四周め その二
今回は、あえてミステリー風味抑えました。
午前の授業が終わると、ぼくはさっさと昼食を平らげて生徒会室に向かった。昼食といっても、売店で売ってるおにぎり二つだ。ふだんは弁当を持ってきているのだが、今日はなにせ前ぶれなく朝早く登校したので、弁当を作ってもらう時間がなかったのだ。親には、早く出るなら前日に言え、とブーブー言われてしまった。
「失礼します」
ノックのあと入室の許可をもらってぼくは生徒会室に入った。閑傍会長以外は誰もいない。
会長は午前中と違って応接のソファに脚を組んで座っていた。完璧超人(仮)の彼女は当然ながらプロポーションも非の打ち所がなく、ちょっとのぞいている膝からふくらはぎ、そして足首にいたるラインは細すぎず太すぎずで絶品だった。女性のプロポーションって、細かるべきところが細いかどうかが重要だよね。
「あらためて、お呼びたてして申しわけありません。どうぞおかけください」
会長は自分の向かいのソファをぼくにすすめる。言われたとおりに座ったぼくの目に入ってきたのは、もうちょっとだけ上の方まで姿を現した脚線美だ。いかん。目をそらそうとするがうまくいかない。
「突然ご足労をお願いしたのは、今朝、山瀬さんが図書委員の浜喜田さんと話された件について少し説明させていただこうと思ったからです。浜喜田さんは、わたしがとくにお願いして、校舎裏と中庭の様子を観察していただいていました。あなたもおわかりになったとおり、図書室は人の出入りが静かである割に、広い範囲を見渡すことができる場所ですので」
「そうだったのですか。でも、大丈夫です。彼女にも約束しましたが、誰にも話すつもりはありません」
「感謝いたします」
会長はホッと口元を緩め、そしてそれを再び引き締めて続ける。
「浜喜田さんは、朝、あなたと話されてから、すぐにわたくしのところに報告してくれました。彼女は、あなたがなにか自分の知らないことを知っている気がする、と言っていたのです」
なるほどね。口止めだけなら朝の彼女との会話で十分なはずだものな。くそ、膝に目が行くぜ。
「わたくしはこの学校が少しおかしくなっている気がしています。たとえば先生方と生徒のあいだの距離感が不自然なほどに曖昧になっていたり、いじめが起きるきっかけや対象がわかりにくくなっていたり、感情の起伏が不自然に激しい生徒が急に増えてきたり、といった点でしょうか。ひとつひとつはさほど大きくない問題なのですが……」
とても真摯にぼくを見つめて問いかけてきた。これがぼくを陥れるための演技であったとしたら、ぼくにはお手上げだ。よって、この人も「観察する側」で確定させる。ええい、膝と足首が目の毒だ。
「あの、なにか?」
会長がスカートの裾をおさえ、少し赤くなりながら訊いてきた。まずいまずい。こんなところでムダに好感度を下げてはいけない。ごまかす狙いもあって、ぼくは会長の目を正面から見た。
「いえ、なんでもないです。会長が言われたことで、ぼくの知っていることは尽きちゃってると思うんです。ぼくが気になったのは、誰がいじめられていて、誰がいじめているのかが、ちょっとわからない、ということだけですから」
「他言はしないとお約束します。あなたの知っている実例を教えていただけませんか? 今は一つでも情報が欲しいのです」
さてどうしたものか。この人に情報を提供するのは別にかまわない。この人なら、それを活かしてくれるだろう。ただ、この人はひと月後に世界が終わることを知らない。他の人をまじえずにぼくを呼び出したのだ。たぶんこの人は、一人で問題に立ち向かおうとしている。だけど、ぼくのような死に戻りもなしにどうにかできる事態ではないだろう。
「会長を信じないわけではありません。でも、ぼくはぼくで考えていたことがあります。少し整理したいので、明日のこの時間まで待っていただけますか?」
会長の表情が少し曇ったが、すぐに笑みを顔に戻した。ぼくの考えを理解してくれたかどうかはともかく、ここで無理にききだすことは得策ではないと思ったのだろう。
「わかりました。明日、またここでお待ちしています」
ぼくは立ち上がって一礼し、そのまま生徒会室を出た。
さてどうしたものか。生徒会長が問題に立ち向かおうとしているのはたしかだろう。一人ではどうにもならないのは間違いないが、単純にぼくがそれに加わってどうなるという保証もない。
それと、もう一つ確かめなければならないことがある。見多森のことだ。彼女が不自然なくらいに様々なことの中心に位置しているのは間違いない。だが、これまで経験した世界の終わりに至るいじめのまっただ中で、彼女がぼくに言ったことがすべて演技だとも思えない。なにより、ぼくが死に戻ることを知らない彼女には、ぼくに向かって演技をする理由がない。
見多森がすべての中心で、なおかつ彼女が本気でいじめを受けている状況。それは、彼女が悪意を一身に受けることが、誰かの利益になるということだ。その誰かは彼女の近くにいる。一つの可能性は志手川だが、今ひとつしっくりこないことも確かだ。
いろいろ思い悩んだ末に、「印象点」回復をかねて志手川対策も考えていくことにする。親睦を深めるならば、ぼくに手の届く手段はカラオケだ。なんとか志手川のことを憎からず思っているやつを見つけ、水城「(みずき)を巻き込めばどうにかなるのではなかろうか。いや、男三人だから、女の子がもう一人ほしいな。このあたりが今日、明日の課題だ。
そして生徒会長対策だが、こちらはとりあえずもう一人巻き込む。浜喜田だ。
放課後になって図書室に行くと、きょうも閲覧室は誰もいない。浜喜田は今日はカウンターに座っている。
「ちょっと話をしていいですか、浜喜田さん?」
彼女は非常に渋い顔をした。ただちに断りたいが生徒会長にぼくを売った引け目があってそうもいかない、という感じかな。
「ここでの私語は、わたしがやってはしめしがつかなくなります。下校時間まで待ってもらえるなら、帰り道でうかがいます」
「了解。それじゃ、あとでお願いね」
彼女は一つうなずいてみせると、また手元の書類作業に戻った。
時間に余裕ができてしまったので、校舎を出てグラウンドに出た。出たからといってそこに新たな展開を生む知り合いがいたりするわけも……あった。邑端がひとりで練習の合間の休息をとっていた。休息時間とか水分の摂取量とか、きっちり決まってるんだろうが、手元のアメで話しかけてみよう。
「邑端さん」
振り向いた彼女はびっくりしたような表情をした。そりゃそうか。でも、美しい造形の顔に汗が光っていて、息づかいも少し聞こえる。三周めの時とは違った雰囲気でドキッとした。トレーニングウエアも露出度が高いし、ちょっと早まっただろうか? 不純な目的で見てたと思われたらイヤだな。
「山瀬くんじゃん。どしたの? 自分の部屋が爆発でもして居場所がないとか?」
目的は疑われなかったが、それは、僕が自宅警備員だと認定されてるってことだね?
「いや……なんとなく。アメいる?」
「ありがと! 甘いものほしかったんだ」
アメに救われた。認定自宅警備員には、うまい返しなんて難度が高すぎるよ。
ぼくが渡した、ちょっとミントがきつめのアメを彼女は口に放り込む。口の中で動かしてるらしく、ときどき頬にアメの形が浮き出る。それにしても話題が続かないよ。
「練習って、毎日?」
「まあね。うちは名門ってワケでもないから、半分は自主練だけど。今日みたいにね」
「それじゃ、日を選べばカラオケとか行く?」
「え、何、誘ってくれてんの? あー、でも山瀬くんのお仲間?」
「最低でも水城は誘うから、オタオンリーじゃないよ? ほかは未定」
オタクっぽいのはぼく一人でおなかいっぱいらしい。
「ん、じゃあ火曜木曜の下校時間以降だったら数に入れていいよ。前の日には教えてくれるとうれしいかな」
なんと交渉が成立してしまった。ぼくが誘うとか、彼女は不思議に思わないんだろうか?
「山瀬くんが女の子に話しかけるなんて初めて見たからね。がんばったご祝儀だよ」
十分不思議に思っていたようだ。当然だよな。
「彼氏とかは大丈夫?」
「なんで知ってんの!? 誰にも言ってないのに!」
この周回じゃないけど、あなた自分から話に出してたじゃないですか。脇が甘いってものです。
「でもいいよ。最近倦怠期なんだ。気にしない気にしない。じゃ、練習に戻るね。バイバイ」
跳ね起きるように立ち上がった彼女は、すべるように走りながらトラックに戻っていった。手足長いな。モデル体型の彼女の弱点は胸部装甲だけだね。
もうじき下校時間だな。浜喜田との勝負のお時間だ。
お読みいただき、ありがとうございます。
ちょっと攻略対象少ないですかね……。