第一話
◇ ◇ ◇
「―――――――っ!」
――かつての親友の首が飛んだのと同時に、ティアナは自身の悲鳴を噛み殺してぱちりと目を見開いた。行き場のないやるせなさと怒りを感じ、汗で濡れた手を握り締める。
昨夜確かに薬を何粒か飲んだのに、久しぶりに過去の悪夢を見た。もしかしたら、もう薬の数が足りないのかもしれない。
(この前増やしたばかりなのに……)
頭を押さえて、ティアナはベッドから起き上がった。それと同時に、夢の中――『未来』の出来事を反芻し、激しい憎悪を心に宿しながらも耐えるように唇を噛む。
ジェネットは殺した。次は――罪に問われるべきではなかったあの子を救わなければ。
今度は殺さない。殺してやらない。じっくりと痛みつけて、死よりも残酷な地獄を味わせてみせる。
「全員――全員、壊してやる」
ティアナの唯一無二の親友、エリーザ・ヴァーネイド。
彼女は平民出身の男爵令嬢に嵌められ、幼馴染にも兄にも愛する人にでさえ無実を信じてもらえずに、冤罪で死刑囚になった少女だった。
(それなのに――私の代わりに死んでしまって)
あの子は、まだまだ生きていけただろうに。
ティアナはエイミーにドレスを着せてもらいながら、そっと目を伏せる。
(シエルも――私を置いて、約束を守らずに、勝手に死んで)
『絶対に迎えに来る』と、そう言ってくれたのにも関わらず。
(本当に二人とも、ただの馬鹿だわ)
「――終わりましたよ、ティアナ様」
「ありがとう、エイミー」
ティアナはエイミーにお礼を言った後、その場を立ち上がった。
――あの時、ティアナはエイミーを突き放せなかった。ただ、どちらでもいいとでも言うかのように沈黙を貫いた。
でも、駄目だ。ここまで来て同じ轍を踏むわけにはいかない。
他を全員救えたとしても、エイミーだけが死んだら意味がないのだ。
「そういえばティアナ様、今日はいつも以上に豪華なドレスを指名されましたね。どこかにお出掛けになられるのですか?」
「ええ、少しお父様に話したいことがあって……その後に、シ…第四皇子のもとへ行こうかと」
「第四皇子様、ですか」
裾を整える手が止まったのを見て、ティアナが首を傾げる。
「……エイミー?」
「ああ、いいえ、なんでもありませんよ」
「……そう」
(なにかあったのかしら?)
疑問に思ったその時、ティアナはエイミーが手紙の受け渡しを担当しているのがエイミーだということに気が付いた。
(エイミーが手紙の中身を見ている? ――いいえ、もしそうだとしたら、開けた跡が残るはず)
手紙に封をする時は、王家の紋章の封蝋を捺している。封蝋は本来中身が手つかずである証明を兼ねているものなので、開けたら必ず分かるだろう。
開けた形跡があることにシエルが気づいたら、きっとティアナに知らせるはずだ。
(もしかして――シエルと、話をしたの?)
「――――留学?」
「はい」
王家の人間で揃って朝食を摂っている最中、ティアナはこくりと頷いた。
ちなみに『王家の人間』には現在王宮に滞在中のアレクシスも含まれており、留学という言葉にも敏感に反応を示していた。
「それはまたどうしてだ?」
「勉学について、今一度深く学びたいのです。ダライア王国の聖アマーリア学園の生徒達は淑女や継子としての在り方を追求するだけではなく、文官や大臣などの職を目標としている方が多くいると耳にしたので」
もちろん第一の目的はエリーザと再び情を移されない程度に友好関係を結んだ上で、エリーザの冤罪を回避し、彼女を貶めた者達に復讐をすることだが、勉学に励みたいという言葉も嘘ではない。
前の時間軸で、ティアナは全くと言っていいほど勉強をしなかった。故にこの国で今起こっている政治的出来事などが上手く理解できず、シエルと過ごしていた時期は非常に困っていた。勉強しておけばよかった、と悔やむこともままあったのだ。
(今後何かに役立つかもしれないし……やっておいて損はないわ)
また、アースが集めてくれた情報によると、現在聖女はここから少し距離のある場所にいるらしい。時間が遡る前のことも考えて軽く見積もっても、彼女がここにくるまで三年はあるだろう。
獄中でエリーザが語った話のうちで、ティアナは自分がエリーザと同い年だということを知っていた。例えそれが定かではないとしても、エリーザが死んだのはティアナが処刑された一年前、エリーザが監獄に入ったのは三年前……と計算していっても二人は同学年。恐らくティアナはエリーザと同じ二年生として編入することができるだろう。
まだ、まだあの悲劇まで時間はある。大切な人達の中で一番早くに死んだ、今ティアナのことを不安げに窺っている母のカロリーヌが病死するのも一年後なのだ。
だから大丈夫。きっと、きっと……。
「……留学は、認めよう。――但し、二つ条件がある。
一つ目は、一年以内には帰ってくること。二つ目は、同伴者を付けることだ」
「同伴者……ですか?」
「ティアナ、そなたはこのベルティーユ王国の王女なのだ。一人で他国に行かせるわけにはいくまい。メイドは別として、同伴者を一人以上付けなさい。もちろん、その者も一緒に留学してもらうことにする」
「……!」
ティアナは想定内のようで想定外の言葉に、一瞬目を見開いた。
実は同伴者の件は、言われなくとも考慮していたのだ。食事を摂り終わったらシエルの所へ直々に行こうかと考えていたのは、一緒に留学してくれないかと提案する為だった。ティアナとシエルは現在協力関係にある。ジェネットの時はいきなりで仕方がなかったが、計画的に大きく行動をする際にはシエルも利用するだけ利用したいと考えていた。
それにしても、まさかジルベルトがそう言ってくるとは……それだけ、心配してくれているということなのだろうか。
と、その時だった。
「僕が同伴しても構わないでしょうか? 国王陛下」
「私も付いていきたいです。二人だけではどうも不安なので」
「わ、私も――っ!」
「……え?」
一斉にあがった声に、ティアナは思わず困惑した。
これまでの一年間と少し、ティアナは三人に素っ気なく対応してきた。
それなのに……
「……ロザーリオ。そなたは王太子としての務めがあるゆえ、留学は認められない。フローラと王太子殿下は……別に構わぬ。好きにせよ」
「あっ、ありがとうございます、お父様!」
「感謝申し上げます、陛下」
「……」
「……王太子殿下、貴方はディアランド王国の国王陛下に許可を頂いた方がいいのでは?」
「陛下の言う通りですね。僕は一度王国に戻ります」
不満そうな顔をするロザーリオを他所に会話をする二人を呆然と見ながらも、ティアナは呟く。
「…………シエルは、今回は要らないかしら」
(利用する形とはいえ協力関係を築いたのだから、なんだか申し訳ない気もするけれど……)
というか、と、ティアナは思い直した。
(アレクシスとフローラが一緒にいたら迂闊に行動できない上に、必然と接触も増えることになる……、例えシエルを誘ったとしてもこれでは利用すらできないわ。
よく考えたら、デメリットしかないじゃないの……)
「あの……お父様」
「なんだ?」
「王太子殿下とフローラは、その……同伴して欲しくない、というか……」
「……なぜだ?」
それぞれの視線を一斉に受けながらも、ティアナは小さく答えた。
「………………なんとなく、です」
「……」
(理由が思いつかないわ……どうにかしてこの状況を奪回しないと……)
「いいえ、あの、その……実は……」
―――その時、ふと、ティアナは思いついた。
(そうだ、そうだわ!)
「す、好きな人と一緒に行きたいのです!!」
―――瞬間、場内の空気が凍りついた。
(…………あら?)




