幕間 元貴族メイド、ジェネット・ホーティンの忘却
少し昔、私がまだ幸せだった頃のこと。
専属メイドであるアンナは、いつもいつも、私の頭を優しく撫でてくれた。
私が頬を綻ばせると、アンナも微笑む。そのあたたかい瞳を私に向けて、ぎゅっと抱きしめてくれた。
その愛溢れる行為が、私にはとっても嬉しかった。
そんなアンナとの会話の一つ一つは、今でも全て鮮明に覚えている。
例えば、誕生日の日。アンナがプレゼントをくれた時のこと。
私はプレゼントを眺めながらアンナの説明を聞いていた。
『幸福の、壺?』
『そうですよ、お嬢様。黄金の壺は、幸福を呼ぶと言われているのです』
そう言ってアンナがくれたその壺は、今でも大事に持っている。
お母様とお父様は、とっても優しい人達だった。
お互いのことを深く愛し合っていて、なにより私のことを愛してくれていた。
家族の団欒の時間はとっても楽しくて、その日起こった出来事をそれぞれが話すことが日課だった。
『お母様とお父様、今日はね、庭で青い花を見つけたの!』
『そうなの? 偉いわねぇ、ジェニーは』
『どれどれ、お父様に見せてくれ』
その青い花――レリフェは、今ではお気に入りの香水に混ぜて、薬として使っている。
私にとって、アンナは大切な存在だった。優しいお母様とお父様は、大好きな家族だった。
それなのに――いつからだろうか? この感情が『恋』に変わっていってしまったのは。お母様とお父様を、邪魔な存在だと思うようになったのは。
「ぅ―――――ぁああああああああああああああああ!!」
腕が痛い。足が痛い。腹が、臓腑が、頭が痛い。
嫌だ嫌だいやだ、まだ死にたくないッ!!!
死ねない。死にきれない。あの女に、エイミー・ララに、絶望を味わせなければ。
頭が麻痺して、もう何故彼女を憎んでいるのかすら分からない。
でも、許さない、許せない、許すもんですか―――――!!
――――そう思った時、頭に冷水をかけられるような衝撃を受けた。
そうだ、私、お母様とお父様を殺して―――
「あ、ああ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――――っ!」
『ジェニー、お誕生日おめでとう』
お父様。
『ジェニー、大好きよ。これからもずっと、お母様とお父様の傍にいてね』
お母様。
私が、ぜんぶ、やったのに、
『愛しているわ、ジェニー』
お母様は、私を抱きしめて。
『あ、い……し…………』
お父様は、私を庇って。
私は、二人を嘲笑った。
「ふ、ぐっ…………おか、さま、おと…さ、ま」
全部、私のせいだ。私が悪い。私が、アンナを愛したせいで。
ぁああああああああおかあさまおとうさま! いやだいやだはなれないでしなないでうそうそうそうそうそだ、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいいたいよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ
「ぅあ…………いっ…………こ、ころ、す―――――ッ」
殺す殺す殺す殺す殺すコロス殺す殺す殺す殺すコロスコロス殺す殺す殺す――――あ、れ?
だれを、ころせばいいの?




