№03 『心はもう中年 体はまだ二歳』
季節は再び冬。俺、前世は早坂 葵こと、現在の名はウォルカ・ビスマルク。異世界転生して二年の月日がたった、つまり俺は今二歳だ。
前世の記憶が戻ったあの日から母エリスと勉強を重ね、日本語ではないこちらの言葉を理解し、今では自分の言葉のようにペラペラと喋れるまでに成長した。
喋れるようになると、今まで話を聞いては、『食っちゃ寝』生活で暇だった事もあり、母との会話が楽しくて仕方がない。
何か興味があれば聞き、知らなければ詳しく聞く、前の世界にない様々な事の発見や違いに俺は家中を走り回っていた。
教える度に理解する、そんな理解の早い息子に母は天才だと誉めちぎられるのが日常になり、なんだか俺も嬉しいかぎりだ。
まぁ当然である、精神年齢は2+31の33歳なのだから。
中身、弱おっさんにはそれでも一年中、仕事をせずに家の中にいる事にそろそろ飽きていた。ニートのごろごろハッピーライフは正直夢見てたほどだったのだが、これはこれで暇すぎて辛い。
何だかんだ仕事をするのは金を稼ぐ以外に、生きることに必要だったのかなと、今になって感じていた。
「それにしても何か面白い事無いかなー」
一人で呟きリビングで寝ていた時、毎日修行のために家を出る父を偶然見つける。俺の父は武道家らしく、この寒い中薄着の修行服一枚と屈強な身体だけで、毎日外で修行をしているようだった。
そう、毎日修行。仕事はしていない。
一家の大黒柱が毎日修行漬けだなんてこの世界は働かなくても食っていけるのだろうか?
しかし、どうやら我が家は、父と母共に仕事をしていないけども、見る限りじゃ食に困ること無く、とても貧乏な生活をしているとは思えないので、大丈夫みたいだけど。多分貯蓄でもあるのか、そこら辺は不明である。
いつも通り修行へと向かう準備をしている父を見つめる。父と母の会話を聞く限り、一応父は前の世界で聞いた事も無い『魔闘術』とかいう武術の師範代らしく、二歳児の目から見てもかなりの身体付きをしていると分かる。ゴリまでは行かないが細マッチョとも言えない。その中間ぐらいか。
それにしても俺が生まれてからというもの、俺にあまり寄り付かないんだよな。子供が嫌いなのか? 本当、どうして母みたいな愛嬌のある人と正反対の無愛想な人がくっついたんだろうな。
俺が寝ながら外へ出掛ける父を見つめている事に気付いたのか、足を止めお互い目を合わせる。
相変わらず表情が読めないし、目の造り自体は鋭く威圧的なのだが、不思議と威圧は感じない。
片方の眉をピクリとだけ動かし、見つめる父は黙ったままだ。親子なのに正直、気不味い。この空気をどうにかしたい、俺は思い切って話しかけて見ることにした。
「お父さん、どこ行くの?」
見ため二十代後半だろう父に対して俺は二歳。精神年齢は俺の方が上だが、それでも父は父。呼び方はお父さんだ。
父は再び眉毛がピクリと動くと立ち止まったまま、それでも俺をじっと見つめる。そんな鉄仮面の父に俺はたまらず愛想笑いを浮かべる。
なんだこれ、何考えているか分からん。
すると、何を思い付いたのか滅多に、いや、初めて早足で俺に近づき両脇に腕を入れ、抱きかかえられる。
「エリス! ウォルカと出かける!」
無表情のままそれだけ母に伝え、俺はただ抱えられ勃然としたまま一緒に外を出た。
遠くで母が驚いている声が聞こえたがお構いなしの父は扉を閉じる。久しぶりの外の冷気に俺は縮んで身震いしてしまう。
てか、縮む所ではない、想像以上に寒いんだけど? 氷点下じゃないの? 俺、お父さんとは違うし、布一枚は寒いって!
俺は身体を震わせたまま、木と雪に囲まれた道を進む。蛇のようにくねくねと曲がった道を、ひたすらに下っていく。
何となく分かっていたがここは山の奥地なのだろう。父は一言も喋らず、周りをきょろきょろ見ている俺に時々目を配らせているのが分かる。分かるが、いやーもうごめん、帰りたいんですけど、言いたくても父の表情からでは何を考えているか分からず言い出せない。
家を出て数十分、広く開けた場所に着いた。
そこには父と同じく屈強な体に胴着を着た男たちが黙々と筋トレらしきものに励んでいたり、組手をしていたり、座禅を組んで黙想などしていた。父の姿を見るなり皆集まってくる。
「おはようございます師範代。あのーその抱えられているお子さんは?」
「ああ、倅のウォルカだ。今日からこいつも修行に参加する」
屈強な男たちはその言葉に驚く。もちろん傍で聞く俺も驚いた。
「師範代! その子どう見てもまだ二歳ぐらいですよね? いくら師範代の倅とはいえそんな無茶苦茶な!」
そうだ、無茶苦茶だ。
「当たり前だ! 修行場に連れてくるだけだ。流石に俺もそこまで鬼ではない。見かけるたび、家の中で退屈そうにしていたからな」
俺を近くの小岩に下すと
「ウォルカ、勝手に遠くには行くなよ。分かったか?」
俺に言い聞かす父の目が怖くて俺は必死に縦に首を振る。父は表情を少し緩めると俺の頭をくしゃくしゃと撫で、屈強な男たちを集め共に組み手の修行を始めた。
俺をここに連れてきたのは父なりの優しさだったのか、それに俺の事をいつも気にかけてくれていたみたいだし、今までの父の印象ががらりと変わった。
きっとはじめての息子との距離を測っていたのだろう。
まぁ、外に連れ出してくれたお陰で暇だった毎日に、新しい発見と出会えそうだ。とても寒くて帰りたいが、帰ったら母に頼んで服を多めに着込んでいこう。
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その日から俺は毎日のように抱えられ父の修行に同行することになった。しかし、母の必死な抵抗により週に二日は家にいることになる。息子を取られるのが嫌だったらしい。
ごめんね母さん、もう引きこもりは飽きました。外の空気は美味しいです。