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やり直し王女はみんなを幸せにしたい  作者: しののめ。
第零章 人生の終わりと幸福の始まり
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プロローグ

 王国歴1937年の、ある冬のこと。


 騎士達の蔑むような視線を受けながら、ベルティーユ王国の第一王女であるティアナ・アルテネ・フォン・ベルティーユはその場に跪いた。


 目の前には断頭台、周りを見渡せば王侯貴族達がいる。


 短く切り揃えた髪が静かに靡いた。拷問の末にぼろぼろになった布切れのような服を身に纏っているティアナは、寒さに震えることなくその場を動こうともしない。


 しかしその心は、絶望に打ちのめされていた。瞳は光を失い、美しく儚い薄紫の色彩が行く宛もなく空洞を彷徨う。


 ―――殺人未遂罪。それがティアナの罪状だ。


 しかし、ティアナは自ら人を殺めようと画作したことなど一度もない。間接的に人を死に追いやったことはあっても、普通その程度で死刑にはならないし、今回は物的証拠も何もないのだ。

 それなのに、この滅茶苦茶な冤罪が成り立つのは何故かと言うと――ティアナには‘‘信頼‘‘が圧倒的に足りなかったからだ。


 気に入らなかったメイドはすぐ首にしたし、庭師が丹精込めて育てた薔薇は面白がって踏み潰した。国税で美味しいものをいっぱい食べて、ストレス発散の為に使用人に暴力を振るった。


 ティアナは、そんな我儘王女だった。権力を振りかざし、無理矢理我儘を押し通して気楽に日々を過ごしていた、国民や貴族達からなんの信頼も得られなかった無能で馬鹿な王女だった。

 だから、周りの者達はティアナが罪を犯したと信じて疑わなかった。ただ、それだけの話だ。


 自分を貶めた人々が憎くないと言えば嘘になる。けれど、それ以上にティアナには‘‘こうなっても仕方がない‘‘という思いがあった。


 失って初めて気づいた。みんなが、どれほど自分のことを大切にしてくれていたのかを。

 失って初めて気づいた。自分が、どれほど愚かだったのかを。


 ティアナの首が落ちるのを今か今かと待ち焦がれている人々の視線ですらもうどうでもよくなってしまって、今この場にいない、大切な人達のことを想ってティアナはその端正な顔を歪めた。


 あの頃の自分はなんて愚かだったのだろう。自分のくだらない我儘を突き通したせいで、大切な人達を次々と失って、果てには自分の命でさえも滅ぼすことになってしまった。

 罵詈雑言を吐き、権力行使や贅沢三昧を繰り返してきたティアナに寄り添ってくれたのにも関わらず、ティアナはそれを突き放した。本当は気づいていたのにも関わらず、その愛に応えることもしなかったのだ。くだらないプライドで、王女としての自分の苦悩など誰にも分かりやしないと思い込んで、一人で勝手に殻に閉じこもっていた。


 そんなティアナが初めてその殻から出てきたのが、最後まで寄り添ってくれた人達が死んだ時とは、笑えない皮肉だった。


「ごめん、なさい……」


 王侯貴族にも騎士にも聞こえないほどの小さな声で、そっと呟く。


「ごめんなさい……っ」


 すっかり冷たくなってしまった頬に涙が伝った。

 思わず俯き、枷を付けられた手足を震わせる。周りの人々がそれを見て嘲笑ったように感じられたが、そんなことを気にする余裕はなかった。


 ―――今は亡き妹の姿が、目に浮かぶ。


 憎たらしい反面、不器用ながらティアナを大切に思ってくれていた、兄の姿も脳裏に浮かんだ。

 他にもたくさんの人々の姿が、目の前に広がる。

 ―――全員、ティアナのせいで命を落とした人達だ。


 今までのことがまるで走馬灯のように頭の中に流れていった。

 そして―――唯一まだ死に至っていない、最愛の人のことだって、ティアナの涙を溢れさせる原因となった。


 あの人は今、元気だろうか。ティアナが死ぬことを知って、喜んでいるのだろうか。それとも、悲しんでくれているのだろうか?


 そんな考えが頭に浮かんだが、今の自分がそれを知ってもどうしようもないことを今更ながらに思い出し、再び目を伏せる。


 何を想い、何を考えたとしても、ティアナは彼とはもう会うことができないのだから。


 そう思うと、余計に涙が溢れた。視界がじんわりと滲み、ぼやける。



 そんな中、無情にもティアナは断頭台の上に首を乗せられた。ガタンッ、という音が響き、刃が落ちてくるのだと静かに悟る。


「この場を期して、ティアナ・アルテネ・フォン・ベルティーユを死刑に処す」


 かつて自分の頭を優しく撫でてくれた、大好きな父の冷たい言葉とともに、ティアナの視界がぐるりと回った。血飛沫が宙を舞う。


 ―――後悔の念と懺悔を共に、ティアナの命はゆっくりと消え失せた。






 はず、だった。






 ◇ ◇ ◇






 ぼやけた視界のままに、ティアナは目を覚ました。本能的に、ゆっくりと起き上がる。

 ふと部屋の奥に視線を移すと、見覚えのあるメイドがティアナのお気に入りの金色の壺を興味津々と言ったふうに鑑賞していた。


 その様子を見て――ティアナの脳内が刺激され、頭に激痛が奔った。


 ティアナが断頭台にて処刑されるまでの、その記憶が頭に流れ込んでくる。

 そして、それに感化されたティアナは――目の前の状況に目を疑った。

 しかしそれは、『どうして私がここにいるのか』だとか、『どうして手が少し小さいのか』だとか、そういうことではない。それ以上に衝撃的な事実が、視界を通して伝わっていたのだ。

 毛布を握り締めている手が、微かに震える。


「エイ、ミー…………?」


 その声に気が付いたのか、目の前のメイド――エイミーが勢いよく振り返った。そしてサッと顔を青ざめさせる。


「も、申し訳ございません、姫殿下様! これは、その……」


 慌てて目の前に跪いて弁解をしようとするエイミーを、ティアナは呆然と見つめた。


 エイミー。エイミー・ララ。

 平民出身の優秀なメイドで、ティアナの専属メイドでもある少女だ。

 そして――()()()()()によりティアナを庇って死んだ、ティアナの大切な人でもある。


 ―――そう、彼女は既に()()()()()はずなのだ。


(……もしかしてこれは、夢?)


 それとも、一種の走馬灯のようなものだろうか?


(これが、神様の慈悲というものなのかしら)


 以前は見向きもしなかった、神殿が(たた)え敬う‘‘神‘‘という存在。

 牢獄に入ってからは、囚人達と共に神を讃える習慣が身に付き、ティアナは毎朝必ず神に祈りを捧げていた。

 今の状況は、そのお陰なのだろうか。


「あ、あの………姫殿下様?」


 跪いたまま、不思議そうにこちらを窺っているエイミーを見て、ふいに涙腺が刺激された。しかしティアナは、夢の中だろうとこんな姿を見せまいと、拳を握り締めてそれを耐える。

 そして――ただ一言、エイミーに告げた。


「――ありがとう」


「…………えっ?」


 エイミーが目を白黒させてティアナの方を見る。その動作が妙に現実味を帯びていて、ティアナは思わずくすっと笑みを漏らした。


「ひ、姫殿下様………?」


「エイミー、姫殿下なんて堅苦しいわよ。ティアナと呼んで頂戴」


「…………えっ?」


「それと、いつまでも跪いていないでこちらへいらっしゃい」


「…………えっ?」


 ティアナの変わりように困惑し、同じような言葉を繰り返し発してその場を動かずにいたエイミーを見かねたティアナは、寝台から起き上がってエイミーの手を引いた。


「ほら」


「ひ、ひひひ姫殿下様っ!?」


「姫殿下ではないわ。ティアナよ」


 そのままエイミーを寝台へと誘導し、ティアナの隣に座るように命じると、エイミーは難色を示した。


「あ、あのっ………ティアナ、姫殿下様? その、メイドと主人が隣同士に座るなどということは………」


「大丈夫。今日は特別よ」


「…………」


 エイミーが不思議そうな顔をしながら、静かに腰を下ろした。

 それを確認して、ティアナは微笑みながら口を開く。


「エイミー……この世界は、夢なんでしょう?」


「え?」


「私には分かるの。だって私は――もう死んでいるから」


 だから――――


「この夢から醒めて、私が地獄に堕ちるまで、こうさせていてほしいの」


 そう言い終えると、ティアナは突然エイミーのことを抱きしめた。そのふんわりとした温かい心地に、エイミーの体が硬直する。

 それに気が付かぬまま、ティアナはエイミーにひたすら縋り寄る。

 温かい、エイミーの温もり。できればずっとこうしていたいとティアナは思った。


「一回でいいから。ティアナって呼んで、エイミー」


「…………ティアナ、様」


 その言葉を聞いた瞬間、ティアナはふいにエイミーが死んだ時のことを思い出した。

 ティアナはあの時、最期まで自分を抱きしめてくれていたエイミーの温かい体が、頭部から流れ出てゆく血とともに冷たくなっていくのを、涙を溜めながら堪えていたのだった。今考えれば、悲しみによって流した涙は、あの時が初めてだったような気がする。

 その時の光景を脳裏に浮かべた途端、ティアナの目頭がじわり、と熱くなった。

 エイミーの温もり。エイミーの心臓の音。エイミーの優しい声。

 今、エイミーがここいる。ちゃんと、生きている。


「…………えい、みー……えいみー……っ! うあ、うわぁぁぁぁぁっ!」


 気が付けばティアナは、エイミーの胸元に顔をうずめて泣いていた。

 最初は壊れ物に触るかのようにティアナを扱っていたエイミーも、次第にティアナの頭と背中を優しく撫でた。その慈愛溢れる動作に、ティアナはまたしても涙を流してしまうのだった。






「ごめんなさい、エイミー。迷惑を掛けてしまって……」


 すっかり泣き腫らしたティアナは、エイミーに向かって頭を下げた。

 それにエイミーは慌てた表情を浮かべる。


「だ、大丈夫ですよ、ティアナ様」


 エイミーが『ティアナ様』と呼んでいるのを聞いて、ティアナは嬉しそうに顔をほころばせたのだった。

 それを見て、エイミーが静かに息を呑む。


「? エイミー、どうかしたの?」


「いえ、あの……本日のティアナ様はいつもと随分お変わりのようでしたので………」


「あぁ、それは……ここが、夢の中だからよ」


 ティアナがそう言うと、エイミーは複雑そうな顔をし、そして勇気を奮って答えた。


「ティアナ様、それは多分……違うかと思われます」


「え?」


「少なくとも私には、これが夢だとは……」


「で、でも………」


 そこまで言った時、ティアナはようやく体の異変に気が付いた。

 ティアナの体は――見事に‘‘縮んでいた‘‘のである。


「…………え、?」


 そしてそれとともに、ティアナはこの空間が夢にしては妙に現実味があることに気が付いた。

 自分の髪が揺れる音、ネグリジェが擦れた時の肌の感触、そして目の前にいるエイミーを抱きしめた時の温かい温もり。


(もしかして、これは―――いや、でも)


 ティアナは恐る恐る立ち上がり、近くにある鏡に自分の姿を映した。

 腰まで伸びる白金の髪、色素の薄い淡い紫色の瞳、幼さが残る可愛らしい顔立ち。そして――前より遥かに縮んだ体とそれにぴったり合ったネグリジェ。

 さらに言うとすれば――この鏡は三年前にティアナが八つ当たりをして壊したものであり、エイミーが先ほど眺めていた壺は年季が古くなって五年も前に処分したものである。


(時間が…………()()()()()()()()?)


 その考えがあまりにもあほらしくて、つい笑いそうになる。

 ―――でも、それが事実だということを認めれば、全ての辻褄が合うことは確かだ。


「………エイミー、今は、王国歴何年なの?」


「え? ……ええと……1930年です」


(…………1930年っ!?)


 ティアナはその言葉を聞いた瞬間、廊下へと駆け出した。


「て、ティアナ様っ!?」


 メイド達と何度もぶつかりながらも、ティアナは必死に辺りを見回しながら走る。

 そして―――黒い髪と、金の髪をした二人組が談笑を交わしている庭園へと辿り着いた。


「…………お兄様と……フローラ……」


 彼らが生きていることを確認するや否や、ティアナは安堵のあまりその場に崩れ落ちた。


「ティアナ!?」


「お、お姉様っ!!」


 こちらに駆け寄ってきた二人がティアナに触れた瞬間、ティアナは先ほどエイミーにしたように、ぎゅっと二人のことを抱きしめた。


(あぁ、これは…………お兄様と、フローラの温もり…………)


 枯れずにいた涙が、再びティアナの頬を流れる。二人は驚いていたようだったが、少し経つとティアナの縋るような抱擁にゆっくりと答えた。


 それが、あまりにも温かくて、心地良くて――――


(神様、時間を戻して下さり、ありがとうございます…………本当に、本当にありがとう………)


 ティアナは、この世界の時間が戻ったのだということを確信していた。

 それは、二人の、そしてエイミーの存在が物語っていた。


(今度こそ―――みんなを幸せに、出来るのかしら?)


 そう思うと、自然と心が明るくなった。

 自分のせいで死んでしまった大切な人達を、今度こそ幸せにしたい。そんな気持ちがじわじわと心の中から湧き上がってくる。


 しかし、それと同時に―――ティアナ達を嘲笑った者達への昏い感情も芽生えた。


(―――――でも…………でも、ね?)


 ティアナの大切な人達が死んだのは、自身の我儘、そしてその愚かさのせいであるとティアナは自負していた。

 しかし―――それはあくまで過程の話であり、あの惨劇を意図して招いた元凶は別にいる。

 ティアナの愚かさを利用し、ティアナを、そしてエイミー達を殺した人間がいるのだ。


 許せないし、絶対に許さない。ただ殺すだけでは済ませない。


 ――――――特に、ティアナを貶めるだけでは足りず、幾人もの人を殺したあの‘‘聖女‘‘だけは。


(ねぇ、神様。そのくらいは、許して下さりますよね?)


 ティアナはそっと、今まで一度も浮かべたことのない薄暗い笑みを、自身の顔に映した。

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