三周め 後
少し世界が広がってきた感じです。
「志手川さん」
ぼくは珠洲利が屋上に向かった昼休み、たまたまひとりになった志手川に声をかけた。正直なところ、この日残っていたエネルギーの八割ほどはここで消えたのだけど。
「ん? どうしたの、山瀬くん? めずらしいね?」
「きょうは見多森さんは? 未貴がひとりで仕事してて『あれっ?』と思ったんだけど」
「変なこと気にするね。咲恵追っかけでもしてるの? リアルに目覚めたとか?」
「そんなんじゃないってば。気になって聞いてみたら休みだって? でも、ぼく朝、見多森さん見かけたんだよね。おっかしいな、って」
そう言いながらぼくは、志手川の反応を観察した。
「えー、なんかの見間違いじゃないの? 美麻っちから、朝に咲恵から電話があったって聞いたもの。山瀬くん、女の子がみんな咲恵に見えてんじゃないの? よく寝てる?」
心配されてしまった。ここでもう一歩踏みこむかどうかだが、ここまでの展開では何もわからない。ええい!
「見多森さん、珠洲利さんと一緒だったよ?」
こんどは一瞬より少し長い間があいた。彼女は知っている。これで確定だ。
「いったい山瀬」(やませ)くんには何が見えてるんだか。むやみに女の子追いかけてると、コワいひとに捕まっちゃうよぉ。気をつけなね。んじゃ!」
志手川は手を小さくぼくにむかって振ると、ゆっくりと教室を出て行った。最後の言葉は警告か、忠告か、通告か、それとも脅しか? いずれにせよ、放課後くらいまでにはいまの会話の内容は珠洲利に伝わるだろう。そうすれば、早晩二週目と同じ結果が待っている。
昼休みの残り少ない時間、ぼくは図書室に行ってスマホを取り出した。昨日立てたスレを素早くチェックするのだ。浜喜田がぼくを追い払いに来る前に。
昨日から三十ほどついたレスは、あいかわらずほとんどがスレ主叩きだが、今度もひとつだけ気になるレスがあった。
「足下の影は濃い」
これはどう解釈すべきなんだろうか? 濃く見える影は末端で影の薄い頭が闇の元凶とか? それとも、すぐ近くに見える影が濃いだけで薄いところも同じように影である、とか?
あれこれ考えていてふと気づいた。浜喜田が追い払いに来ない。その姿を探してみると、カウンターの向こう、司書エリアの隅、窓際にいた。すぐ下を見下ろしている。あの窓からだと見えるのは校舎裏だ。
そして、彼女がいるのと反対側にも窓があった。そちらからは中庭が見えるはずだ。つまり、この図書室からは校内いじめのメッカがふたつ、いい感じで見えるのである。
「浜喜田さん」
そっと近寄って声をかけてみる。彼女はビクッと身体をすくませ、ゆっくりとこちらを振り返った。これまでの二回、ここであった彼女の無表情とは違う、こわばった顔だ。
「山瀬くん……」
彼女が茫然としている間に、ぼくは窓からチラッと下を見た。なんとなく予感していたとおり、そこではひとりの生徒が四、五人に囲まれていた。それに注意が行っていた彼女は、ぼくが閲覧室でスマホをいじっていたことどころか、図書室に入ってきたことも気づかなかったらしい。どれだ? 首謀者として上から見ていた? 救う手だてを考えていた? あるいは、傍観者として心を痛めていた?
「スマホいじってたのに注意されなかったから、どうしたのかな、と思って」
「ごめんなさい。ボーッとしていて気づきませんでした」
そう取り繕う彼女の表情は、とても硬かった。
「ここで……」
その先を予想したのか、浜喜田の表情がさらにこわばる。いや、厳しくなった?
「ここで昼休みに本を読みに来る人って、どれくらいいるの?」
「え、ああ、ほとんど来ませんね。だから、この間の山瀬くんみたいにスマホをいじってる人がすぐ目に入るんですよ。今日はヒマすぎて、それにも気づきませんでしたけど」
そんなわけあるかい。ヒマでもいつものようにカウンターに座っていれば必ずわかる。
「浜喜田さん、ちょっとよろしい?」
図書室の入り口の方から、聴いただけでわかるお嬢さま系キャラの声がした。見ると、閑傍麗那さんが浜喜田を呼んでいた。
生徒会長の閑傍さんは、文武両道才色兼備をリアルに再現したらこんな感じ、という完璧超人だ。しかも父親は金融・物流・通信のトップ企業を傘下に持つグループの持ち株会社のオーナー系の会長。ラノベにしかいないようなキャラだ。ぼくでもつい、様をつけて呼びたくなるくらいだよ。
二人が話している様子は、けっこう厳しい雰囲気に包まれている。だが、剣呑という感じでもない。どう解釈すべきか? 黒幕が手下に様子を聞いている? それとも、心を痛めている会長が情報を集めている?
だがそれを確認する時間は、今回はなさそうだ。直接聞いても、見も知らない、この間まで自分の世界にこもっていた男に話す理由がない。そして早ければ今日の放課後からでも、ぼくは激烈なハラスメントを受けるだろうからな。
ちょうど予鈴が鳴った。ぼくは二人に黙礼して図書室を出た。二人はぼくに一瞥もくれなかった。
放課後、校舎を出たあたりでぼくのうしろから四、五人が後に続いてきているのに気づいた。
それからは、二週目と同じだった。むしろより激しい感じか。言葉の嫌がらせだけではなく、殴られるわけられるわスマホは壊されるわ、かなりのレベルだ。リンチといった方がいいね。ただ、このタイミングでひとつだけやらなければならないミッションには成功した。見多森からの情報収集だ。ごく限られた時間だったが、二週目に得た情報に、少し追加が出来た。
いじめを主導している感じのある珠洲利だが、少し前まではちょっとワガママなだけで、身内には面倒見のいい子だったらしい。ただ、志手川にはどうしても頭が上がらないらしく、逆らったところを見たことがないとか。なるほど、力関係は見た目と逆なのか。
見多森自身は、中三の時に志手川と席がとなりになってから、なんとなくグループと一緒に行動していたらしい。珠洲利が興味を抱いていた端束という上級生に告白されて以来いじめの対象になったというところは間違いないようだ。ちなみに、未貴の気持ちには気づいてはいるが、興味はないしアクションも起こされていないとのこと。
そして、ひと月と少しがたって、世界が終わった。
「今回はなかなかいい仕事をしたようだね」
「やかましい! 身体が死に戻りしてるだけで、心に受けた傷はそのままなんだぞ! どんだけキッツいか、あんたもやってみろ!」
「いやいや、適材適所というヤツでね。引き続き頑張ってくれ。それと、ひとつ新しくわかったことがある」
「なんだよ?」
「世界の終わりなんだけどね、周回を重ねるごとに、少しずつ早まっているようだ」
そんな感じがしたが、気のせいじゃなかったのかよ?!
「そういう超重要な情報は、もっと早く言え!」
「すまんね。ただ、どこかにそれを一時的であっても止める手段があると思う。探してみてくれないか?」
「ぼくがいまどんだけ身の程をこえる仕事をしてると思ってんだあんたは!?」
「まあ、そう言わずにさ」
だめだ。のれんに腕押しだ。たぶん、ぼくらとは違う価値観の中で動いている存在なのだろう。
「それから、今回きみはけっこう女生徒との接触をしてくれた。どうやら、多少なりとも印象点が積み上がっているらしい。記憶などはもちろんリセットされるが、これは持ち越しらしいね。ただ、性悪ガールとそのお友達については、どうやらマイナスの印象点みたいだけどね。性悪ガールは二周ぶんだ」
その印象点とやらが、好感度みたいなものだとすれば、まあそうなるだろうな。見多森が少し立ち入った話をしてくれたのも、二周目から印象点を持ち越したと考えれば理解できる。たとえば、強引に話しかけて毎周少しずつ積み重ねていけば誰でも攻略可、ってことか。そのかわり、「世界の終わり」という強制イベントがどんどん早く進行するようになる。ゲームシステムとして成立してしまっているのが腹立たしい。
「さっきも言いましたけど、そういう重要なことは早く教えてください」
「そう言うけどね、これはきみとの共同作業なんだよ。きみがあちこちで小さな変化を起こしてくれるから、その結果をぼくが解析できるんだ。もう二、三回は同じようにやっても時間の余裕はあると思うし、がんばってくれないか?」
殊勝な態度に出られると弱いんだよね。
「わかったよ。とりあえず行ってくる」
そしてぼくの意識がどこかに落ちていった。もうまったく驚きを生まなくなっていたのが複雑だ。
お読みいただき、どうもありがとうございました。
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ようやく非リアの恭也くんにとって明るい情報が出てきました。