№05『本気パネェ』
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次の日、昨日の予告通りジーク兄さんは修行場へと、俺より早く来ていた。
今日は≪腕部強固≫の復習に次のステップ、≪脚部強固≫を教えてくれると高らかに宣言するジーク兄さん。
≪脚部強固≫とは≪腕部強固≫の足バージョンらしい。
「意識的には同じだから、ウォルカ君ならすぐに取得できると思うよ」
ジーク兄さんが言うとおり、まるで同じ使用法に感覚を忘れていなかった俺は直ぐに≪脚部強固≫を取得できた。一度使えれば後は復習による練度上昇である。≪脚部強固≫を使いひたすらに木を蹴り続ける。
ジーク兄さんが付きっきりで指導してくれるのは嬉しいのだが、ある視線が気になってしょうがない。木の影に隠れて見つめるジーク兄さんの妹、アイリスだ。
「ジーク兄さん、アイリスちゃん暇してますよ」
「ん? ああ、アイリスは人見知りでね。でも、ずっと見ている所を見ると暇はしてなさそうだね、きっと年が近いウォルカ君が気になるんだよ」
本当かよ……… 年は俺の一つ下らしく、自己紹介から一言も喋らず、兄のジーク兄さんの後ろに隠れ、常に視線だけを飛ばしていた。全く、兄のおしゃべりとは真逆の性格で物静かというか、髪色や目元は似ているが中身は別である。
「それにアイリスは引きこもりがちで、家でお婆ちゃんとしか遊ばないんだ。やっぱ外に出ないと、人見知りは治らないし、僕としては年の近いウォルカ君と友達になってくれる事を期待してるんだけどな」
「えーと、努力します」
俺も、そこまで人付き合いが得意ではないが、まぁ俺から見れば子供だしどうにかなるだろう。意外と昔から子供に好かれる自信はある、まぁ俺も五歳の子供なのだが。
「さて、今日も魔力が切れるまで続けて貰うよ。魔力量を増やすにはそれが一番効率的だからね」
「分かりました」
また、魔力切れを起こすまでか。まるで二日酔いみたいで身体がだるくなるんだよな。二日酔いの辛さを知る五歳児は俺ぐらいだろうが。
それでもしょうがなく師匠であるジーク兄さんの言う通り、俺は再び同じ木に殴り、蹴りを繰り返す。
こんなに木を痛めつけていると木を苛めている様に感じてしょうがない、もしこの世界に森林を愛するエルフとか居たらまず激怒されそうだな。
すまん、木よ。
しばらくすると、昨日と同じ倦怠感が身体を襲う。
「ジーク兄さん、魔力切れのようです」
「よし、昨日の二倍ぐらいの魔力量になったんじゃないかな。流石だね」
確かに、昨日よりはバテること無く持った気がするが、それでも一分が五分になったぐらいだ。こんなんで魔力切れ起こしていたらまだまだ戦いなどでは使えないだろうな。
「これを毎日続ければ、きっとウォルカ君のお父さん、師範代を超えるのも夢じゃないね」
「やっぱ、父…… 師範代って強いんですか?」
「強いなんてもんじゃないよ。どのくらいとか表現出来ないけど、武の民の師範代だけあって、村一番だよ」
目を細めながら、ジーク兄さんは笑う。
「僕も毎日、師範代に追いつけるように修行してるけど、未だに追いつくイメージが湧かないかな。まぁ僕なんて周りと比べたらまだまだ何だけどね」
「俺、ジーク兄さんの本気見てみたいんですけど」
思わず、頭に浮かんだ言葉をそのまま出してしまう。だって、イメージが付かないんだもん。自分が目指す何かを。
「僕の本気かぁ…… 確かに目標は必要だよね。ふふ、であれば、ウォルカ君の前に立ちふさがる壁となろうかな」
腕や足、腰と順番に軽い準備運動をすると、ジーク兄さんは静かに集中する。目は笑っておらず真剣そのものだ。
「まず、これからウォルカ君が進む道として、この間見せた≪身体強化≫」
≪身体強化≫そう言葉にすると、シャドーボクシングのような、見えない相手との死闘を披露する。速度、キレ、力強さが洗練された動きはすでに人の限界を超えた者。腕を振るたびに風が吹き、大地を踏むことに振動を放つ。
「そして次に、と言ってもまだまだ早いと思うけど見てて損は無いからね。これは『魔闘術』の奥義にして極致、≪全身魔纏≫!」
ジーク兄さんの全身から、オーラのような青炎が身体を包む。
「これは三つの『強化魔法』を同時に使わないといけない高難易度の強化魔法さ。それに武の民でも数人しか使えない『魔闘術』の極致と言われているよ。勿論≪全身魔纏≫もいずれ、ウォルカ君にも使えるようになって貰うよ」
青炎に包まれながら、ジーク兄さんは俺に微笑む。
俺と、その光景を見ていたアイリスは呆然とその様子に見惚れていた。これが、魔法……… 何それカッコいい………
ジーク兄さんは≪全身魔纏≫を解くと、疲れたように息を吐きだした。
「魔力消費が激しくてまだ、そんなに長時間は使えないけど、こんな感じかな……」
「ジーク兄さん、凄いです」
俺は心から震える感動を、期待の視線をジーク兄さんに送った。
これぞ、異世界ファンタジーだよな! 早くあれを使えるようになりたい。
「ははっ、ありがとう。僕なんてまだまだだけど少しでもウォルカ君の力になれるとうれしいな。さて、僕も疲れたし今日はここまでにしようか。明日はウォルカ君来ないんだよね、だとしたら明後日か」
「はい、よろしくお願いします」
「なんだか、弟子が出来たみたいだ。おーい、アイリス帰るよ!」
アイリスはその声を聴くと、とてとてと駆け足でジーク兄さんの元へ駆け寄る。
「じゃあね、ウォルカ君。ほらアイリスも」
「……」
「ではジーク兄さん、アイリスちゃん」
「……ばいばい」
やっと聞こえた声は小さい、まだまだ恥ずかしがり屋の子供だな。
聞き取れない程の小さな声に、ジーク兄さんは微笑むと手を振りながら帰って行った。
俺はそんな兄妹の後ろ姿に、俺の兄弟達を思い出す。
「朱音、翠、優黄…… きっとまた会えるよな……」
そうきっと会える、もしこの世界に俺と同じく転生しているならきっと――――
それまでに俺は強くなるぞ。今度こそは皆を守るために。
俺は空に、当てもなく呟く神に祈る思いを胸に、新しい家族が待つ家へと帰った。