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やり直し王女はみんなを幸せにしたい  作者: しののめ。
第一章 平民メイド、エイミーの幸せ
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第八話

 ティアナがドレスを脱ぎ終え、髪飾りを外し、温水を浴びて寝支度を済ませた後のこと。

 ネグリジェを身に纏ったティアナは机に向かい合っていた。何やら菫色の紙に黒いインクで筆を執っており、その表情は何故か楽しげだった。

 ティアナはしばらくしてペンをインク壺に戻し、紙を封筒の中に入れると、近くで寝台を整えているエイミーを呼んだ。


「エイミー、これを秘密裏に帝国の第四皇子のもとに届けてくれる?」


「えっ? ……第四皇子様、ですか?」


「ええ、そうよ。あの方は離宮に住まわれていると思うから、誰にも知られずにそこまで届けて欲しいの」


 本当はこの役割は少々過労なので別の者に頼みたかったのだが、エイミーを通達者にすることで、彼女が王宮にいる時間が少しでも減ると考えるとこの案は得策だった。

 ちなみに何故手紙にしたのかと言うと、突然会って話をするのは婚約を解消したばかりであるという意味も含めて醜聞が悪いと考えたからである。


 ティアナは困惑しているエイミーに、更なる後押しをした。


「給料はもちろん別途で出すわ。安全の保証もする。だから、お願いできるかしら?」


 すると、エイミーはスッと手を差し出して手紙を受け取る。


「もちろん、ティアナ様のご命令とあれば必ず成し遂げて見せます。……が、不躾ではありますが、質問を一つ宜しいでしょうか?」


「……ええ」


「どうして、帝国の第四皇子様なのでしょうか? 今夜の舞踏会は、他国の方は一切招待されていないはずですが?」


 珍しく真面目な顔で、エイミーがティアナの瞳を覗き込む。


 ティアナがその返答に迷い、しかし意を決して口を開いた――と、その時。



「ティアナ!!」



 聞き覚えのある声に、ティアナは目を瞬かせた。

 一方、突然の乱入者に警戒してエイミーが手紙をサッとポケットに忍び込ませ、ティアナの前に立つ。


「……ディアランドの王太子殿下。ここはティアナ様の自室です。早急に退出なさってください」


「黙れ、たかが一メイドが。僕とティアナは婚約者同士なんだ、部屋に訪れるくらい普通だろう」


「もう破棄されているではないですか。いくら王太子殿下といえど、未婚者であるティアナ様の部屋に入るなど言語道断です」


 エイミーと乱入者――アレクシスが睨み合う。ティアナはそっとエイミーの服の裾を握ってじっと二人の様子を窺っていた。その額には冷や汗が流れている。


(どうしてここにアレクシス様がいるの!? もしかして、シエル様みたいに侵入していたとか? 私が面会を拒絶したから? ……でも、そこまでして私に会う理由がどこにあるというの?)


 ティアナが思考を巡らせながら苦悩する中、アレクシスが今までと打って変わった優しい声を上げた。


「ティアナ、二人だけで話があるんだ。だからこのメイドに出ていくよう、命令してくれないかな?」


 急に話題を振られて、我に返って思考を無理矢理遮ったティアナは、改めて聞いたアレクシスの声音に違和感を感じた。


(なんだか、いつものアレクシス様と違う……?)


 こんな我儘な自分にも優しく接してくれるアレクシス。彼にしては、珍しく怒りに近い感情を表に出していた。……否、これは、焦りというべきものだろうか?

 ティアナにはそれが分からなかった。だが――何故か、全身が凍るような恐怖を身体で感じた。

 エイミーの背中越しに見える金髪の少年はどう見てもいつものアレクシスだった。しかし、その瞳は昏く翳っているように見え、纏っている雰囲気は殺気とも言っていいほどの禍々しい何かが感じられる。


 エイミーもそれを感じたのだろう。気丈な言葉と口調とは裏腹にじりじりと足を後ろに後退させつつも、ティアナを守るように立ちはだかっていた。


「ティアナ」


「……」


 ティアナがどうしたらいいのか分からず、黙り込んでいると。


「……っは、はぁ、はぁ……ティアナは、どこだ?」


「……お兄様?」


 荒く呼吸をしながら扉の前で忙しなく視線を動かす兄を見て、ティアナは思わず声を漏らした。

 ロザーリオは運動が大の苦手だ。きっと不慣れに廊下を走ってでもしたのだろう。


 ――と、そこで、ティアナは先ほどロザーリオの周りを漂っていたものの存在を思い出した。そして、今はそれが無くなっていることを知って安堵する。幾つか疑問点は残ったが。


(結局あれは誰の仕業だったのかしら。あの時近くに神官がいたの? それとも、意図的……あるいは無意識に、お父様とお母様とフローラの誰かが仕掛けたことなの?

 ……それに、お兄様に一体何の力を使ったのかも気になるわ。ジェネットが口止めされていた時も思ったのだけれど、神聖力には癒す力以外にも何かあるのかしら……?)


 再び思考の海に沈みかけたティアナであったが、今はそれどころではないということを思い出す。

 気が付けばエイミーを退けて――ティアナの兄ということもあり、エイミーが許容したのかもしれない――ロザーリオが目前までに迫っていた。

 久しぶりに直視したロザーリオに対して、突然様々な感情が込み上げてくる。ティアナはそれを無理矢理押し込めた。


「ティアナ、私に教えてくれ。今日の舞踏会で何があった?」


 一瞬ドクンと胸が跳ねたが、何事も無さげに淡々と答える。


「特に何も」


「…………ティアナ、例えば――変な男に目を付けられたとか、そういうことはなかったか?」


「……いいえ」


 きっとシエルに連れていかれたことを言っているのだろう。無表情を貫いて小さな声でそう言うと、ロザーリオはため息をついてティアナから離れた。


「……分かった。だが、何かあったら私に言うんだぞ」


 そう言われて、ティアナは思わずロザーリオに訝しげな視線を送ってしまう。記憶の中にあるロザーリオと今の彼があまりにも違いすぎて、本当に彼なのか、まだ神聖力に取りつかれているのではないかと思ってしまった。

 焦りに混じる、少しだけ優しさの滲んだ声。――それは、ロザーリオが死ぬ少し前に一度だけ聞いたことがある声だった。


 それを意識した途端、急に胸が熱くなった。

 出来ることなら抱きつきたい。「ありがとう」と、()()()()お礼を言いたい。心ゆくまで、たくさん話がしたい。


 それは、アレクシスに対しても同じだった。

 でも、そんなことをしたら変な顔をされるに決まっているし、何よりティアナ自身の決別がつかない。


 シエルに言った通り、ティアナはこの復讐が終わったら潔くこの世からいなくなる予定なのだ。シエルが殺してくれなければ、自分から命を絶つ。そう決めていた。


 未練なんて残したくない。絶対に残さない。

 でも、ティアナに想いがあるばかりにティアナの後を追うものがいてはいけないのだ。これは、アレクシスと婚約破棄をした理由の一つでもある。

 エイミーの場合はもう手遅れかもしれない。だが、ティアナはエイミーの地雷を()()()()()。それを踏み抜けば、エイミーはティアナを嫌いになるに違いない。


 取り敢えずロザーリオの言葉には無視を決め込んでいると、とある人物が声を上げた。


「義兄上、しばしティアナと二人きりにしてくれませんか?」


 エイミーが不躾ながらも必死にロザーリオに向かって首を振る。ティアナもそれは嫌だと顔を強張らせた。


 しかし―――


「駄目、と言いたいところですが……認めましょう」


「っ!?」


「おっ、王太子殿下!! 申し上げますが、そんなことをされては、ティアナ様が――」


「メイドは外へ」


「っ………畏まりました」


 エイミーは俯き、ちらちらと二人の方へ視線を送りながらもそのまま扉の向こう側へ行ってしまった。ロザーリオもそれに続く。


「……」


「……」


 ――気まずい沈黙の中、突然アレクシスがスッと手を差し出してきた。

 ティアナが戸惑っていると、アレクシスはそれも厭わずティアナの顎をやや強引に掴み、上に持ち上げる。


 カチリ、と視線が合った。


「――ティアナ、どうして」


「……え?」


「どうして、婚約を破棄したの? 僕、なにかした? なにがいけなかった?」


 アレクシスの昏く蒼い瞳に呑まれそうになりながら、ティアナはただ動けずにいた。

 辛うじて、小さく声を絞り出す。


「……教え、られません」


「ふぅん……そっか。じゃあ、少し痛い目を見れば教えてくれるのかな?」


 明らかに危険なものだと分かるその低い声音に鼓動を高鳴らせる自分を否定するように、ティアナは拳をぎゅっと握った。

 耳元で囁くアレクシスの声は蕩けるように甘く、ティアナは小さく体を震わせる。こんなことをされたのは、前を含めても初めてだ。

 いつもとは違うアレクシスの姿にでさえ体が勝手に反応する。今のティアナにはアレクシスを突き放すことさえ出来ない。


 アレクシスは当然のことのように、ティアナのことを抱きしめた。



「―――絶対に逃がさない。君はずっと、僕の傍にいて僕を満たしてくれていればいいんだ」




 ――ふと気が付けば、ティアナはその場にへたり込んで呆然と彼が消えた扉の向こうをぼんやりと眺めていたのだった。





 ロザーリオは扉の外でため息をついていた。その理由は、アレクシスの態度にある。

 先ほどまで焦りを全開にしていたのにも関わらず、ティアナの姿を見た瞬間にアレだ。陛下が――ジルベルトが危惧するのも頷ける。


「ティアナ様……」


 隣では、不安そうな表情をしながら主の名前を呼んでいるメイドがいた。


(確か名前は――エイミー・ララといったか)


 彼女はティアナの専属メイドだ。平民出身で、その才能は特出していると聞いたことがあった。

 数か月前から明らかに態度が変わったティアナは、このメイドばかりに懐いている。ロザーリオはこの機会にと、エイミーにあることを尋ねることにした。

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