№07 『早朝ランニング』
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日が登り始めた早朝、空に浮かんでいるうっすらとした四色四種の月には未だに馴染めない。月と言うのかすら分からないが、朝でも見えるそんな月を俺は大の字で道に転がり眺めていた。
しっかしもう、息が続かない。まさかこんなことになるなんて。何故早朝から汗だくで道端に寝転がる事になっているかと言うと、軽い気持ちで始めたランニングの成果であり、悲惨な結果だった。
俺が突然ランニングを始めた理由はと言うと、前日教えてもらった≪腕部強化≫と同じ要領で『水』の性質を全身に使う≪身体強化≫という魔法の修行で、俺は≪身体強化≫を使えなかったのだ。
何故か? 使える魔力量も充分あるし、全身へと魔力を送る魔力操作も可能だった。確かに使えるは使えるのだが、身体が悲鳴を浴びて、持続できず、次の日は酷い全身筋肉痛になってしまったのである。
訳も分からず俺の師匠であるジーク兄さんに助言を求めると
「ウォルカ君の身体はまだ、≪身体強化≫を使うに堪えうるほど成長してないんだろうね。武十二ノ型は魔力、筋力両方鍛えれるけど、それだけじゃ足りないのかも。もっと鍛えなくちゃ」
いつもと変わらない表情で、ジーク兄さんは言った。
これだけしても足りないのか……
「他に何か修行法があるんですか?」
「それが、あるんだよ。やっぱ武の民たるもの戦闘は免れない人生、そして戦闘に必要なのは筋力、魔力も大事だけどやっぱ、体力、持久力も必要だよね。そしたら必然的にランニングが最適かな」
なるほどな。確かに一理ある。正直≪身体強化≫を使った時の筋肉痛とは別の話だと思うが、戦闘では持久力は確かに必要だ。『武の民たるもの戦闘は免れない人生』は意味不明だし何と戦うとかは置いといてだが……
まぁ何やかんやジーク兄さんの長い抗議を終え、軽い気持ちで始めたランニングだが、早々と二度心が折れ掛けていた。
武十二ノ型は黙々と続けられた、筋肉痛にも最初は痛かったが徐々に慣れ、筋肉たちが喜んでいるように思えて大丈夫だった。しかし、ランニングは違う。
まず一つ目の理由、それはそもそもランニングなんて俺は嫌いなのだ。誰が好きで苦しむのを望むのかと、前世界の俺はランニングという苦行を嫌っていた。人生一度は経験するだろう学校で行われるマラソン大会では必ずと言って歩き、時間を潰したものだ。
そしてもう一つの理由がある、付いて行こうと決めた父の体力が異常だった。
実はこの早朝ランニングは父の日課で、あまり家で喋らない父と並んで走るのも悪くないと俺が勝手に付いて行こうと決めたのだが、それに気付いた父は優しさか自分の日頃のペースを落としてくれているみたいだった。
俺と一緒に走ってくれるのは嬉しい、だが――――
まず距離が異常だ。
そんなに走っていたなんて知らなかったんだ。多分十キロは軽い、二十キロ三十キロなんて当たり前のオーバーランニングに初心者の俺はいつまで走るのかと自分に問いかける度に、正直心が数回折れた。そして無口な父はそんな俺を見ても言葉を多くは語らない。
しかし、温かい目で俺が付いてきているか後ろを気にしてくれている様子に、必死に付いて行こうと頑張った。
ふと思い出す、前世界の父の影。
父は俺が生まれてからも仕事が忙しく、ほとんど家には居なかった。年を取っても変わらず言葉を交わすのが少なかったためか、あまり打ち解けなかった。
交通事故で両親共に居なくなってからじゃ遅くて、親子のキャッチボールなんて公園で見るたび憧れたものである。
こうやって気持ちのいい朝を走る事で結ばれる親子の絆も、悪いものじゃないなと思った。足はもつれ、今にも倒れそうなのだが。
そうやってどうにかこうにか父に必死に食らいつき、がむしゃらに半ば諦め半分に、早朝ランニングを続けるには続けられた。
前世界の部長が言っていた『継続は力なり』では無く、『継続だけが力なり』と頭に言い聞かせながら。