第十三話 エイミー・ララの二回目
「ティアナ、様」
縺れる足を必死に動かしながら、私はティアナ様の後ろ姿に呼びかけた。
色々なことがありすぎて、頭が現実に追い付いていない。
自分のこと、シアお姉様のこと、ジェネットのこと、そして、ティアナ様のことも――――
今まで失っていた記憶はちゃんとあるし、それと現実が食い違っているわけでもないのに、大きな絶望と無機質な感情が私を離さない。
――あぁ、このまま全てを忘れてしまえればいいのに。もう、二度とこんなこと、思い出したくなかったのに。
薬。心を落ち着かせてくれる、あの薬が欲しい―――
「それ以上は駄目よ、エイミー」
「えっ?」
朦朧とした思いから現実に引き戻されて、私は思わず足を止めた。
もしかして、薬のことを声に出してしまっていたのだろうか。
「このままだと依存症になってしまうわ。記憶に蓋なんてしなくていいから、エイミーは今のままでいいのよ」
そこに引っ掛かりを覚えて、ティアナ様の後ろ姿を見つめる。
……私『は』?
「それでは、ティアナ様は……?」
「……私はもう、」
―――いいのよ、と、ティアナ様は呟いた。
私は一瞬薬のことを忘れて、薄っすらと霞んでゆく瞳にティアナ様の何の感情もない後ろ姿を映した。
壊れきった心は、修復し得ないものだ。私だって、例え薬をやめたとしても、このぽっかり空いた心を埋めることは一生できやしないだろう。
でも、それでも、私は―――ティアナ様に、幸せになってもらいたい。
急に私に優しくなったと同時に、突然壊れてしまったティアナ様。
心から愛していたはずの王太子殿下を、家族を、突き放した、敬愛している私の主。
ティアナ様は今回のことも、あの女――ジェネット様のことも、何もかも知っていた。
だから、きっと、私のことも全部知っているのだろう。
それなら――今、聞いてみてもいいのかもしれない。
――――なんとなく、答えは分かっていた。
でも、それでも、縋るように尋ねた。
「私は、ティアナ様の……かけがえのないメイドに、なれていますか……?」
「――――私にとって、エイミーは……望みもしなかった、ただのメイドよ」
突き放すように、ティアナ様は言う。
――あぁ、やっぱり。
私のことも、ティアナ様は突き放した。
でも、私は―――
「―――愛しています、ティアナ様」
「え……?」
どうか、私のことだけは突き放さないでください、ティアナ様。
ティアナ様が目を見開いて、こちらを振り向くのが見えた。
私を拒絶しているのが分かる。こないでと、心の底で叫んでいるようにも見えた。
でも、だからこそ。
『私には分かるの。だって私は――もう死んでいるから』
ティアナ様が壊れた日、私を抱きしめてくれた日に、ティアナ様が言われた言葉。
あの言葉は、きっと、嘘じゃない。
あの一夜で何があったのかは、一介のメイドである私には分からない。
でも、きっと、突き放された手を握ってあげることが、私にできる唯一のことなのだと思う。
「ティアナ様がどう思おうが、私にとって、ティアナ様は最愛の主です。
――だから大丈夫ですよ、ティアナ様。身勝手ながら、生けるときも、死ぬときも、私だけはずっと貴女様のお傍にいますから」
――――遥か昔、若しくはその未来に、同じような約束をしたような、そんな気がした。
そんなことは、あり得ないと首を振って。
それでも、ティアナ様の手を取って。
「ティアナ様の為に死ぬ人生を――私は、望みます」
今は亡きシアお姉様も、きっとそれを喜んでくれるだろうから。
これにて第一章は終了です。
第二章では、ティアナちゃんと誰かさんがとある学園に留学します。一章と比べてざまぁは強め。




