三周め 中
ハーレムもののはずが、どんどんミステリー風味に……。
光のあるところに影。光が強ければ影は濃い。あたりまえのことだが、人間に話を移し替えれば含蓄は深い。珠洲利、加楠宮、未貴に影を落とさせる光を探す、ということだ。
よほど変ないきさつがない限り、「光」もやはり身近な生徒だろう。「光」になってもおかしくないこの三人を「影」に追いやるほどの存在は、少なくとも学内にはそう多くはないはずだ。すぐに思いつくのは水城だな。水城がつきあっている弓鞍咲菜恵は、ハイレベル美少女ではあるのだが学外者だし、除外してもいいだろう。
もっとも、ぼくは交際範囲がきわめて狭い人間だから、ほかに該当する生徒もいるかもしれない。今日明日くらいは、広く浅く学校内を眺めたほうがいいかもしれない。デストラップを踏まない限りはもう少し時間の余裕はある。
珠洲利に近い人間、志手川や見多森ならなにか知っているかもしれないが、水城のおかげでぼくに多少甘いかもしれない志手川はともかく、見多森への接触は以前の経験からも細心の注意を必要とする。加楠宮に近いヤツは……知らん。未貴もだ、コミュ障手前をなめちゃいけない。
今日もまた早朝から登校だ。親は不思議に思っているようだが、このくらいでは声をかけては来ない。普段の行いがものをいうわけだ。
見多森と珠洲利の登校を確認すると、ぼくは中庭に移動した。珠洲利にスポットされない死角はチェック済みである。昨日のようにお菓子を出すと、スマホチェックを装いつつ様子を観察する。
朝ということもあり、昼休みほど人の数は多くないが、逆にひとりひとりをゆっくり観察できる。そして、何人か見知った顔が通り過ぎていったが、驚いたことに、そのうち三人に一人ぐらいはぼくに声をかけていくのだ。
もちろんかかる言葉は朝の挨拶だけなのだが、自分に声をかける人の存在を想定していなかったぼくは、ちょっと気持ちが動転してしまっていた。挨拶を返すのにも慣れていないので、そのつどものすごいエネルギーを消費した。
(一歩外に出る気があれば、世界は変わるってことなのだろうか? いや、挨拶をしたくらいでそこまで思いこまれても、むこうは重くてしょうがないに違いない)
「山瀬くん」
(むしろ、変わると思いこんでがっかりするのがイヤだ。)
「山瀬くん」
(せめてもう何日か続けてみて、それでも声がかかるなら……)
「おいこら無視すんじゃねえオタク野郎!」
頭の上からきれいな声でとんでもない罵倒が襲ってきた。ビックリして見上げると、一年の時に同じクラスだった邑端由歌奈がニコニコ笑いながら見下ろしていた。
「いやー、教室じゃなくて外でボンヤリしてる山瀬くんを見るの初めてだからね。つい声かけちゃった。そしたら無視じゃない? ムッとしちゃってさ」
屈託のない笑顔でそう言う邑端は、女子陸上部長距離のエースで、ショートカットがいい感じの長身の美女だ。一年の時の彼女を思い出してみると、だれかと楽しそうに話しているところしか浮かんでこない。まあ、そういう感じの子だ。
「ご、ごめん。まさか女の子が自分に声かけるなんて思ってなくてさ」
「まあ、そうかもねぇ」
ぐ、遠慮なく言い切りやがった。イベント的には「えー、そんなことないよ」とか言われて、そこから話が弾むのが常道なのだが。
「で、ホントになにしてんの? オタクくん的には朝の中庭なんておいしくないんじゃない? 遅刻ギリギリに走って登校するんじゃないの? パン咥えた女の子との衝突狙って」
「なにその超具体的なイメージ!? ひょっとして?」
「なわけないじゃん。このあいだカレシにそういうゲームの画面見せられてさ。意味全然わからなかったよ」
チェ、彼氏持ちか。まあ可愛いもんな、彼女。スタイルも抜群だし。
ああ、考えてみれば、彼女も「光」のほうの人なのかな。
「念のためにいえば、そこで走ってるのはだいたいオタクじゃないから」
「そうなんだ? まあどっちでもいいけど。あり得ないよね、あんなの」
「それは言わない約束になってるんだよ」
そんなことをしゃべりながら、邑端はぼくの隣に座った。ちょっとドキドキするな。
「で、マジなとこ、なにしてんの?」
いまのぼくは、相手が彼氏持ちだろうがなんだろうが、こういう発生確率がきわめて低いイベントは大事にする必要がある。探りを入れてみるしかない。
「ホントにボーッとしてただけなんだけどさ。こうして見てると、変な雰囲気の人たちがたまにいるね。教室にいるときは気づかなかったよ」
「変な雰囲気って?」
「うーん、イジメっぽい雰囲気?」
ここで彼女の表情が曇つたら、それはそれで定番だったりするが、まったくそんな様子はなかった、
「ああ、そうだねぇ。どこでもいつでもあるっちゃあるけどね。最近ちょっとよく聞くかな。山瀬くんみたいなタイプは、ちょっと間違うとやられやすいから、気をつけなよ?」
邑端はそう言うと、「じゃあねぇ」という感じに手をふって去っていった。あっさりしたもんだ。次に繋ぐキーワードなんかありゃしない。現実はこんなものだ。
「未貴って頑張ってるな、こうやってみると」
ぼくは、水城に聞こえるくらいの声で、ひとりごとっぽくつぶやいてみた。いま教室では、未貴がクラス委員として提出物の回収作業の真っ最中だ。
「あいつ、基本は真面目だからな。好きな子と一緒にやってるから気合いも入るか。それでおまえはなんでそんなことを気にするわけ?」
「なんとなく。で、好きな子と一緒って?」
「おかしなヤツだな。自分のクラスの委員を知らないのか? 見多森だよ」
え? そこでなんで見多森?
追い込む側の未貴と追い込まれてる見多森が一緒にクラス委員をやって、未貴は見多森が好き? いったい何の冗談だ? そしてぼく自身もなんの冗談だという話だ。自分のクラスの委員をちゃんと覚えていれば、すぐに気がついたはずだ。
もちろん、未貴が直接に見多森を追い込んでいるわけではない。少なくともそれを見てはいない。だけど、ある局面で追い込む側にたっているヤツが、別の局面で追い込まれるヤツをかばうなんて立ち回りが出来るはずがない。そんなことをすれば、追い込まれる側に裏返ってしまう。だとすれば見て見ぬふり?
だけど、未貴が見多森に現在進行形で気があるというのは広く知られているらしい。昨日今日の話じゃないから、とうぜん彼女もあいつの気持ちには気づいているだろう。見て見ぬふりは男女の仲的には最悪だ。
「その見多森はどこにいるのさ? 未貴が一人で委員の仕事をやってるのって変じゃない?」
「今日は休みだよ」
そんなはずはない。ぼくは今朝見たぞ。
「どうしたんだよ、恭也? おまえが他人のことをそんなに気にするなんて、なにかあったのか?」
「いや……なにもない。変なこと聞いて悪かったな」
昼休み、ぼくは図書館に向かった。誰にも邪魔されずに考えたかったからだ。あいかわらず人のいない閲覧室の、いちばん隅の席に座ってぼくは目を閉じた。
今朝、見多森は間違いなく登校してきた。基本、マジメな子だったから、休みになってしまっているのは不可解だ。そして、未貴の行動は理屈に合わない。
不可解なこと、理屈に合わないことが現実に起きているとすれば、どこかで理を曲げる強制的な力が働いているってことだ。直感的に、管理者が闇のひとつの焦点にあげていた珠洲利や加楠宮が思い浮かぶが、やはり直感的に、どこか違和感がある。ぼくからみて、存在感が小物すぎる。だとすると……。
「本を読みに来たわけではないようですね?」
浜喜田だ。ただ、今日は昨日のように引き下がる気はない。
「ほかの場所じゃ、誰にも邪魔されずに考えごとをすることが出来ないんだ」
暗に「おまえも邪魔だ」といってしまっているが、気にしている場合じゃない。
「ここでしかできないことをする場所といったのはわたしでしたね。それではごゆっくり」
彼女はあっさり引き下がった。思わず彼女の方を見ると、もうカウンターの向こうに消えようとするところだった。わかってくれたんだろうか? 怒ったんだろうか? それとも……いや、今はそれを気にするタイミングじゃない。
珠洲利でも加楠宮でもない、上流にもっと大きなものが隠れている。だけど手持ちの情報じゃこれ以上は遡れない。
だけど、誰から情報をとろうとするかは、このターンのぼくの運命と、だれのフラグが立つかの両方に大きく響くことは間違いなさそうだ。しばらく迷った末、ぼくは心を決めた。
お読みいただき、ありがとうございます。