№04 『修行開始』
今日も俺は家を出る父の後ろを子供の様にちょろちょろと付いて行く。毎年、誕生日を迎えるにつれて身体は大きく成長し、ぎこちないヨチヨチ歩きを卒業したことで、父達の修行に混ざって参加するようになった。
まぁ、修行に混ざっていると言ってもやっている大人を俺はただ眺めているだけだ。
しかし、ただ単に眺めている訳ではない。
俺の昔の職業は『職人』。職人の世界は先輩が後輩に仕事を教えると言うことはなく、だったらどうやって覚えるの? と、思うだろうが職人は先輩の技術を『目で見て盗む』のだ。
高校にも行かず妹弟の為、16歳の頃からそんな世界で生きてきた俺は、この世界に来ても変わらない。大人達の修行の動きを日々見ては学んでいた。
毎日の修行の流れとしては、最初は型から始まる。大人たちは『武十二ノ型』と呼ぶそれは、前世界の俺でも知っているものだった。
骨格筋の出力・持久力の維持向上や筋肥大を目的とした運動―― そう『筋トレ』である。軽く各自でウォーミングアップをしたところで、十二種類の筋トレを3セット行ってから組み手へと移る。
大人達に混ざってみたい気持ちもあるのだが俺はまだ三歳の子供、混ざれる訳もなく、修行場の角で邪魔にならない様ただ眺めていた。しかし、一年もただ見るだけじゃ正直暇すぎる。
まぁ一年中家に居るよりは多少ましだが、それでも他にやることはないのかよと俺は思っていた。
すると父達と同じ修行服を着た男達が額に汗をかきながら二人近づいてくる。十歳ほど上のお兄さん、ジーク兄さんと確かヨウェイン兄さんだ。
二人は同じ年で銀色の細い長髪を一本に束ねている美男子が神童と呼ばれるジーク兄さんは村の有名人だ。そして、ジーク兄さんと同い年の目付きの悪い、焦げ茶色の短髪がヨウェイン兄さんだ。
「ウォルカ君、その年で修行場にほぼ毎日来るなんて偉いね。僕が一つ『魔闘術』の基本を教えようか」
「……?」
今まで話したことも無かったのに突然の申し出をしたのはジーク兄さん。
この人は最近三歳になった子供の俺に何言ってんだろう? 俺はとぼけ顔で首を傾げた。
「おい、ジーク何言ってるんだ? どう見たって三歳そこらのガキじゃねぇか」
「いや、だって毎日毎日暇そうに見てるんだもん。それにただ見てるだけじゃなさそうだし、ねぇ? ウォルカ君?」
鋭い眼光に俺の心臓が一瞬高まった。この人もしかして俺が見て盗んでるのを分かっている? そんなまさか。
見た目三歳だぞ俺は。たとえそう思ってもヨウェイン兄さんの用にただの子供だと考えるはずだ。ヨウェイン兄さんが正しい、だが言い方がムカつくけどな。それに精神年齢じゃこっちが上だ、お前は今日から呼び捨てにしよう。
俺をガキ呼ばわりするヨウェインを遮るように、鋭い眼光からうって変わって特徴的な細い目をさらに細めた笑顔を見せると、ジーク兄さんは一呼吸する。
「先ずは言葉で説明するより見て貰う方が早いかな? そこで見ててね……」
はたまた何を言い出すかと思いきや、大きく膝を曲げ屈むと、気合の入った掛け声と共に地面を強く蹴ったジーク兄さんは、宙へと飛んだ。
何故跳んだ? それも五メートル程―――― まさかの常人離れした垂直跳びに嘘だろと俺はあんぐり口が空いたままになってしまった。
確かに、修行している人達の組手を見学している時、俺が知っているオリンピック選手のような人間の身体能力を極めた人達が見せる動きを超える動きをしていたのは知っていたが。十歳過ぎぐらいの未成年で、これ程の身体能力とは。
これがこの世界の常識であるのは、当たり前だと言わんばかりの表情を浮かべるヨウェインを見れば直ぐに分かった。
ジーク兄さんは4秒程の跳躍時間の後、受け身した様子も無く平然と着地して見せると俺に再び笑いかける。普通足折れたりしないのかな……
「これは≪身体強化≫。魔力を体内に循環させる『強化魔法』の一つ。ウォルカ君、魔力という存在は知ってるかい?」
俺は素直にただただ頷く。母に教えてもらったことがある。
「この魔法はまず、魔力の認識から始まるんだけど出来るかな?」
「魔力の認識……?」
「魔力ってのは、空気中に漂う魔素って奴を取り込んだ時に作られる力の事なんだけど、まぁ難しい話はいいか。まずは自分の内に潜む魔力に気付く事が必要なんだ。誰しもが少なくとも持っているって言われているからウォルカ君の中にもあるはずだよ」
魔力、前世界には無かったものだが誰しもが持っている、その言葉を信じて俺は目を瞑り、自分の中にあるという魔力を探してみる。大体、魔力が合ったとしても分かるものなのか?
すると確かに、前世では感じなかった自分の中にある違和感に気が付いた。
「おい、ジーク。魔力の認識なんて出来るわけないだろ。俺だって7歳の頃にようやくだぞ?」
「多分、分かったと思います」
「おいおい、まじかよ」
「それはどういう物だった?」
驚くヨウェイン。ジークはすかさず笑顔を振りまき俺に顔を近づけた。俺はありのまま、感じた物を答える。
「正四角形のような…… 一つの箱ですかね…」
「なるほど、『個』の性質かな…… そしたら意識を魔力に向けたまま、先ずは腕か足のどちらかやりやすい方に持って来てみて? 簡単には出来ないだろうけど頑張って! 魔力の扱いに慣れるまでは高い意識と集中力が必要だから」
意識で持っていく? 今、意識は魔力に向いているはずだが、持ってくるというのが理解できない。
「どうすれば持って行く事が出来るのですか?」
「うーん、こう…… 意識を魔力のある場所から徐々に引っ張る感じ…… かな?」
引っ張る感じ…… 俺は腕に感じる魔力を引っ張るように意識する。
「腕が熱くなった気がします……」
「熱くなった? よし、そしたら試しにそこの木を殴ってみなよ、怪我しない程度にね?」
ジーク兄さんが指さす木の元へ近づく。
この右腕、本当に成功なのか、もしこれで使えているのなら何だか呆気無いよな、まだ信用できないまま五割程の力で木を殴ってみる。
ミシッ…… と言う音が聞こえたが当たり前のように木は倒れたり砕けたりはしない、呆然とその様子を見つめる。
「どう?」
「どうって言われても……」
「拳、痛かった?」
「あっ……」
俺は先程殴りつけた拳を確認する。三歳の子供が軽くとはいえ木を殴ったんだ、少しぐらいは擦り傷があってもおかしくないのに全くの無傷だった。それに思えば殴った感触はあったものの、衝撃や痛みは無かったな。
俺の様子を見て、微笑むジーク。
「まぁ、成功みたいだね? 練度もまだ低いけど初めてならこんなもんでしょ。おめでとうウォルカ君≪腕部強固≫を覚えたね」
なるほど、これは防御力を上げる魔法なのか…… 魔法のイメージからもっと火の玉を撃ったり、雷を落とすような想像をしていた俺は少し残念に思うも、実感が無い拳を握りしめた俺はそれでも初の魔法の使用に無意識と、「ふふっ」という声が漏れた。
「本当にやりやがったのかよ。このガキ、何者だ?」
「ヨウェイン知らなかったの? 師範代の息子だよ。まさか一度で使えるなんて才能あるかもしれないね。ウォルカ君、忘れないためにももう一度やってみて」
才能…… 前の世界では平均的な身体能力と頭脳だった俺が、この世界では記憶があるがために才能があるなんて言われる。
もしかすると、このまま修行を続けていればいずれは最強レベルとかになるんじゃ……
高鳴る鼓動を胸に、魔力の感覚を少し覚えた俺は言われた通りもう一度、≪腕部強固≫を使い再び五割程の力で木を殴りつけた。
ミシッ…… と同じような音がして、木の表面が少し欠ける。
拳が当たった感覚はあるが痛くはなかった。
「その調子、次は左手にも使えるかな?」
「次は左に……」
意識を集中させ、左手にも同じように≪腕部強固≫を使い、殴る。
「今の感触を忘れないように、次は左右交互に続けてみよう」
左右交互に何度も続けることで徐々に感覚を覚えていく。
こうして練度とやらを上げるのか、俺は楽しくなり連打を続け木の表面が拳一個半ほどの大きさに欠ける頃、急に両手両足に鉛が縛られた様に重くなったかと思うと、その重みは伸びていきついに体全体が重くなる。
この症状はいったい……
「ジーク兄さん、身体がいきなり重くなったんですけどこれは?」
「あー、魔力切れだね。正確には魔力が少なくなると身体の動きが鈍るんだよ。魔力を使い切らない様に脳が止めてるんだ」
「魔力切れ…… ですか。もし、魔力を使い切ったらどうなるんですか?」
「死ぬ…… って世界では言われてるけどな。本当かは知らん何せ見たこと無いからな」
ジークの代わりにヨウェインがニヤニヤと答える。
なるほど、この世界での魔力切れは死に繋がると言う事は、前の世界には無かった魔力はこの世界では生命機能を動かすために、何か大事なの役割があるという事なのか。
母から聞いた事のない情報に俺は少し考えに耽ってしまう。
「僕もどうやって死ぬとかは知らないし、見た事も無いんだけどね。それより、ウォルカ君の魔力量から見て今日はここまでだね。明日もここに居るの?」
「明日もここに居ますね、明後日は母と家で勉強なので居ませんが」
「クック…… 生意気にその年で勉強かよ」
「そっか。なら明日も来るね。そうだ、今度は妹も連れてこようかな、ウォルカ君と年近いし。うん、それがいい」
一人で何かに納得しているジーク兄さんと隣で呆れ顔のヨウェイン。
それにしてもヨウェイン、さっきからちょいちょい俺の事を馬鹿にしてくるし、何というかいじめっ子特有の表情に見えるな。
いずれ大きくなったらコテンパンに痛め付けるか。
「さて、明日からは『魔闘術』の次の段階に行くからそのつもりで、ちゃんと帰って魔力回復しておくんだよ」
「俺は付き合ってられないぜ、子供好きのジークには悪いが俺は俺で修行するわ」
結局何故教えてくれたか理由も分からず、風の様に颯爽と笑顔で立ち去るジーク兄さんとヨウェイン。俺は手を振り、一人に残ってしまう。
しっかし三歳児に教えるにしては難しい言葉ばかりでしかもハードだった気がする。もしかして中身がおっさんだと気付いているとか?
まさかな………
「何だか今日は疲れた、でも明日からが楽しみだ。異世界らしくなってきたぞ!」
重い身体を気にせず、家に帰るとしよう。鼻歌を交えながら。