの場で簡単に口に出せることではなかった筈だ。
(安易な復讐ね)
そんなことを思いながらも、ティアナは胸を痛めずにいられなかった。
そしてそれと同時に、あの鋭い凶器を振り降ろし、死ぬほど憎い相手が自分に慈悲を乞う姿を想像した。無意識に、その令嬢が憎き聖女と重なる。
「被害者は新興貴族出身の令嬢だったそうです。侍女はその場で取り押さえられ翌日に斬首刑で処刑されました」
「可哀想なご令嬢……」
生徒の一人が呟く。彼女は恐らく本当に可哀想だと思っているのだろう。
そんな言葉を聞きながら、自分の生首がゴロリと転がったあの瞬間を思い出してしまったティアナは、思わず口を押さえた。
「王女様、すみません、休憩中にこんな話をしてしまって」
具合が悪くなったことを察したエリーザが謝罪するのを、ティアナは「大丈夫よ、初授業で少し疲れてしまっただけなの」と凌いだ。まだ聞きたいことがあるのだ、こんなことで体調を崩してはいけない。
「……ところで、メイベルさんという方がいらっしゃったでしょう? 彼女はどんな方なの? 随分と高貴な方々に囲まれているようだけど」
すると、まさにそれが話したかったんだとでも言わんばかりに多くの生徒達が身を乗り出して口々に話し始めた。
「彼女はコーム男爵の養子なんです。新興貴族の、しかも平民出身の癖に、殿下達に取り入っているんですよ。下賤な身をしてここに入ってしまったせいか調子に乗っていて」
「でもあの方々は少しもメイベル嬢を疑っていないどころか惚れこんでいるんです。特に殿下などは、エリーザ様という素晴らしい婚約者が居ながら……政治はできてもとんだ浮気者だということで社交界では重鎮達に蔑視されているそうですわよ」
「それに彼女は俺達下級貴族には見向きもしない上に、殿下達がいない時は無愛想になるんです。それを注意すると、後で彼らがやってきて俺達の方が叱られるんですよ」
(へえ……てっきり男生徒を全員虜にしているのかと思っていたのだけど、どうやら的を絞っているようね)
――ここまであからさまに差別しておいて、どうしてエリーザを貶めることができたのだろうか。
そんな疑問が膨らむ中、それまで黙っていたエリーザが口を開いた。
「しかし、それも今日で終わりのようですね」
周りの生徒達も頷く。
その意味が分からず、ティアナは思わずメイベル達の方へと視線を向けた。メイベルは至って幸福そうに無邪気に微笑んでいるが、一方でディルクはそわそわと辺りを見回し、残りの三人はちらちらとティアナのことを見ている。そしてメイベルも次第にそれに苛立ってきたのか四人に突っかかって、挙句には令嬢達に囲まれているアレクシスの方へ媚を売りに行ってしまった。
(亀裂が、生じている……?)
このままだと時間の問題だ。メイベルは恐らく誰にも相手にされなくなり、ディルクはフローラと仲良くなって、アルフォード達は地位目当てで(或いは容姿の関係かもしれない)ティアナを取り巻くことになるだろう。
――まずい。
逆にこの状態を悪化させることが難しくなってしまった。自身の手で復讐をすることが敵わなくなってしまう。その上、こんな生ぬるいものは復讐とも呼べない。更に言ってしまうと過去と大きくズレが生じたことでエリーザが助かる筋道を立てることが難しくなってしまった。ティアナは内心頭を抱える。
しかし。
次の日、ティアナはそれが杞憂であったことを、最悪の形で知ることになる。




