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家という城の外に私はいる  作者: 園原きょう
9/9

9話


どのくらい経ったのか、かき氷が溶けていた。

たっぷりとかかっていたシロップに、ほんの少しだけ氷が浮いている。

かき氷は体にいいものではないのだろうが、溶けてしまうとなおさらそう思う。


「父さんの会社の場所、知ってる?」

パンケーキをとっくに食べ終わった昴は、スマホを扱いながら私に聞いた。

「え…知らないけど。」

それがどうかしたのか。

まさか、せっかくの機会だし、家族について語ろう、とでも言うのだろうか。

そんな思いで、少し顔をひきつる。


「実は、ここからそう遠くないところなんだ。」

「…へえ」

昴はスマホの画面から目を離さない。

「だから、仕事が終わったら、迎えに来てもらえるかもしれない。」

そう言って、スマホを耳に当てる。

なんだ、そんなことか。


まだ電話には応答されていないのだろうが、私は口をつぐむ。

そして、完全に液体になっている、かき氷だったものに目を向けた。


…さっき。

昴に、義父の会社の場所を知っているかと問われた時。

義父のことをなんと呼べばいいのか分からなかった。

だから、「そっか」とだけ言った。

『義父』はもちろんだめ。というか、会話で使う時に義父だなんて言うのは、よそよそしいし。

あの人、だめ

宗士さん、ちがう


父さん………嫌だ


まだ、父さんと呼ぶには、一緒に時間を過ごしていない。

まだ引っ越してからたった数日。

それに、同じ家にいた時間の中でも、私はそのほとんど部屋にこもっていた。


…いや、嘘だ。

一ヶ月、半年、一年…。

正直どれだけ時間が経っても、あの人のことを「お父さん」とは言える気がしない。

…それも違くて。

「お父さん」とは、言いたくない。


だって、血が繋がっていない。

私と義父は、全く似ていない。…もちろん、昴とも。

血が繋がっていない人を、「お父さん」と呼ぶのは、ちょっと違う気がする。


確かに義父は、いい人なのだろう。

母が選んだ人だし、もちろんそこは疑わない。

でもだからって、家族だといきなり言うのはなんだか違う。


「美和」

「…あ」

その声に気づいて、顔を上げる。

昴は耳からスマホを離していた。

そして、今度は私の目を見て、口を開けた。

「父さん、迎えに来てくれるって。八時くらいだとは思うけど、帰る時に連絡を入れるって。」

「そっか。」


昴が私から視線を外す。

私もそれにつられて、昴の見ている方向を見る。

店員さんが向かってきていた。

たぶん、皿を下げにきたのだろう。


「お皿をお下げしてもよろしいでしょうか。」

その言葉への返事の代わりに、お皿を端の方に寄せた。

昴は、「お願いしまーす」とだけ言っていた。

慣れているのだろう。

二人分の食器を、あっという間に片付けていく店員の男性。

そうと思えば、いつの間にか私の視界からいなくなっていた。


最近、少しぼーっとしていることが増えた気がする。

「それで、美和」

「なに?」という返事の代わりに、昴の目を見た。

昴はちゃんとそれに反応して、話を始める。

「父さんが、電車で帰らないの?って聞いてきたんだけど。」

「えっ?」

まさか、男性恐怖症のことを話したのだろうか。

ぼーっとしていたから、全く会話はきこえなかった。


私はマスク越しでも分かるくらいに焦った顔をしていたのかもしれない。

もしくは、昴だからこそかもしれないが…。

私がそんな顔をしているのが分かったらしい。

「…電話で説明するのはめんどくさかったから何も言ってないけど。」

本当にめんどうで何も言っていないのか?

まあ、そんなことを言ったって人の心の中なんて分かりはしない。

「…うん」

人の心の中がわかったら、こんなに苦労しないし。


「…それで、父さんになんて言って男性恐怖症のこと説明しようかと思って。」

「あ、え」

冗談じゃない。

男性恐怖症のことを悟られないように過ごしてきたのだ。

そんな簡単に知られては困る。


「母さんにはなんて言ってるの?」

言ってなんていない。

むしろ、知られないようにしているのだから。

「…してない」

「えっ、…してないの?」

そんなに驚いていない。

ということは、少しは予想をしていたということだろうか。


「してないよ。する訳ない。」

「なんで?」

昴は心底不思議そうな顔をして私に問う。


…そこは、察してくれないの?

今まで、色んなことを察してくれていたのに。

そんなこと、…聞くの?


なぜか、私の胸に、怒りがこみ上げる。

「…っ」

私が口をつぐんでいるのは分かっているはずなのに、昴はその理由を聞いたまま、引き下がらない。

「…なんで言ってないの?」

私は、口をつぐむのをやめてしまった。

「言えるわけないでしょう!そんなこと言ったら確実に、なんで男性恐怖症になったの?なんて聞かれるよっ!」


その私の言葉に、昴はハッとした顔をする。

今さら何かを察したのだろうか。

「…なんで?」

それでも昴は質問を繰り返す。

「なんでって、なにが?」

まだ内心は荒ぶったままだったが、外面だけでも冷静を取り繕った。

かなり冷めた声だったと思う。


「…なんで、男性恐怖症になったの?」

それは、私の一番の…地雷だ。

「…っ」

また叫びだしそうになる。

その声を、今度はちゃんと飲み込んだ。

そして、小さく深呼吸をする。

冷静に、ふつうに。

「それだけは、教えられない。」

少しだけ、場が沈黙して。

「そっか。…ごめん」

そう昴が言ったあとは、完全に沈黙が続いた。

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