物語のモラトリアム(1]
モラトリアム
ーJR横浜線、橋本方面最終電車になります。
お急ぎください-
……。
今日もまた終電だ。
大学を卒業し、働き出して2年。終電で帰ってない日なんて数える程である。
出勤自体は比較的遅いのだが、10時に家を出て帰って来るのは夜中の2時。
最寄り駅までの終電は無く、一駅前にて放り出され歩いて帰路に着く。
ドア TO ドアで1時間40分の通勤時間は、会社の引越し費用補助金は出ない。
よくもまぁこの2年間耐えていると自分で自分を褒めてやりたい気持ちをぐっとこらえ、今日また静けさに囲まれた実家への道程を歩いている。
季節は冬だ。澄んだ冷たい空気が肺に入ると心地良い。
田舎だけあって、星は綺麗にみえる。
満月の日は、月がお疲れ様と出迎えてくれているように感じてしまうのは寂しさと虚しさの現れなのだろうか。
「はぁ、なんだかなぁ…」
大きなため息とともに、心が落ち着く場所道を歩く。
引越しも何度か考えたのだが、親元を離れたことの無い俺にはハードルが高く中々決心できていない。
以前、引越しの根拠を持たせるため自分がいかに時間を無駄にしているか算出したことがあった。
【365d×2y=730d
440d×3h=1,320h
1320h=55d
55d÷730d×100%=7%】
俺は2年間で、7%、55日間を通勤時間に費やしている。
これが向こう10年と続けば550日間と1年以上も通勤時間に費やすこととなるのである。
非生産的な時間である。
モラトリアム真っ只中ならこういった時間も必要である気はするが、止まらない代わり映えない時の列車に乗った俺には無駄な時間である。
人生は長いようで短い、この儚い俺の人生を、1日も無駄なことなく生きてくことが理想である。
そして、主人公として邁進していかなくてはならない。
そんな俺の物語を思ったように心のままに動かすんだと叱りつけてくれるアーロンも俺の世界にはいない。
自分で決めて、自分で進まなくてはならないのである。
主人公として物語を進めるためにも。
働き出して俺は主人公の座を暫定的に奪われている。
俺は、ここから取り戻さなくてはいけない。
ーそう、主人公の座を-
自分の過去回想を終え、覚悟を決める。
まずは仕事の時間以外で主人公の座に回帰する。
そのためには、時間を無駄にしないこと。
やりたいことをやる時間を作り出すこと。
この物語は、カメラマンも脚本家も監督も全て俺なのだ。
「やってやる、みとけよ視聴者!!」
山しかない澄んだ空気が漂う場で、口に出し脳内に反芻させた。
オーディエンスもいない、冬の田舎の帰路で言葉に出して俺は決意した。